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第9話 ご都合主義でいいんです!

 さすが公爵家の厨房だ。広い厨房だった。元いた世界の家のキッチンは狭かった。


 それに比べると公爵家の厨房は、広々ろしていて学校の教室ぐらいある。ステンテストの作業台はピカピカだし、大きなオーブや冷蔵庫もある。中世ヨーロッパのような世界でもあるが、魔法により文明が発達しているというのは本当らしい。なるほど、やっぱりご都合主義的な世界だ。


「お嬢様、どうされるんですか?」


 一緒についてきたレンは、なぜか再び顔を赤らめてカンナを見ていた。


「和食を作ろうと思うの」

「は? 和食ってなんですか?」


 カンナが元いた世界で読んだ漫画では、こういうシチュエーションでは、日本食を作って「すごい!」とチヤホヤされていた。異世界転生ものの漫画では、定番なテンプレシーンといえる。それにカンナが凝った西洋料理を作れるわけがない。


「とりあえず冷蔵庫を見てみるわ」


 冷蔵庫といっても業務用のようだった。冷蔵庫というより冷蔵室だ。足を踏み入れると、ひんやりと寒かったが、ざっと見ると野菜や肉は豊富にあるようだった。


 驚いた事に大根やにんじんに似た野菜や、豚肉もあった。ご丁寧にカットされて個装されていた。ここってスーパーだっけ?と勘違いするほどだった。違和感はあるが、これを使わせてもらおう。


 とりあえず野菜と肉を適当に取り出し、作業台の上に置いた。これぐらいあれば何か出来るだろう。


「ねえ、レン。調味料みたいのはどこにあるの?」

「調味料室は冷蔵室の隣りですよ」


 レンに案内されて調味料のある小部屋に案内された。


 さすが公爵家という事なのか、調味料室にはありとあらゆるスパイスや塩が並べられていた。


 塩の種類はやけに多かった。桜色の塩やペッパーとブレンドされたものもある。ここってカルディだっけ?と勘違いしそうだ。


「何でこんなに塩が多いの?」

「塩はなんでも合いますからね。茹で野菜や焼いた肉にかけるだけでご馳走だ。この国の不味い料理をわざわざ作るよりも塩つけて食った方がいいですし」


 料理が不味い文化らしい悩みを聞かされた。元々はコックも雇っていたようだが、蒸し野菜や焼いた肉に塩をかけるだけで十分だったので、クビにしたという話しだった。かえって調理する方が素材が不味くなる。


 そこまで聞かされると今から料理すべきか迷ってしまったが、乗りかかった船だ。今更降りるわけにはいかない。


「あれ? なんでインスタントの味噌汁と出汁パックがあるの?」


 棚の一番上には何故かインスタントの味噌汁と出汁パックがあった。どうみても日本製だった。中世ヨーロッパ風の世界で何でこんなものが???


「さあ。メリアお嬢様が、家出する直前に取り寄せていたみたいですが……」


 確かメリアは、前世として日本人女性の記憶があったはずだが……。どこから買ってきたものか気になるが、とりあえずこれを使わせてもらおう。ご都合主義すぎるというか、ラッキー過ぎる状況に首を傾けたくなるが、この状況ではありがたく使わせてもらおう。


「あー、取れない!」


 背の低いカンナは、棚の一番上にあるインスタント味噌汁と出汁パックが取れない。


「はい、どうぞ」


 一方レンは背が高い。軽々と取り上げ、カンナに渡した。


「ありがとう」

「いえ、いいんですよ」


 レンは顔を真っ赤にしてモジモジしていた。これは少女漫画のワンシーンみたいで、背景に星やハートが飛んでいるいるように見えてしまった。


 やはりこの世界は、一見中世ヨーロッパ風ではるが、少女漫画世界であるのは確からしい。簡単に日本食のインスタント味噌汁や出汁パックが見つかったのも、ご都合主義という事にしておこう。細かい所をツッコんだら野暮というものだ。少女漫画ではモサイヒロインが、眼鏡を取ったら垢抜けるというシーンが定番だが、現実にはそんな事はない。そう言ったお約束やテンプレシーンは、ご都合主義だと理解した上で楽しむものだ。


 カンナはレンに持ってきて貰ったエプロンをつけ、さっそく料理を始めた。


 ガスや水道も問題なく使えた。さすがご都合主義世界だが、細かい事はツッコミを入れずに受け入れた。この少女漫画世界でツッコミを入れていたら、身体が二つあっても追いつかないだろう。


 インスタント味噌汁を出汁パックで味を整えて、具材を放り込んだだけの手抜き料理を作った。


 野菜も肉もカットされているので料理が苦手なカンナでもあっという間に出来てしまった。


 元いた世界でもインスタント食品に手を加えるだけのズボラレシピはよく作っていた。父親の恵理也は牧師だが、九州や沖縄の教会に出張に行く事もあった。そんな時はインスタントをアレンジして料理っぽい事をしていた。


 綺麗な白い器に味噌汁を盛ると、とても手抜き料理には見えない。銀色のスプーンを添えると、ますます手抜き感が減ってしまった。そういえば元いた世界でもコンビニの惣菜を器に乗せたら、手の込んだ手料理に見えてしまう事もあった。料理上手の女性と結婚したい男性は、こう言ったカラクリには十分注意した方がいいだろう。実際は料理など出来ないのにそのように偽装するのは難しい事ではなさそうだ。


「これが和食ですか? 匂いはいいですね」


 レンも目を丸くして、この味噌汁を見ていた。


 しかし、ご都合主義すぎる味噌汁ができたが、カンナの心には違和感が芽生えていた。


 本当にこれでいいの?


 同時にこの少女漫画世界にヒロインであるメリアの事も気になりはじめた。


 前世の記憶があるのは、一体どういう事だろう。聖書では前世も来世も転生も無いとあるし、カンナもそう思う。


 それともこの世界だけは、そういった死生観なのだろうか?


 ご都合主義過ぎてかえって違和感が芽生え始めていた。


 やわらかい離乳食でも口に含んでいる気分だった。優しい理想的な世界のはずなのに、全く噛みごたえが無くてつまらない。

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