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第6話「大魔法士」


 アレクシス・ギーレン。話を聞くには、彼は大魔法士の称号を得た、力のある魔法使い。この地に指の数程もいない大魔法士が、この僻地にいる理由は「師匠殺し」という汚名だった。


「どうして、その人が犯人だと?」

「……そ、それは……」


 威勢よくアレクシスの名を呼んだ男はいざ問い詰めると、その場でたじろぐ。まるでその言葉しか言うつもりがなかったかのように。けれど、「貴重な情報提供ありがとうございます」とルナはその男に微笑む。すると、男は安堵した表情でどこかへ行った。


(……これは、本人に話を聞く必要があるね)


「あれ、さっきの男の子は?」


 その様子を見送ったあと、先程声をかけてきた男の子の話を聞こうとすると、男の子も既に姿を消していた。


「……仕方ないか。メリンダ!大魔法士のところに行くよ!」


 ・

 ・

 ・

「頼もう!」


 アレクシス・ギーレンが住んでいるのは、二つあるうちの小さな山の上だった。ルナは大きな屋敷を前にして、その入口で大きな声を張り上げた。すると、閉じていた扉が勝手に開いていく。

「入れってことかな」

「そうだな」

 屋敷の中は人の気配があまり感じられなかった。その割には隅々まで掃除が行き届いていたようだった。かつん。かつん。階段から誰かが降りてくる。

 

「僕になんの用だ。見知らぬ顔のようだけれど」


 宝石にも負けず劣らずの美しい紫色の瞳。暗い赤い髪がその片目を覆い隠していた。

 

「話くらいは聞いてやるよ。今すぐにでも帰って欲しいからな」

「じゃあ質問です。大魔法士様が村の人達が魔化になっている原因ですか?」

 

「お、直球だな」とメリンダが茶化すように言う。アレクシスも同じように思っていたのか、狐にでもつままれたような顔をした。


「……もう少し回りくどい言い方をすると思っていた。僕も簡潔に答えてあげよう。答えはノーだ」


 事件の犯人は己を犯人と言わないものだ。しかし、ルナは納得したかのように「分かりました」と頷いた。


「僕が言うのも何だが、そんな簡単に信じていいのか?僕が『師匠殺し』だからここに来たんだろ?」

「別に理由もなく信じているわけじゃないです。私だって人を疑うことを知らないわけじゃない。私が大魔法士様を信じるのはなんていうか……」


 ルナは自分で言っておきながら言葉が詰まる。 (しまった……勇者は理由もなく人を信じるお人好し……だから)


「……あなたが綺麗な顔だからだ!」

「なんだそれ、おかしな奴だな。せっかくここまで来たんだ。ヒントになるか分からないが……教えといてやろう」


 アレクシスはどこからか黒板のようなものを発現させ、まるで教師かのようにルナたちに解説を始める。


黒雲(こくうん)は生物の魔力を暴走させるというのは知っているか?しかし、理性が存在する生物である人間は、この黒雲にも抵抗力がある。他人からの干渉も受けない。人間が「魔人」となるのは魔力を酷使した時だ。つまり、魔化しやすい原因がこの村にあるとしたら、村人本人の行動に問題があるはずだ」


「……行動か。行動ねぇ」と含みありげにメリンダは言うが、あまり理解していなかったようだった。アレクシスはため息をつきながら、ルナの方を見る。すると、既に考え込んでいる様子が見えた。

 

「ちっこいほうは理解したようだな。そうなら、早く帰ってくれ」


 考え終わったのか、「もうひとつ質問」とルナが手を上げる。


「なんだ?」

「どうして、そんなに魔化に詳しいんですか?」

「……それは、お前に関係ない話だ」

「もしかして魔化の研究を……」

「関係ないと言っているだろう!!」


 何が彼の逆鱗に触れたのか。アレクシスの周りに、風が渦巻く。肌がピリつく。気がつくと、ルナを庇うようにメリンダが前に立ち、槍を構えようとしていた。


「いくらなんでも人の家で乱闘は……」

「こいつ天井を壊すぞ……!」

「まさか……そんな怒るわけ……ってえぇ!!」


 アレクシスの周りに渦巻いていた風は次第に大きくなり、天井を打ち壊した。メリンダが落ちてくる瓦礫を槍で払い除ける。


「え、私が悪いの?!私が!」

「砂埃が口に入るから口を閉じとけ!」


 本当に何が逆鱗に触れたんだ!ちょっと聞いたのがいけなかったの!アレクシスは屋敷が崩壊するのをお構い無しで、暴れ始める。ルナたちに直接危害を加える気はないようだったが、その余波が彼女たちを襲う。

 すると、今度は屋敷の外。すなわち、遠い山の方から大きな轟音が聞こえた。


「今度は一体なんなの!」


 ・

「ルナ、その飾りの剣、借りるぞ」

 

 大きな音を聞いたメリンダはルナに槍を渡すと腰に帯びていた聖剣を鞘ごと抜き、その勢いでアレクシスの懐に入り込む。「悪いな。急いでんだ」と首に鞘を当ててその場に気絶させた。

 

「よし行くか!」

 

 何事も無かったように、倒れたアレクシスを壁の端に寄せてメリンダは屋敷を後にしようとする。そんなメリンダに「行くってそんな荒療治な……」とルナは呆れた顔で雑に投げてきた聖剣を受け止めた。


