最後の文化祭のために僕らは
「こ、この記念すべき冬桜高校最後の文化祭の実行本部長代理としてえ、ええと」
文化祭は明日だというのにこの体たらく。
僕は学校の屋上で額に汗をかいていた。
来年、この冬桜高校は隣町にある楓山高校と合併する。
歴史は共に百年。共学。偏差値はほぼ一緒。
女子の制服はうちの方が可愛いが、女子の顔面偏差値はあっちの方が上…なんて男子が言っていることはもちろん秘密。
それはさておき、つまり、明日が冬桜高校最後の文化祭だ。
なのに、文化祭実行本部長の田辺哲也はインフルエンザにかかりやがった。
そもそも僕が文化祭の役員になったのは、田辺のせいだった。田辺は生徒会に入りたかった。悪い奴ではないのだが今一つ人望がないため、どの役にもなれず夢破れた。
文化祭の役員になったのはいわば田辺のリベンジだった。文化祭の役員はなりたい奴がなれる。田辺は見事本部長の役を手に入れたのだが、不安なところがあるようで幼なじみの僕を誘ったのだ。僕は副本部長になった。本部長を支えるのが仕事だ。だから、こんなふうに病に冒された田辺の代わりに文化祭開会の挨拶を練習している。
「佐原くん、大丈夫?」
振り返ると、書記で放送部員の篠田ひかりがいた。ショートヘアの前髪から覗く大きな目は今日もきらきらしている。
「大丈夫じゃないよ」
「明日、楓山高校の文化祭実行本部長が見に来るらしいよ」
放送部のエースらしいよく通る声だった。
「えっ」
楓山高校の文化祭実行本部長は、田辺の元カノ・石野莉愛だった。
「もしかして田辺の奴、それで休んでるんじゃあ」
「それもあり得るね。というか、今、佐原くんもちょっと逃げたくなったんじゃない?佐原くんも莉愛のこと好きだったでしょ」
「違う」
そのあとに心の中で僕が好きなのは篠田さんだと囁いた。
「そうかな、中学の時、男の子はみんな莉愛のことが好きだったし」
石野莉愛は男子が通過儀礼のように恋をする清潔感のある少女だった。石野さんが選んだのは田辺だった。でも、田辺は一つ上の先輩に石野さんを奪われた。石野さんはその先輩を追って楓山高校へ進学したのだ。
「あんなの、好きじゃない」
「じゃ、誰が好き?」
篠田さんは僕の制服のネクタイを引っ張った。
僕の唇に少しかさついた唇が重ねられる。
「明日、うまく話せるおまじない」
微笑みつつも潤んだ目は少し不安げだった。
愛しさがこみあげる。
「念のためにもう一回」
僕は篠田さんの唇を湿らせた。