第17話 ランクアップ
宿に戻ると、女将さんとシーナが出迎えてくれた。
ふたりとも心配そうな表情で、俺に次々と問いかけてくる。
「本当に大丈夫だったの? ずいぶん疲れた顔をしているよ」
ゴブリンチーフの件は話さなかった。
余計な心配をかけたくなかったし、話しても簡単には信じてもらえないだろう。
「ちょっと無茶はしましたけど……ちゃんと休みながらやってましたよ」
そう笑ってみせると、ふたりはそろって安堵の息を吐いた。
それ以上は深く詮索されることもなく、俺は静かに自分の部屋へ戻る。
扉を閉めた瞬間、張り詰めていた緊張が一気にほどけた。
ベッドに倒れ込むように身を投げ、そのまま意識は深い眠りへと沈んでいった。
――気づけば、朝。
扉の向こうから、シーナの元気な声が聞こえてくる。
「テルトさーん! 朝ごはん、できてますよー!」
階下へ降りて食堂に向かうと、いつもの温かな香りが鼻をくすぐる。
椅子に腰を下ろし、差し出された朝食を口に運ぶ。
「……やっぱり、ここの飯はうまいな」
思わずこぼれた呟きに、女将さんが目を細めて微笑んだ。
腹も満たされ、冒険者ギルドへ向かおう――と考えたが、その前に部屋に戻って確認しておきたいことがあった。
「ステラ。ダンジョンで得たアイテムを確認しよう」
(マスター、了解しました)
部屋の床に腰を下ろすと、アイテムボックスから次々と戦利品が取り出されていく。
ワイルドラビット、ジャイアントラット、ウルフ、オーク――
肉、牙、毛皮がずらりと並ぶ。
「……これ、売れるよな?」
(はい。冒険者ギルドは商業ギルドと協定を結んでおり、ダンジョン産の素材は原則として買い取り対象です)
「なるほど……。さて、本番はここからだ。ホブゴブリンとゴブリンチーフの分だな」
(鑑定および解析は完了しています。これよりマスターの意識にリンクし、情報をダウンロードします)
ホブゴブリンからは、《魔気染めの筋繊維》《黒鉄染の爪片》《ミスリル繊維》。
武器や防具に使えそうな素材が次々と表示される。
「……バイセンさんにでも見てもらうか」
さらに確認したのは、《魔増の指輪》と《魔導圧縮の指輪》。
それぞれ、《魔素増加》と《魔素回復促進》の効果を持つ。
一つを手に取ると、指先にほのかな温もりが伝わってきた。
(おめでとうございます、マスター。この指輪があれば、より高位の魔法を安定して使用できます)
「ありがとう、ステラ……それにしても、こっちもすごいな」
次に、ゴブリンチーフからの戦利品を確認する。
《ミスリル合金》《黒曜鋼》《ゴブリンの血晶核》。
どれも一級品と言っていい素材ばかりだ。
――そして、その中に。
ひときわ異質な存在感を放つ指輪があった。
「……ん? これは……?」
(それは《蒼環の指輪》です。ゴブリンチーフ由来のレアドロップと推測されます)
「鑑定――《蒼環の指輪》……魔素を極限まで蓄積・放出し、魔力の制御性を劇的に向上……か。すごそうだな」
(《魔増の指輪》と《魔導圧縮の指輪》の効果を統合した上位魔道具です。魔素量と魔法威力を大幅に引き上げ、鍛錬にも活用可能です)
「鍛錬って……寝てる間に魔素を使い切る、あれか。まだやってたのかよ」
(当然です。日々の積み重ねが未来を形作ります)
「……はは。そうだったな。ありがとう、ステラ」
《蒼環の指輪》を指にはめた瞬間、体内の魔素が一斉に活性化する感覚。
――これは、ヤバい。
「ギルドへ行ったら、訓練場で試してみるか……」
すべてのアイテムを再びバッグへ収め、俺は冒険者ギルドへ向かった。
「あっ、テルトくん! やっと来たわ。こちらへお願いします!」
ギルド内にロゼッタの声が響く。
途端に、周囲の視線が一斉にこちらへ集まった。
居心地の悪さを感じつつも、受付へ向かうと――彼女が声を落とした。
「《白竜の翼》のダニエルさんから、蒼晶の洞での件は報告を受けています。イレギュラーについて、ギルドマスターがお話を聞きたいそうなの。一緒に来てもらえる?」
俺は無言で頷き、その後ろについていく。
ギルド奥の部屋。
そこにはギルドマスターのクリフトと、教官のランバートがすでに待っていた。
