ブスと呼ばれる異世界転生
「おはようブス」
カチン、と朝一番から頭にくる挨拶をしてきたのは王子のクアラルン。
「……」
「あれれ? どうしたマイコ。挨拶をしたのに、それを返さないだなんて」
「……おはようございます」
「あはは。本当にキミの声はいつも耳障りだよ。だってきみは――」
爽やかな笑顔からは想像もできない毒を吐くクアラルン。
だったらなんで言わせた?
紹介遅れたが、私の名前はマイコ。いわゆる異世界転生をした女だ。
元の現代でも容姿のことをずっと悪く言われ続けた人生だった。だが一度死んで美形の両親から産まれたことで今度はようやく褒められるはず。
そう思っていたのだが、結果はなんと真逆だった。
「――ブスだものね」
おかしいな。
普通こういうのって、死んだら次こそは幸せになるべきでしょ。私、どれだけ悪く言われようとも他人を馬鹿にしなかったよ。死んだのだって、道に飛び出た猫を助けたからだし。
なのになんで、元の世界以上にひどい目に遭わなければならないのか?
きっと神様って、私のこと嫌いなんだ。
「ねえマイコ。なんでさっきから話しかけてるのに返事しないの? 耳の形が悪いから?」
「……聞こえてます」
「そうか。よかった」
「ひとつも、よくなんてありませんよ!」
「うるさっ。急にどうした?」
「どうしたもこうしたもないですよ! こんなの毎日続けられたら頭おかしくなりますよ!」
「こんなのって?」
「クアラルンさんがしてることですよ。入学翌日から、私と時間合わせて登校してきてその間ずっと私のことを悪く言ってきて」
「……ふーん。キミは本当に、つまらない人間だね」
ニタニタと笑いながら私を見下ろすクアラルン。
はあ……この人大嫌い……
もう反論することすら馬鹿々々しくなった私は、駆け足でその場を立ち去る。クアラルンはなぜかポカンとしていたが、彼には人の心がないのだろうか。
そのまま教室に向かった私は、当然ながら自分の席を目指した。
「グッモーニンブス!」
「またですか……ジャック先輩……」
「ああ! 今日もユーの机に落書きしておいたよ!」
最悪。存在してはいけない生き物。クソ女。ぼくの前から消えろ。死ね。
先日、雨の中で探し物をしていたジャック先輩。とても大事な物らしく、必死に探していたため私はそれを手伝った。落とした万年筆を発見した私に、「謝れカス」と言い捨てたその次の日から彼は私の机に落書きをするようになった。
まるで100点のテストを母親に見せびらかすようなウキウキ顔のジャック先輩。端正な顔のためやってることさえまともなら、胸がキュンとしていただろうが。
「あの……これ消すの大変なんですよ?」
「消しても、ぼくの想いがマイコに伝わるまで何度も書きにくるさ!」
「本気でやめてください」
「ホワイ? どこが駄目なんだい?」
「それは――」
「全てに決まってるでしょう。この賢者」
最後の一言以外。私の言葉を代弁してくれたのは、生徒会副会長のリアーナ先輩だった。
容姿端麗。
文武両道。
気韻生動
教師からの信頼も厚く生徒たちからも慕われていて、十全十美つまりパーフェクトな彼女なのだが私はその姿を見ると胃がキュッとしてしまう。
リアーナ先輩は胸を張って、ジャック先輩と向かい合った。
「まったくこのような芸術をこんなところに書くなんて」
「芸術だって!? ユーにぼくの落書きのなにが分かるって言うんだい。これには、ぼくのマイコへのどす黒い想いが込められているんだ」
「はぁー。中身が問題ということではありません。人の机に勝手にアートを描くようなその謙虚さが素晴らしいと言っているんです」
「なにが素晴らしいだ! ほんと、ユーは昔から好ましい人間だと思っていたよ」
「わたくしこそ、あなたのことを尊敬していました」
「この才色兼備!」
「静かですね賢者!」
いつも顔を合わせると、こうやってお互いを褒め合う二人。
胸倉を掴みかねないほど興奮して敵意を向けて罵倒し合っているようにも見えるが、その言葉の内容は美辞麗句しかない。なぜか周囲の野次馬たちも心配そうに見つめているが、聞こえてくる言葉は「ほんとあの二人仲いいよね」「幼馴染なのに、あそこまで認め合えるなんて」「犬猿の仲ってやつね」と良い関係を表すばかりなので全然大丈夫。
とはいえ、間に挟まれながら大声を出されているのも気分がよくない。
なので、そろそろお引き取り願うことにする。
