第10話 激闘――紅蓮の炎
俺はセリーナと闘技場の中央で向かい合った。
観戦する冒険者たちのざわめきが遠くに聞こえるが、この空間だけは異様な静けさに包まれていた。
「どう、準備はできたかな?」
「いいぞ」
一瞬で空気が張りつめ、砂塵すら動きを止める。
その静寂に、セリーナは微笑みを浮かべた。
「ふふ、迷ってる? 初手は君に譲るわ」
「じゃあ、遠慮なく――《ファイアボール》!」
俺の掌から火球が生まれ、一直線に走る。
「素直な子は好きよ。《ファイアボール》」
セリーナも同じ無詠唱。
ふたつの火球が空中で激突し、爆風が闘技場を揺らした。
轟音、閃光、熱風。
その全てがぶつかり合い、砂が渦を巻く。
「ふふ、無詠唱で威力は互角とは驚いたわ。では、これはどうかしら――《アイスボール》」
冷気が集まり、彼女の手元で氷球が生成される。
詠唱なしで、まるで息をするように放たれた。
「《アイスボール》!」
俺も同じ魔法を放つが――
氷球同士が激突した瞬間、俺の弾が砕け散った。
迫りくる冷気の刃。
「くっ!」
ギリギリでステップを切り、氷弾を回避。
間髪入れずに二射目、三射目と続く。
氷弾が空気を裂き、軌道の残光を引く中、俺は必死に距離を取った。
「連続詠唱か」
「驚いたかしら? さあ、次も見せてちょうだい」
「よし、本気を出すぞ」
「あら、今までは手加減していたってわけ?」
「目立ちたくなかっただけだよ」
「ふふ、言うじゃない。じゃあ見せてもらおうかしら、君の“本気”を」
(マスター、ここはステラにお任せを)
ステラの提案に頷き、俺は魔素を再構築する。
「《アイスボール》!」
高密度の魔素を凝縮し、氷球として形成。
放つと同時に、空気が凍るほどの冷気が走った。
「《アイスボール》!」
再度ぶつかった魔弾は、今度こそ互いに相殺され、極低温の霧が辺りに漂う。
「なっ……!」
セリーナの表情が初めて揺れる。
「まだまだよ! 行くわ――連続詠唱!」
「こっちもだ――連続詠唱!」
ふたりの間に無数の氷球が飛び交い、
蒼白い残像が空間を埋め尽くした。
魔弾の雨が弾き合い、爆ぜ、霧散し、観客の冒険者たちは息を呑む。
「はぁ、はぁ……くっ、きつい……!」
「ふふ、魔素が切れてきたようね。さあ、次はどうするの?」
(ステラ、案を出してくれ)
(マスター、刀を使いましょう)
(……刀?)
(はい。火精鋼の刀には火属性魔石が融合しています。店主バイセンの言葉を思い出してください――『魔素を流せば面白いことが起こる』と)
(試す価値はありそうだな。よし、やってみる)
腰の刀を抜き、柄に意識を集中。
魔素を流し込むと――刀身が紅蓮の炎に包まれた。
観客たちが一斉に声を上げる。
「おおっ……!?」
「……なにしてるの? そんな子供騙し――《アイスボール》!」
迫る氷球。
しかし――
燃え盛る刀で、それを一刀両断。
氷が砕け散り、蒸気となって消えた。
「おおおおっ!」
観客席から歓声が爆発する。
「すごいぞ! 氷華の舞姫が押されてる!」
「ふふ、やるじゃない。それなら、これはどうかしら――《メガ・アイスストーム》!」
セリーナの魔素が膨れ上がり、冷気が暴風のように渦巻く。
巨大な氷塊が宙に形成され、
まるで天から落ちてくる彗星のように青白い輝きを放つ。
放たれれば、訓練場が凍りつくほどの威力――!
だが、その瞬間。
「――はい! そこまで!!」
鋭い声が戦場を断ち切った。
ロゼッタが怒気を纏って飛び込んでくる。
「セリーナさん、何をお考えですか! テルトさんはDランクの新人ですよ!