 ・

 屋敷のある山から降りると、村の人達がどよめいていた。「こんなに大きな音は初めてだ」「聞き慣れてたけどなぁ、今回のはさすがに」「あーまたか」


 (……なにかがおかしい。なにかが)

 

「おねぇちゃんが……!ハンナおねぇちゃんが!」


 すると、あの時、服の裾を掴んだ男の子が今にでも泣きそうな声でルナに縋り付いてきた。


「落ち着いて。……何が起きたか教えてくれる?」

「おねぇちゃんが、嫌だっていうのに連れていかれて……!ぼく、おねぇちゃん追いかけてたら……ハンナおねぇちゃん……苦しんでて……」

「落ち着いて話して。お姉ちゃんはどうなったの」

「――化け物に……化け物になっちゃった!!」


『我々も魔獣は臨時の食料として重宝しておりますから』

『これは試作品だって、村長さんから貰ったのよ』

『人間が「魔人」となるのは魔力を酷使した時だ』


 (……あぁ、私は見落としていた)


 魔化は魔力を使わなければ絶対に起きない。魔獣は「ただの動物」だったことを知っているのに、魔化を知らないわけが無い。ポーションを作ることができるのに知らないわけが無い。そもそもポーションには魔力が要る。有り余るほどのポーション。それならば、その魔力はどこから来ているのか。


「なんでこんな簡単なことを私は気づかずに……」

「ルナ、どうした。顔が青ざめてるぞ」

「村長は人間を魔化させている」

「でも、さっき言ってたじゃねェか。他人の干渉を受けないって」

「それは直接的な話だよ。もし、「使わされている」環境に居るならどう?」

「おい、それは……。……っ!誰だ!」


 メリンダはルナの推理に言葉を詰まらせる。そして、何かを言おうとすると、後ろを振り返りその方向に槍を向けた。

 

「あれ、暴れてた魔法士じゃねェか」


 いつの間にここまでやって来たのか。ルナたちの後ろにはアレクシス・ギーレンが立っていた。

 

「さっきは悪かったな。だが、話はあとだ。キース!最後にお前の姉がいた場所を覚えているか」

「……あっちのおっきな山のてっぺん!」


 キースの言葉に、アレクシスは「……遠いな」と少し考え込む。しばらくして、「そこのふたりも向かうつもりなら、こっちに来い !」とルナたちにこちらに近づくように言った。

 

「今からテレポートで山頂へ向かう。目を瞑っておけ」


 大魔法士を何を持って、大魔法士と言われるか。ルナは魔法を使えた。しかし、それは大魔法士の足元にも及ばない。その偉大さは、魔法の強さや技術だけではなく、「無詠唱」かつ「媒体なし」で魔法をいとも簡単に使えるという点にあったのだ。

 

 ・

 ・

 「くそ、弾かれたか……っ!」


 気づいたら、ルナたちは村とは異なる場所に立っていた。先に移動が終わったことに気づいたアレクシスは舌打ちをする。恐らく彼が設定した座標とは異なる場所へテレポートしてしまったのだろう。


「ここから先は行かせないぞ!余所者が!」


 待ち伏せしていたかのように、村長が禍々しい水晶を手に四人の前に立ちはだかった。


「そこをどいてください。この奥で何が起きているか、あなたもお分かりでしょう!」

「邪魔をするな!今から我らの守り神が誕生するのだ!」

「……守り神……?」


 村長は何を言っているのだろうか。ルナは男の言葉に思わず唖然としていると、どこからかグルル……と何かの声が聞こえてきた。その声の正体は魔獣だった。魔獣たちは四人を取り囲むように集まる。気づけば、周囲に甘い香りが広がっていた。(……魔獣達を引きつけるポーションか!)


 魔獣たちはじりじりと距離を詰めていく。村長はその隙を狙い、洞窟へと走り逃げていった。アレクシスは右目で辺りの魔力の流れを「視」ながら、思案する。(……魔獣を倒そうにも魔法を今無理やり使えば、さっきみたいに暴走しそうだ。ここは黒雲が濃すぎて影響を受けやすいからな……)魔法を使おうにもまた己が暴走すれば本末転倒だと躊躇していると、アレクシスの前に誰かが立つ。


「――うちに任せろ。ここはうちの本業だ」


 メリンダは槍を下ろし、その赤い瞳の瞳孔は開いて既に臨戦態勢だった。「よし、任せる!」とルナは力強く頷き、魔獣を前に小刻み震えていたキースに己の上着を視界を防ぐように肩にかけて、抱き抱えた。

「私たちは村長を追いかける!」

「……あぁ」


 ・

「よし、行ったな」


 ルナたち三人が洞窟に行った直後、魔獣たちは三人を追いかけるように洞窟へ駆けていく。刹那、その体を連なるように槍が貫く。魔獣たちは呻き声をあげて、その場へ倒れていき、元の猪への姿と戻った。狩人は亡骸からその槍を軽々と抜くと、少し血飛沫が上がる。ぽたり。刃の先から赤い液体が落ちていった。そして、まだ声を唸らせ、数を増やしていく魔獣へ、狩人はその刃を突きつける。


「――狩人はな、獲物は絶対に逃がさねェんもんなんだよ!」


 

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