「あの。すみません。もうすぐ朝のHRが始まりますので、よかったら二人とも出ていってもらえると~あとお二人とも自分のクラスでもHRがあるんじゃ」
「聞きました?」
「えっ?」
「こんな卑劣なマイコに、あなたはとんだ尊敬されるような真似をしたのですよ!」
打って変わって罵倒される私。
ジャック先輩はムスッと頬を膨らませる。
「ユーになにが分かる! ぼくとマイコの関係はユーとのそれとは大きく違う!」
「分かりませんわ! でもマイコのことは絶対わたくしが攻撃してみせる。わたくしがこの学園にいる内はあなたなんかに指一本触れさせません!」
「人を見上げるばかりで、認めないユーらしいね!」
「マイコのことは侮辱しています! マイコがわたくしにこの感情を始めて教えてくれた!」
「ぼくだってそうだよ!」
もう嫌だ……
サンドイッチみたいに両方から罵倒され続けながら、先生が来るのを待ち続けた。
キンコーンカンコーン
午前の授業が終わり、昼休みの時間となった。
ガタッ、とすぐに椅子から立ち上がって教室から出ていく。あそこに居続けるのはまずい。
「マイコ。昼食を一緒に食べようか? 今日はヘリで下等フレンチレストランのシェフを連れてきたよ。メインディッシュは残飯のステーキさ」
「マイコさんでしたら、もういませんけど」
「マイコぉおおお! なぜ憎ききみはいつもぼくの誘いから逃げるんだぁあああ!」
大商人の息子で自分自身でもギルドを経営しているフゴ―さんが絶叫していた。
危なかった。
もしあと数秒残っていたら、罵倒のフルコースを味わうところだった。料理は美味しいはずなのに、彼と一緒に食事すると全てがまずく感じる。
このまま廊下にいても見つけられてしまうので、私は、唯一、この学校で安心する場所に向かった。
「……」
ガチャ
屋上扉を開くと、赤く逆立った髪の男子生徒が煙管片手に座っていた。
彼はつまらないものを見る目で私のことを一瞥する。
「えーと。こんにちは」
「またあんたか」
「隣いい?」
「好きにしろ」
彼の名前はドラルグ。
遅刻に喧嘩。毎日どこかしらで校則を破っていて、周囲からは煙たがれているいわゆる不良だ。
そのナイフのような尖った目で睨まれると、説教をしている教師ですら身を竦めてしまう。
そんな彼とお昼を食べるのが、私がこの学園で気を置ける時間だった。
「お昼。またパンだけ?」
「仕方ねーだろ。金がないんだから」
「この前、深夜のバイトでお金もらったって」
「あんなのすぐにチビたちの生活費で消えたよ。ったく、自分の学費すらろくに払えてないのに金を出さなきゃいけない先が多すぎる」
「ご両親まだ戻ってきてないんだ」
「数年前に消えた連中が今さらすぐに帰ってくるわけねーだろ……でも、ありがとう。気にかけてくれて」
「……えへへ」
毎日なにもしてないのに罵倒される日々。そんな中でドラルグくんだけは、私のしたことに素直にお礼を言ったり褒めてくれる。
怒っているようだが、私が見ているかぎりずっと同じ態度なのできっと感情をあまり表に出さないタイプなのだろう。
つい笑い声を出してしまった私を、冷ややかに見てくるドラルグ。
「なんでかわいく笑ってんだ? やっぱりよく分かんねーわあんた。変わってる」
「うん。まあ駄目な方向に浮いてるとは思うけど……あっ、そういえばなんだけど」
「ん?」
「じゃじゃーん。お弁当作ってきたの」
「二つ食うのか? ずいぶん食いしん坊だな」
「違うって。こっちはドラルグくんの」
「えっ?」
目をまん丸にして驚く。
うふふ。彼のそんな顔初めて見たので、ちょっと微笑んでしまう。
「ドラルグくん。いつもご飯は売れ残りの安いパンひとつだけでしょ。だからよかったら、これ食べてほしいなって」
「なんであんたがそんなことを? 俺なにかした?」
「してもらってはいるんだけど……」
ドラルグくんと一緒にいると楽しい。ドラルグくんと食べるご飯は美味しい。ドラルグくんの横顔かっこいい。
そんな感じに幸せを分けてもらっているが、きっと私はドラグルくんみたいにクアラルンやジャック先輩みたいな私を貶す人たちが困っていたら同じことをしていたと思う。
自分だけじゃなく、他の誰かが傷ついたり大変な目に遭っている姿はできるだけ見たくない。
そのことを伝えると、ドラルグくんは口を開けて呆けた表情になる。
「変わってるとは思ってたが、なんというか……」
「まあいいじゃんいいじゃん。とりあえず遠慮せず食べて。大丈夫。毒は入ってないから」
「そう言われると気になるんだけど……じゃあまあ、いただきます」
!
