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第1話「黒く染った雲」


「君もひとりぼっちなんだね」


 ここがどこか。己が誰なのか。この世界は一体何なのか。何もわからずに当てもなくただ彷徨い歩いていると、黒髪の少女はひとりの青年に出会った。

 

「……おにーさん」

 

 少女は空腹に耐えかねて、青年になにか分けてもらおうとその服の裾に手を伸ばした。はっとしたように少女を見る。少女は青年がどんな顔で、どんな表情をしていたか、その時まで分からずに居た。青年は少し明るい茶色い髪をした、顔が整った男だった。鞄から食べ物を出して渡すと、やせ細った少女は咳き込みながらも必死にそれを口にする。


「俺も家族はいないし、名前も呼んでくれる人ももういないんだ」


 青年は言った。少女はごくりと一思いに食べきると、「わたしもだよ!」と大きな声で言った。予想していたより大きな声が出たのか。少女は少し頬を赤らめる。

 青年はそんな少女の髪を宥めるように優しく撫でると、目を細めて笑う。その瞼の隙間から、綺麗な金色の瞳が垣間見えた。――それは、まるで万物を照らすかのような光の色だった。


「名前は?」

「……ルナ」

「ルナ、共に俺と生きてはくれないか?」


 差し伸べられたその手は傷だらけだった。何があってそんな手になったのか。ルナには知る術はなく、すぐに考えることをやめた。

「うん!」

 空腹を満たしてくれるなら十分だ。ルナは、 躊躇うことなくその手を取った。


 ・

 ・

 ・

「ラクス〜!洗濯物早くしまって!」

「ったく、ちゃんと雲の様子見ろって言ったろ!」

「そんなの後でいいからは!や!く!」


 ラクスと呼ばれた青年は、口を尖らせながら二人分の衣服を取り込む。その間にぐつぐつと煮たシチューらしきものを皿によそい、夕飯の用意をする。

 

「よし、できたっと。ラクス、ご飯だよ!」


 ラクスが家に戻ると、テーブルの上には何種類もの料理が並んでいた。普段はラクスがご飯担当だったのか、鳩に豆鉄砲を食らったような顔をしていたが、それを取り繕い席についた。ルナの期待の眼差しをずっと受けながら、ラクスは料理を口にする。

 

「美味い……けど、これ、火を使ったのか?ルナが?」

「そうだけど」

「使う時は俺を呼べよ」

「なんで」

「なんでって危ないだろ」

「私の事何歳だと思ってる?」

「まだ子供だ」

「もう十八歳ですぅ」

 

(……いつまでも子供扱いしちゃって)ラクスに偶然出会って共に過ごすようになってから、何年も過ぎた。ルナの容姿からは十分な食事に取れるようになったのか、身長もそれなりに伸びて健康的な成長をしたように見えた。一方でラクスは、出会った頃と容姿はあまり変わらなかった。人よりも歳を取らない体質なのだろうか。それはさておき、ラクスは未だにルナを子供のように扱いがちというのが最近のルナの悩みだった。

 

「もう十八なんだな。……今日はそういや、あの日だったな。成人の儀をやるか?」

「成人の儀?」

「大人になる儀式みたいなもんだ。本当は村総出でやるものだが……まあ仕方ないな、それは。飯食べたら、屋根の上に上がってきてくれ」

「う、うん……」


 ・


「『時は来た。汝に未来永劫の祝福と加護を。その身が尽きるその日まで世界を救い給え』」


 ラクスは、傍から聞けば恥ずかしいような言葉を並べる。一通り言い終わると、ルナの右手の人差し指に銀色の指輪を填めた。

 

「なにこれ」

「銀の指輪だ。別に結婚指輪じゃないぞ?」

「それはわかってる!……これって、ずっとラクスがつけていたものじゃないっけ」


 ラクスの軽口を躱すと、ルナは出会いたての頃のラクスを思い出す。今では己もラクスも身なりは大分変わったが、ラクスはその指輪を肌身離さずにいたはずだ。そんな大事なものを私に渡すなんて……。(……とでも思ってるんだろうな)

 

「成人の儀には大切なものを渡すんだよ。いわゆるおまじないってやつだ。お前を守るようにっていうな」

「……ありがと」

「よし!素直が一番だ!」


 ラクスは、その指輪を大事そうに見つめるルナの頭をくしゃくしゃと撫でた。

 

 ラクスとルナは血の繋がりはなく、ただ偶然出会ったたけの関係でしかなかった。それなのに、このように共に肩を並べて同じ屋根の下で毎晩眠っている。家族ではないが、家族以上の関係。恋人では無いが、恋人以上の関係。傍から見れば、それは歪な関係だった。それでも幸せな日々だった。確かに幸せだったのだ。


 


