第4話「ギルド加入」
「もう、いじめるんじゃねェぞ」
子供たちはドラゴンが消えたのが分かったのか、ルナたちの元へ戻ってき、深々と頭を下げお礼をしてきた。メリンダは両手それぞれでいじめっ子たちの頭をくしゃくしゃと撫でた。いじめっ子たちは必死に何度もうなづいていた。
彼らはもう、あの子をいじめることは無いだろう。あの恐ろしい魔獣を前に震え怯えていたのに、溺れていた子を見捨てずに必死に声をかけながら、抱えて走り去った後ろ姿を見ていたから。
そんなメリンダと子供たちの様子を見ていると、後ろからとんとんと背中を叩かれた。後ろを振り返ると、そこには髪が濡れたままの子が居た。その手には、ルナが着ていた上着があった。
「お姉さん、びしょ濡れだけどこれ……」
「君は大丈夫だった?」
「うん、大丈夫。……あのね、お姉さん、本当にかっこよかった!お姉さんってもしかして、勇者なの?!」
「……えっ!……勇者?!本当?!ね、どこがそう見えるの?どこ辺り?」
「勇者」と言われたことにあまりに有頂天になったルナは、「こら、チビに詰め寄りすぎだ」とメリンダに頭をチョップされた。
「いったーい」
「ルナ、そろそろギルドに向かうぞ」
「……あ、うん!」
メリンダ はもう話を終えたのか、その場を後にしようとする。ルナはそれを追いかけるように軽く走るが、何かを思い出したように少年のところに引き返した。
「ね、ボク。いつか勇者になるから、応援してくれる?」
「うん、応援する!」
「ありがとうね。私、諦めないから!またね!」
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「ルナは勇者になりてェのか」
「メリンダは勇者知っているの?」
さすがに「メリンダお姉様」という呼び方は身の毛がよだったのか、やめてくれときつく言われたルナは「メリンダ」と軽い口調で話すことにした。
「あれだろ、勇敢な奴の事だろ」
「……うん、そうだね。さっきの子が言っていた「勇者」はさ、この世界を救う人のことなんだ」
「世界を救う、か。それは大きな夢を持ったな」
メリンダはそんなルナの真っ直ぐな瞳を見て、それ以上何も言わなかった。
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「よし、ついたぞ。ここが、《十六夜の宿》だ。仕組みはさっき話した通りだ」
ギルド《十六夜の宿》。黒い雲から出現する前から存在していた、実力者揃いのギルド。主に魔獣の討伐や要人の護衛などの任務を引き受ける。任務にはそれぞれランクがあり、ランクによって報酬が異なる。ギルドの加入条件は、その時々に異なり、ギルドの主の裁量による。
「あとは、私の実力次第ってわけだね」
「ルナの力なら、加入できるだろ」
うんと頷き、メリンダは少し古びた建物のドアを片手で開く。すると、窓口のような場所に座っていた女性に声をかけた。
「メリンダさん、どうされました?」
「嬢ちゃん、マスターに紹介してェ奴がいる。頼めるか?」
「メリンダさんの推薦ですか。ヘルゲさんに連絡取ってみますね」
「頼んだぜ」
しばらくすると、受付嬢が「二階に上がってください」と二人に声をかけてきた。ルナはメリンダに案内されるがまま、階段を昇っていく。
「ちょっとした面接みてェなもんだろうさ。うちの時もすぐ終わった」
緊張していたルナは、何も聞こえていないようだった。そんなルナを見て、メリンダは少しおかしくなるが笑うのを抑えて、ギルドマスターが待っているだろう部屋のドアを開けた。
「あのメリンダが珍しく推薦してきたと思えば、ただとの小娘じゃないか」
「ジジイももう聞いているだろ。ルナといっしょに、S級を倒した」
「ランクの設定を間違えたな」
「……おい」
(……冷たい目だ)部屋に入ると直ぐにルナの緊張はすぐさま、吹き飛んだ。傷だらけの老けた男・ヘルゲは、明らかにルナを見下すような目をしていて立っていたからだ。初対面の相手に対して、不遜な態度を貫くヘルゲにメリンダは、思わず胸ぐらを掴もうとするが、ルナに「待って」と遮られた。
「どうしてそのように敵意を向けられるのかお聞きしても?」
「……お前はここに何をしに来た」
(質問を質問で返すな、と言いたいところだけれど)
「勇者になるために、来ました」
ルナは、その言葉を飾ることはやめた。実際、《十六夜の宿》に入りたいのは結局、これのためだ。この男の前でどう言葉を取り繕っても意味が無いだろう。そう思って。
「勇者、今、勇者と言ったな?」
――空気が変わった。
全身がひりひりとするような殺気。
「お前みたいな奴が、勇者になれる訳がない!」
男は、叫んだ。
「おい、言い過ぎだろ!!」
メリンダは、今度はすぐさまヘルゲの胸ぐらを掴み、その体を近くにあった椅子に押し倒した。ヘルゲはそれに臆することなく、続ける。
「お前は何が出来る?聖剣を使えるのか?魔獣と心を通い合わせることが出来るのか?禁忌魔法を使えるのか?何も出来ないだろう!そんな大して取り柄もない奴が勇者になるなどという戯言を!」
(……それはもっともな事だ)
ルナが一番それを痛いほど、理解していた。
ルナは、何もなかった。唯一他人と異なるのは、異世界から転移してきたことで。けれど、元の世界に関する知識は「勇者」についてしかない。まるでそれしか与えられていないように。才能も無ければ、大した知識もない。ルナが持つのは、今まで努力で培ってきたものだけだ。努力だけで勇者になれるのなら、誰しもが勇者になれていただろう。
ルナは、己が勇者たる資格が無いのは理解した。それでも、勇者になろうとしたのは。勇者にこだわるのは――
『お前もひとり、なんだな』
右も左も分からぬ世界で、身元が分からないような己を拾って、隣で幸せを分かちあった存在。ラクスという存在だけが、ルナを勇者にさせようとしたのだ。
「――勇者を私が殺しました」
その言葉に、ヘルゲは愕然として舌を止める。
「だから、私が勇者になります」
これは、名声のためではない。これは、名も知らぬ民のためではない。これは、世界を救うためではない。「勇者」になることは、贖罪だ。
(誰かに非難されようとも、否定されようとも、誰からも認められなくても、私は「勇者」になることを諦めるわけにはいかないんだよ)
メリンダに抑え付けられていたままだったヘルゲはいつの間にか解放されており、ルナに一枚の紙を突き出した。
「己が勇者だとほざき続けるならば、ひとつくらい村を救って見せろ」
ルナはヘルゲの顔をもう一度見た。その瞳は、怒りではなく、何かに切望しているような瞳だった。