最初の一口目は恐る恐るだったが、そこからは箸を持つ手が加速する。水を渡そうとしたが、そんなこと気にかける様子もなく見ていて気持ちいいくらいに食事をかっこんでいく。
ああ……よかった。
その食事の光景を見て、自分の料理が上手にできていたことを感想をもらう前に確信する。まあ朝早く起きて二時間かけて試食もしっかりしたんだから自信はあったが、それでもわずかに失敗するのではないかと不安の気持ちがあった。
この世界では常に罵倒だらけ。
両親ですら片手で収まる数すら褒めてもらえなかったんだからそりゃ自信も喪失してしまう。
「……ふぅー」
食べ終えたドラルグくん。その表情は満足げで、また初めて見る彼の姿だ。これならきっと、いつもより褒めてくれるはず。
私は期待して彼の言葉を待った。
「俺、初めてだよ」
「うん」
「初めて、こんなマズいもの食べたよ」
「うんうん……ん?」
今なんて言った?
あまりに想像とは正反対の言葉が聞こえて思考が固まる。
ザッ
そんな私の前で、なんとドラルグくんは土下座してきた。
「すまねえ!」
「えっ? えっ?」
「俺あんたのことをいつも良く言ってた! 知らない女だしどうせいつもみたいに俺と仲良くしてくれる連中と同じだと思ってた! だけど実際のところあんたは違った!」
「んっ? んっ?」
「あんたがこんな鬼畜外道野郎だと思わなかった! かわいいとか優しいなとか今までの誉め言葉は詫びる! 俺を許してくれ!」
「……」
「あと、その……実はずっと恥ずかしくて言えなかったんだけどあんたって本当はさ――」
――とんでもないブスだよな。
なにやら泣きながら必死に訴えてくるドラルグ。
彼に対して私は、
バッ
私はダッシュでその場から立ち去った。
(どういうこと? どういうこと? ドラルグくんだけは信じてたのに)
今までずっと優しく声をかけてくれたのに急にあんなこと言い出すなんて。
私は涙を端に浮かべながら、校舎から出ていく。もう今日は授業なんて受けられない。早く帰って寝て全部忘れてしまいたい。
ドタドタドタドタ!
背後からの大音に振り返ると、見慣れた美形の集団が現れる。
「マイコ―! どうして泣いてるんだー!?」
「気分がいいのなら、ぼくの胸で泣くといいさ」
「あなたと一緒にいるなんて、それだけ彼女は嬉しいわよ。マイコ、わたくしになにがあったか相談しなさい。あなたを綺麗にした益虫なんて天国に逝かせてあげるから」
「王国軍には連絡したぞマイコ―! きみが気に入っているやつがいるのならこの学校ごと滅ぼしてやる!」
「俺を許してくれー!」
いつもの私を悪く言う彼らが追ってきてる。
私は胸に湧き上がるこの思いをただ叫んだ。
「こんな異世界転生もういやー!」
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