第11話 蒼晶の洞
「ロゼッタさん、蒼晶の洞に挑戦したいんだけど、どうすればいいかな?」
カウンター越しに声をかけると、ロゼッタはほんのり目を細め、柔らかな笑みを浮かべた。
どこか誇らしげにも見えるのは、俺を評価してくれているからだろうか。
「いよいよですね、テルトさん。Dランクダンジョンですから、あなたの実力なら問題ないでしょう。――ギルドプレート、拝見できますか?」
差し出したプレートをロゼッタが装置に通す。淡い魔光が走り、数秒後に彼女は満足げに頷いた。
「はい、登録完了です。南門から定期便の馬車が出ていますよ。蒼晶の洞までは三日ほどかかりますから、野営の準備と携帯食はしっかり用意しておいてくださいね」
「ありがとう、助かりました」
丁寧に頭を下げてギルドを出ると、街は夕暮れに染まり、喧騒が静かに落ち着いていくところだった。
橙色の光が石畳に伸び、旅立ち前の不思議な高揚感を胸の奥に灯す。
宿へ戻り、夕食の席では女将のジョナサンに軽く近況を報告した。
「へぇ、あのバイセンに気に入られるなんて、やるじゃないか」
「運が良かっただけかも」
「運も実力のうちさ!」
ジョナサンの豪快な笑い声は、宿の温かい空気そのものだった。
「それで、明日から蒼晶の洞に行くから、しばらく戻れそうにないんだ。だから食事はいらないって伝えておこうと思って」
「そうかい、いよいよダンジョンアタックだね……準備はできてるのかい?」
「いや、これからするつもりで」
その返答に、ジョナサンはぱっと表情を変えると、厨房へ向かって声を張り上げた。
「シーナ、明日は休みだったよね? テルトの買い物に付き合ってあげな!」
「はーい!」
明るい声が響く。どこか嬉しそうだった。
翌朝。
市場は朝から活気で満ち、冒険者や行商人がひっきりなしに行き交っていた。
干し肉や保存パン、オイルランプ、水筒、予備の布……。
旅人の生活を支える品々が雑多に並び、呼び込みの声が賑やかに跳ねる。
テルトはシーナとともに買い物を始めた。
「まずはアイテムバッグね。テルトさんの持ってる袋じゃ、テントも入らないでしょ? 予算はどれくらい?」
「金貨一枚と……大銀貨五枚くらいかな」
「うん、それなら少量タイプだけど、ちゃんと揃えられるはずよ」
シーナは市場に慣れた様子で店を次々と巡り、
アイテムバッグ、折り畳み式テント、保存食、野営用具――などなど、必要な品を迷いなく選び抜いていく。
店主との会話も軽妙で、いつの間にか値引き交渉まで済んでいた。
「よし、大体予算内に収まったわ」
「シーナがいてくれて助かったよ。安くしてもらえたし、効率よく回れた」
「ふふっ、お得意様だからね。私たち、けっこうここで買い物してるのよ」
最後の店を出たあと、シーナは南門まで付き添ってくれた。
門前の風が少し冷たく、出発の実感が高まる。
彼女はそこで足を止め、真剣な眼差しを向けてくる。
「テルトさん……D級ダンジョンとはいえ、油断すれば命取りになる。ちゃんと無事に帰ってきてね」
その言葉には不安と信頼が混ざっていた。
「うん。ありがとう。ジョナサンさんにも、よろしく伝えて」
シーナは照れたように笑い、小さく手を振った。
その背中が遠ざかるのを見届け、俺は馬車に乗り込んだ。
馬車に揺られて三日。
荒れた道で車輪が跳ねるたびに腰へ響いたが、野営を挟みながらの旅路は順調だった。
広がる草原、風に揺れる丘陵――。
道中の景色は、冒険の始まりを予感させるには十分すぎるほどだった。
丘を越えた先、目的地が見えた。
「……ここが蒼晶の洞か」
遠目にただの洞窟だと思っていたが、入口周辺には木造や石造の建物が立ち並び、小さな宿場町のように賑わっている。
冒険者の怒号と笑い声が入り混じり、熱気が充満していた。
「へぇ、ダンジョンって殺風景な洞窟を想像してたけど、ちゃんと町ができてるんだな」
(マスター、蒼晶の洞はDランクですが冒険者が多く集まります。そのため周辺が経済的に発展し、国家管理下で登録と監視が義務付けられています。まずは受付へ向かいましょう)
「なるほど、国営ってわけか……」
周囲を見渡すと、冒険者がひっきりなしに出入りする建物があった。立派な看板も掲げられている。あれが受付所だ。
「いらっしゃいませ。ダンジョン利用ですね?」
「はい。その……初めてで」
「わかりました。入場料は大銀貨三枚です。それと、ギルドプレートをこちらの魔晶石にかざしてください」
大銀貨三枚を渡し、プレートを魔晶石へかざす。
青白い光がふわりと包み込み、登録を完了した。
「確認できました。こちらがダンジョンマップと転移石になります」
手渡されたのは、羊皮紙の地図と手のひらサイズの青い石。
「転移石は、ダンジョン内で危険を感じたときに入口の魔晶石へかざせば、安全圏まで転移できます。ご利用は計画的にお願いしますね」
「助かります。ありがとう」
受付所を出て、ダンジョン入口へ向かう。
岩場にぽっかりと口を開けた闇。
入口前には監視スタッフが立ち、周囲へ鋭い視線を巡らせていた。
「入場だな? ギルドプレートと転移石をこの魔晶石に」
言われたとおりに二つのアイテムをかざす。
魔晶石が淡く光り、入場を許可する。
「よし。中は自己責任だ。気をつけて行けよ」
「ありがとう」
軽く会釈を返し、俺は蒼晶の洞の闇へと足を踏み入れた。
湿った冷気が頬を撫で、青白い輝きが薄闇の奥で揺れる。
まるで、洞窟そのものが冒険者を試すかのように。
――いよいよ、本番だ。
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