「今日の洗濯日和は〜〜!…………あれ」


 ラクスに小言のように言われるのが面倒になったルナは、空を見上げる。雲がなければ、たくさん外に干そうか。少しだけなら必要な分だけ。いっぱいならやめておこう。そんなことを思って。

 異変に気づいたのはすぐだった。


「雲が、黒くなってる」


 雲が暗く見えるということは、別に珍しいことでもない。天気が悪い日なら尚更だ。夜になれば、黒く見えることもある。しかし、今ルナが見上げた空に広がる雲は確かに「黒」に染まっていたのだ。


 直後、耳に劈くような鐘の音が鳴り響いた。その音に思わずたじろぐ。

 (……これって、魔獣が襲撃してきたときの!)


 焦燥に駆られ、おぼついた足で村の中心へ向かうと、ラクスが村中の男たちを率いながら凶暴化した魔獣を討伐していた。そもそも戦いに慣れていない男たちは複数人でやっと一匹、また一匹と倒していく中、ラクスはひとりで何匹もの魔獣を相手に善戦していた。

 

 (……あそこにだれかいる?)


 その様子を少し感心して見ていると、村の屋台の下に小さな女の子がひとり隠れているのが見えた。逃げ遅れたのだろうか。

 (……少しくらいなら大丈夫)

 気づいたら体が動いていた。別にルナは魔獣と戦ったことなどなかった。ただ単純に子供を助けてあげたかったのだ。一歩踏み出す。音は鳴らなかったはずだ。ひとつとさえ鳴らなかったはずなのに!魔獣は動きを止めて、首を回した。そして、こちらを見た。その狂気を孕んだ獣と目が合った刹那、死の恐怖がルナの全身に伝う。

 (あ、死ぬ)

 それは本能的なもので避けることの出来ないだろうという確信を得ていた。ルナは「死」という恐怖から逃れようと己の瞼を閉じるしかなかった。


「ルナ!!」


 直後、聞き慣れた声が響いた。その声はほかの何よりも誰よりもルナに安心を与えてくれるものだった。しかし、その時だけはその声は聞こえてはならなかったのだ。

 

 ・


 瞼をゆっくりと開く。

 

「ルナ、大丈夫か?」


 ラクスは遠くにいたはずなのに、どうして私の目の前に立っているのだろうか。襲いかかってきた魔獣は炎に包まれ、跡形もなくなっているのか。そんな疑問を抱く暇もなく、ルナは呆然とラクスを見る。


「お前が無事で良かった」


 笑っていた。穏やかな微笑みだった。その表情に反してこの、鉄臭い匂いは何なのだろうか。私の頬に伝うこの生温い液体は一体、何なのだろうか。


「ラクス……?」


 ……それがラクスから流れる血だとルナが気づくのはそう遅くなかった。


「ルナとあそこにいる女の子を頼めるか」


 ラクスはそれでも平然と 、周りにいた男たちに指示を続ける。


「やだ……死んじゃうよ。死んじゃうから!……お願い……治療しようよ!止まって!止まってよ!」


 その縋るような懇願からは、魔獣がラクスに与えた傷の大きさがいかなるものかを物語っていた。

 

「残りの魔獣は、俺に任せてくれ。残りの人達は逃げ遅れた人達の救出を」

「ラクス!お願いだから……お願いだからさ!」


 淡々と続ける。淡々と。

 漸く、その黄金色の瞳がルナを見る。そして、青ざめた顔で泣きじゃくるルナを抱き締めた。


「ごめんな。全部、俺のせいだから。俺がやらなくちゃいけないんだ」

「なにを、言ってるの」

「……ルナ、――」


 ラクスは意識が途絶えたルナを抱き抱えると、近くにいた男に「ルナを頼む」と引き渡す。

 呼吸はまともに出来ず、視界もぼやけていた。己が死に近いことは他でもないラクスが誰よりも理解していた。手遅れだからこそできることがある。ラクスはルナの方を振り返ることなく、魔獣たちが待つ所へぼろぼろの剣を片手に姿を消した。


 


 ・

 ・

 目を覚ますと、そこは誰かの家のようだった。

「もう魔獣たちはいなくなったよ」

家の主だろうか。男はそう諭りかけるかのように穏やかな声で言う。しかし、その目は決してルナを真っ直ぐ見ることは無かった。(……どうして何も言わないの)ルナは男が引き止めるその腕を振り払い、扉の方へ向かって外の世界へ飛び出した。

 

「……」

 

