第19話 アーメン
そんな事があった次の土曜日、環奈は部屋の掃除をしていた。
特に漫画やゲームを段ボール箱にまとめ、捨てる事にした。メルカリで売ってもいいが、手間と時間を考えると面倒くさかった。昔、父によると、呪文や性描写がある漫画やゲームは悪霊を呼ぶので捨てた方がいいとアドバイスされていた事も思い出してはいた。
あれ以来、環奈はまともに聖書を読むようになった。聖書をちゃんと読んでいれば、漫画もゲームもそんなに要らないと気づく。
聖書は結婚式で終わる書物でもある。架空世界のラブストリーよりも生きてる神様の話でもある聖書を読んだ方が楽しく感じるようになってきた。父によると聖書は、全文自分と関係あるものだという。そう思うと聖書が全く他人事に思えず、通読も進んでいた。
聖書ではクリスチャンはキリストの花嫁と言われている。父の教会では、まるで恋人のようにイエス様を語るものもいる。漫画のキャラより今も生きている神様を恋人だと思って過ごすのも悪くない気がした。
礼央に失恋した心の痛みもすっかり癒された。どんなイケメンでもイエス様みたいに自分の為に死んでくれる人はいない。その上生き返って今も天におられる神様だ。だんだんと恋愛そのものも興味がなくなってきた。この世で異性に愛される事はオマケみたいなものなのかもしれない。それよりも神様や隣人を愛する事の方がきっと大事だ。
月美先生の漫画「悪役令嬢は、カフェ店長になって隣国の騎士に溺愛されます」は打ち切りになった。
月美先生が逮捕されたからだ。カルト団体に所属し、犬や猫を生贄に捧げた変な儀式を繰り返していたのが発覚した。
月美先生の他の作品では、生贄のラブストーリーもあったが、今となっては全く笑えない。まるで自分の行為を正当化したような漫画にしか見えない。
「悪役令嬢は、カフェ店長になって隣国の騎士に溺愛されます」を読み返しても以前のように楽しめない。
理由もなく突然溺愛が始まるのは、気持ちが悪い。もう漫画はいいと思った。ただ、自分で漫画を描くのはちょっと興味はある。画材やポーズ集などは取り寄せてもいいかもしれない。聖書をコミカライズしても面白そうだ。モーセが海を割るシーンなんかを漫画にしたらカッコいいだろう。もっとも日本はクリスチャンの人口は1%だし、そんな漫画を描いても人気やお金は得られないだろうが、チャレンジしてみたかった。
現実世界が冴えないと感じるのも、非現実な娯楽ばかり見ているせいだったかもしれない。身近の動物、野菜、魚……。よく見ると神様を創った素晴らしい自然や食べ物がある。環奈の住む土地は自然豊な田舎なので星空も綺麗だ。美しいものはちゃんと側にあったのに気づけなかった。
「綺麗になったわ」
漫画やゲームを捨てた部屋はとても綺麗になった。思えば部屋の中は無駄なものが多かった気がする。
最近、環奈は料理も手伝うようになった。あの漫画世界での経験を思うと、料理を父任せにし続けるのも良くない気がした。
今日は教会員の雲井のおばあちゃんから貰った大根や人参を使って煮物でも作ろうと思う。
料理は最初は失敗ばっかりだったが、父は文句も言わず完食してくれていた。その事も思うと、「料理は苦手」などと言っているのは言い訳にしか聞こえない。
漫画やゲームと違って冴えない現実だが、こうして料理も出来る様になってきた。やっぱり、そこそこ努力して上達していく過程は楽しい。漫画のようなご都合主義は、もういいと思った。漫画も全く悪いものではないが、現実逃避して楽しむのは違うだろう。
すっかり綺麗になった部屋で環奈は膝をついて祈った。
天のお父様、イエス様。確かに漫画もゲームも楽しかったですが、これからはイエス様と一緒に生きてたいです。どうか、霊的に目を覚まし現実を生き抜く力を貸してください。
アーメン。