『氷華の舞姫』と呼ばれるあなたが、本気の《メガ・アイスストーム》を放ってどうするつもりですか!」
「い、いや……つい、熱くなって……」
「言い訳は後です。ギルドマスター室に来てください! テルトさんは受付でお待ちを!」
セリーナは子犬のようにしょんぼりし、ロゼッタに連れられていった。
(ステラ……俺たち、やりすぎてないか?)
(マスター、申し訳ありません。少々、全力を出しすぎました)
(今度から、人前では控えた方がいいな)
(了解しました、マスター)
しばらく受付の椅子で待っていると、カウンターの奥からロゼッタが顔をのぞかせた。
「テルトさん、こちらへどうぞ」
肩に残る模擬戦の余韻を感じながら立ち上がる。
ロゼッタの前に立つと、彼女は眉をわずかに寄せ、ため息をひとつこぼした。
「はぁ……テルトさん、あなたという人は、本当に困った方ですね」
手元の帳簿をめくりながら、呆れと苦笑が半分ずつ混ざった声で続ける。
「今回はセリーナさんのほうから模擬戦を申し込まれたと聞いていますし、結果的には高評価ですから目はつぶります。ですが……訓練用の的がボロボロです。メンテナンス費がかかるので、次からは加減を考えてくださいね」
「すみません。以後、気をつけます」
頭を下げたそのとき席を立つと、階段のほうで軽やかな足音が響いた。
振り返ると、二階からセリーナが降りてくる。
先ほどの鋭い気配はすっかり消え、冒険者というより身近な姉のような柔らかい雰囲気をまとっていた。
「あっ、テルトくん。私、ギルマスにこってり絞られちゃった」
肩をすくめて苦笑する姿は、模擬戦で見せた氷刃のような気迫とは別人だ。
「さっきはね、つい熱くなっちゃって……ごめんね?」
「いえ。こちらこそ、いい経験になりました」
「そう言ってもらえると助かるわ」
セリーナは一歩、こちらに近づき、意味ありげにのぞき込んでくる。
「ねぇ、君ってまだパーティーには入ってないよね? もしよかったら、私がいる『氷炎の舞姫』に入らない? 女性だけのパーティーだけど、君なら歓迎するわよ」
周囲がわずかにざわついた。
数名の冒険者がちらりとこちらを見る。
「おい、どうする?」と言わんばかりの視線だ。
(たしか女性だけのパーティーか……五十五歳の中身のおっさんには、ちょっと無理あるな)
(マスター、すでに二十五歳の身体に若返っています。それに、この世界ではかなりのイケメンです。外見的には問題ありません)
(でもなぁ……その、居心地的にやめとくか)
(マスターなら断ると予想しておりました♪)
(今、ちょっと喜んでないか?)
(気のせいです)
「ごめん、しばらくは一人でやってみたい」
「そっか。残念。でも、気が変わったらいつでも声をかけて」
セリーナはウィンクを一つ。
そして、ふっと表情を引き締めた。
「そうだ、お詫びとお礼にひとつ情報を。
南にあるD級ダンジョン――『蒼晶の洞』って知ってる? そこのボス、稀に《魔道具》を落とすの。君の実力なら問題ないし、きっと役に立つと思うわ」
「魔道具か……ありがたい。興味あるし、行ってみるよ」
セリーナは満足げに微笑み、そのまま軽やかに去っていった。
それを見送っていたロゼッタが、くすっと小さく笑う。
「ふふっ、人気者ですね、テルトさん」
「いやぁ、そんなつもりは……」
照れながら苦笑する。
だが、内心ではセリーナが言った“魔道具”の言葉が離れなかった。
こうして俺は、次の目的地――蒼晶の洞へ挑むことを決めた。
もし少しでも楽しんでいただけたら、リアクションや★、ブックマークで
応援してもらえると励みになります。
皆さんの反応が、次話を書く原動力です。




