第15話 五層・孤影の決断
五層――そこはダンジョンのボスが待つ場所だった。
正直、不安はあった。
どれほど過酷な場所なのかと身構えていたが、三層のセーフティエリアと比べても大きな違いはない。
ただ一つ、奥にそびえる巨大な門だけが、異様な存在感を放っていた。
ダニエルがその門を指さして言う。
「テルトは初めてだったな。あの大きな門の先が、ダンジョンボスとの戦闘区域だ。中に入ると、ボスを倒すか転移石を使わない限り、外には出られない。皆、転移石は持っているな?」
メンバー全員が手元の転移石を掲げ、確認し合う。
「よし。じゃあ、ボス対策だ」
ダニエルが説明を続ける。
「ボスは“ボブゴブリン”。出現パターンはソルジャー型かマジシャン型のどちらか一体だ。まあ、昨日のオーク三体を相手にした時よりは楽だろう」
説明を終えたあと、短い小休止を取り、俺たちは順番待ちの列に並んだ。
周囲には他のパーティーも控えており、皆それぞれに気を引き締めている。
やがて、巨大な扉が光を帯びる――俺たちの番だ。
「よし、みんな。気合い入れて行くぞ!」
「おおお!」
扉をくぐると、そこには剣を携えたボブゴブリンが待ち構えていた。
体格はオークよりも大きく、それでいて引き締まった四肢からは、力強さと俊敏さを兼ね備えた存在であることが一目でわかる。
「ゴブリンソルジャーだ。皆、いくぞ!」
すぐにそれぞれの配置につき、ダニエルが《挑発》と《鉄壁》を発動し、敵の攻撃を一手に引き受ける。
その隙を突いて、スコットが強打を放ち、セシリアの魔法が炸裂し、俺もすかさず追撃を加えた。
「グォオオオーーーッ!!」
雄たけびと共に、ゴブリンソルジャーは崩れ落ちた。
「よし、やったぞ!!」
ダニエルが勝どきを上げる。
(マスター、ダンジョンボスの初討伐――おめでとうございます)
(ステラ、ありがとう)
だが、どうにも引っかかる。
倒したはずのゴブリンソルジャーの体が、消えない。
本来なら、とっくにアイテムに変わっているはずなのに。
(ステラ、なにか異変を感じるぞ)
(はい、マスター。先ほどから魔素濃度が上昇しています)
ゴブリンソルジャーの体から、煙のようなものが立ち上っていた。
スコットが血相を変える。
「ダニエル、見ろ! 体から煙が出てるぞ!」
「皆、態勢を整えろ! イレギュラーが起きた!」
ダニエルの声に、場が緊張で張り詰める。
スコットが、落ち着こうとしながら言う。
「……倒した魔物の体から煙が上がる時は、“上位種”に変異する合図だよな?」
「ああ、間違いない。これはイレギュラーだ!」
煙はさらに濃くなり、やがてゴブリンソルジャーの姿は完全に隠れた。
そして――煙が晴れた時。
そこにいたのは、剣と盾を構え、立派な防具を身にまとった、より巨大なゴブリンだった。
「あれは……Bランクのゴブリンチーフだ!」
その怪物はその場を動かず、反対側の壁付近では床が淡く光を放っている。
ダニエルが冷静に周囲を見渡し、言った。
「聞いてくれ。イレギュラーで出現した魔獣は、こちらが手を出さない限り動かない。落ち着いて、あの光っている“転移ポジション”で転移石を使って脱出するぞ」
皆が静かにうなずき、そっと光る床へと向かう。
だが、ダニエルが声を上げた。
「……光の床が、四つしかない!」
ルミナスが息を飲む。
「……四人分しかない、ってことは……誰か一人、残らなきゃならない……!」
場の空気が、凍りつく。
(ステラ、俺が残る)
(マスターなら、そう言うと思いました。全力で支援します)
そう心の中で決めた、その時。
「……俺が残る」
ダニエルが言った。
だが――それは間違いだと、俺にはわかっていた。
彼では、勝てない。
セシリアが不安げに口を開く。
「ダニエル……あなたがゴブリンチーフに勝てるとは思えないわ。どうするつもりなの……?」
「勝算はない。だが、これがリーダーとしての責任だ」
「まったく、お前ってやつは……」
スコットが続ける。
「ここは俺が残る。セシリアにはお前が必要だろ」
俺は二人の言葉を遮るように、一歩前に出た。
「みんな、落ち着いてくれ。どう考えても、残るのは俺だ」
全員の視線が、俺に集まる。
「ダニエルとセシリア。スコットとルミナス――これまでの戦闘を見ていれば関係は明らかだ。
最も適任なのは、俺だとわかるはずだ」
ダニエルが苦い顔で言う。
「テルト……本気か? あれに勝てると思ってるのか?」
「ああ。決して勝てないとは思えない。やってみるさ」
俺は両手を合わせ、掌の間に魔素を集中させた。
セシリアが目を見開く。
「そ、そんな……その魔素量……テルトくんって、一体何者なの……?」
「ただのDランク冒険者だよ。……まあ、いずれにせよ、ここは俺が残る」
ダニエルが深く頭を下げる。
「テルト……本当にすまない。必ず、必ず戻ってこいよ」
仲間たちが次々に転移石を起動させていく。
体が光に包まれ、順番に消えていった。
そして――最後に残ったのは、俺一人。
俺は小さく息を吐く。
「さて……やるか」
(マスター、全てはステラにお任せを)
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