 外は雪が降っていた。命を終えた者達を覆い隠すようにしんしんと積もっていく。その白さは、空の黒さによってより引き立っていた。薄手の服のままのルナは、無心に前に進んでいく。そうするうちに、ほかより雪が盛り上がった場所を見つけた。必死にルナは素の手で雪をかき分けていく。「そこ」に何も居ないことを祈って。またその声を聞けることを願って。またあの日常に戻れることを望んで。微かな希望に全てを託して。――ルナはしばらくして動きを止め、嫌にも理解してしまう。もう、あの美しい光のような瞳を、あの優しい穏やかな笑みをもう見ることは出来ないのだと。

「……あ……あぁ……っ!!」

 声にもならない叫びが降りしきる雪にかき消されていった。

 止まることのない慟哭は、寒さと共に彼女の喉を張り裂くかのように。目から落ちいてく雫は、地面に落ちることなくその頬で凍てつく。寒さなどこの悲しみに比べたらどうって事ない。けれど、体は正直だった。意識が朦朧としていく中、少女は思い出した。


 光かのような金色の瞳。魔獣をひとりで対峙できるその勇敢さ。そして、魔獣を倒すことの出来る大きな力。


『ラクスは「勇者」だった』

 いや、正確に言うならば「勇者」になるはずだった。

 

「勇者」という存在を知っていたことを何故知っているか。それは、己がこの世界の住人では無いからだ。



 ・

「ルナ!」


 目を覚ますと、今度は村長の部屋のようだった。村長が心配そうな瞳でルナを見る。よく見ると、何重も布を重ねられ、身動きが取ることが出来なかった。


「……ラクスのおかげじゃ。ラクスのおかげでほとんどの村の皆が助かった」

「……ラクスは?」

「とりあえず、お前の家で寝かせておる」

「そう」


 今すぐにでもラクスの元へ駆け寄りたいが、体は言うことを聞かない。どうしてこうも無力なのだろう。


「雪が溶け次第、お別れをしよう」


 (ああ、私もまだ受け入れることができていないのか)「お別れ」その言葉を聞くとルナは胸底から言葉には形容しがたい感情が込み上げてきた。そのせいか、ルナはただ頷くことしか出来なかった。


 雪は数日も待つことなく、溶けていった。まるで何事もなかったかのように。ただ黒い雲だけが、その世界の変貌を人々に教える。村中に弔いの鐘が鳴り響く。ラクスに救われた人達の嘆きと共に、その棺は土の中へ運ばれていった。枯れきってしまったのか、もう涙が零れることは無かった。


 ・

 

「――ラクス」

 

 右手の人差し指にある指輪をそっと撫でる。それは結婚指輪など馬鹿げた冗談も失い、もはや彼の唯一残された形見にしかならない。

 (どうして私なんかを助けたの?)

 その答えはもう誰も知ることは無い。今朝の弔いでラクスは土の中に眠ったのだから。けれど、ルナは自嘲気味に笑う。きっと、その問いはすぐに聞ける。と。

 雪解け水でかさを増した川の前に立つ。真夜中のせいかのその水は冷たさを増していた。(この川の中に入れば………)ちゃぷり。その足をつけようとすると、どこからか女の子の泣き声が聞こえた。草むらの方を見渡すと、蹲っている小さな子がいた。


「どうしたの」

「……あのね。お父さんとお母さんが死んじゃったの」

 

 村長は言っていた。「ほとんどの村の皆が助かった」と。恐らくこの子の両親はほとんどから外れた救えなかった命だ。満身創痍でなかったラクスならば、きっと彼らを救えたのだろう。

「……泣かないで」

 泣きじゃくる女の子の背中を摩る。(こんな小さな女の子でその悲しみに耐えられるわけが無い)

 そして、ふと頭に過ぎった。ラクスが居ない今、この世界はどうなってしまうのだろう。あの時はラクスがいたから、被害を最小限に抑えることが出来た。けれど、他の村はたくさんの人々が死んだと風の噂で聞いた。魔獣は各地で、まだ暴走を続けている。黒い雲だって変わらず頭の上にある。

 これからもまた涙に暮れる子がこれ以上、増えると思うとルナは怖くなった。


 (誰かが、ラクスの代わりに世界を救わなくちゃ。誰かが代わりに「勇者」にならなくちゃ。この世界は、滅んでしまう)


 代わりなんて、どこにいるんだ。勇者なんて世界にひとり居るか居ないかだ。


(……ああ、なんだ。そうか。そうだった。簡単な事だった)


「……私が勇者になればいい」


「ゆうしゃ?」

 女の子はいつの間にか泣き止んで不思議そう顔でルナを見る。

「そう。私が、世界を救うの」

 ルナは、笑った。それは単なる思いつきだった。それが己の世界を帰るなどその時のルナは思いもせずに、ただ笑った。


 これから語るは、ただの村人の少女だったルナが「勇者」を目指していく旅のはじまりから終わりまでの話。


『ルナはしっかりやれるさ。だって、私の自慢の家族だからな!』


 

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