「帰ったばかりのところ悪いが、ダンジョンでのイレギュラーについて話を聞かせてほしい。まずは、そこに座ってくれ」
椅子に腰を下ろし、ダンジョンでの出来事を順を追って説明する。
話を聞き終えたクリフトさんは、静かに頷いた。
「なるほど……ダニエルたちの報告と一致している。転移石が足りず、一人が残される――通常でも滅多に起こらない事態だ。だが、無事に戻ってこられて本当によかった」
「ありがとうございます」
「それと……Dランクの君が、どうやってBランク相当のゴブリンチーフを倒したのか。非常に興味深いが……そこは不問にしよう。重要なのは、倒したという結果だ」
そう言って、クリフトはテーブル上の水晶玉を指し示した。
「ギルドプレートをかざしてくれ」
言われたとおりプレートをかざすと、水晶玉が淡く光り出す。
「……マジかよ」
ランバートの呟きをよそに、クリフトが記録を読み上げていく。
「ワイルドラビット、ジャイアントラット、ウルフ、オーク……合計五十体以上。
ホブゴブリン十九体、ゴブリンチーフ一体。これは……Bランクのパーティーがボス部屋に篭もって狩ったような数だな」
(ステラ……ちょっと、やりすぎたか……)
(はい、マスター。その可能性は高いです……)
クリフトは、じっと俺の顔を見つめたまま続けた。
「……なるほど。これ以上は詮索しない。だが、この戦績ではDランクのままというわけにはいかないな。――Bランクに昇格だ」
「クリフトさん、待ってください!」
ロゼッタが思わず声を上げる。
「テルトくんは、つい最近Dランクになったばかりです。Cランクを飛ばして、いきなりBランクは危険すぎます!」
「確かに。それは理解している。だが、ロゼッタ……君はこの記録を見て、それでも彼をBランクに相応しくないと思うのか?」
ロゼッタはしばし俯いた後、静かに首を振った。
「……いいえ。記録だけを見るなら、異論はありません。お任せします」
クリフトは頷き、再びこちらを見る。
「もう一度、プレートを」
プレートをかざすと、水晶玉は今度はゆっくりと、穏やかに輝いた。
「これで完了だ。長引かせてすまなかった。もう行っていい」
そう言ってから、防具に視線を向けて付け加える。
「それと……その防具。見た目以上に傷んでいるな。応急処置の跡も見える。防具屋で早めに診てもらえ」
「……わかりました」
部屋を出て、ロゼッタと並んで歩きながら声をかけた。
「ロゼッタさん。ダンジョンで手に入れたアイテムを売りたいんだけど……どうすればいい?」
「それなら、こちらへどうぞ」
案内された先は、査定用の部屋だった。
「ここにアイテムを並べてくださいね。私が査定します」
「バッグがいっぱいになるくらいあるんだけど……全部、買取でお願いできる?」
言われた通り、アイテムを床に並べていく。
ワイルドラビット、ジャイアントラット、ウルフ、オーク。
肉、牙、毛皮……次々に山積みになっていく。
「……ちょっと待ってください。想像以上です。人を呼びますね……」
ロゼッタは応援を呼びに行き、数名のスタッフと一緒に戻ってきた。
驚きながらも、手際よく査定し、奥へと運んでいく。
やがて、すべての査定が終わる。
「ふぅ……終わりました。
Dランク魔獣の肉が二十七、牙が二十二、毛皮が十二。
Cランクは肉が七、牙が八、毛皮が十。
その他、鋼鉄が十五、魔獣の鱗が十二、魔石が三十二、魔結晶が十一、です」
「……そんなにあったのか……」
「これほどの量を一度に扱うのは、久しぶりです」
ロゼッタは、少し疲れたように微笑む。
「……すみません」
「いえいえ。むしろ助かりました。今月は商業ギルドとの取引が少なくて困っていたんです」
そう言って、奥へ行き――袋を持って戻ってくる。
「買取金額は、金貨三十二枚、大銀貨八枚、銀貨三枚になります。必要であれば、ギルドに預けることも可能ですよ」
(ステラ……これ、だいたい三百二十万円相当か……。それにダニエルたちからの金貨五十枚……合わせると……)
(マスター、浪費にはご注意ください)
俺は金貨の入った袋を受け取ると、冒険者ギルドをあとにした。
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