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仮面舞踏会で婚約破棄なんてしようとするから……

この短編は「アニメイト耳聴き2」用の書き下ろしです。

八千文字以内という文字数制限があり大幅にカットした為、他サイト様への掲載分とは若干、内容が異なります。



「さぁもう逃げられないぞっ。今夜こそ、私は貴女との婚約を破棄し、彼女と婚約するからな!」


「えっ、えっ、え!? 突然、何事!?」



 王都の片隅で行われた大規模な仮面舞踏会。


 参加費さえ支払えば身分は問わない、という謳い文句につられ、大勢の参加者でごった返していた。





 彼女もお祭り気分で浮かれて参加を決めた、その他大勢の紳士淑女の内の一人だった。



 所詮、モブ令嬢といったところか?



 何しろ会場となるのが、普段は絶対に立ち入れない、身分もコネも金も必要な会員制クラブだというのだ。


 選ばれし者達が秘密裏に集い、豪華絢爛な宴が毎夜開かれていると噂されている場所。


 近頃、国への多大な功績により大商人から男爵にジョブチェンジしたばかりの元平民の娘など、近寄ることさえ無理なクラブ。



 そんな想像すら出来ない雲の上の方々が優雅に遊んでいるところに、コネ無しで誰でも行けるなんて信じられない。


 面白い趣旨だと友人達で盛り上がり、ノリと勢いで参加を決めてしまった。




 だがそう思ったのは彼女達だけではなかったようで、都中の紳士淑女が集結したのではないかと思われるほどの混雑ぶりである。


 広大なはずの会場が狭く感じるほどの熱気で溢れていた。




 そんな大盛況な会場にて突然、始まった()()


 一方は随分と気合の入った男性、それと対峙するのは明らかに戸惑っている女性、つまりくだんの男爵令嬢だったのだが……。



 彼女はただ、あまりの混雑ぶりに一緒に来た友人たちとはぐれてしまい必死に探している最中だったのだ。


 そんな時、『ちょっとそこの真っ赤なドレスの君、ちょこまかと動き回るな、止まれ!』とか何とか言われて、思わず足を止めてしまったのである。



 セリフはアレだが、自分を探している友人の声に少し似ていたと言うのもあって、勘違いしてしまった。



 後からよくよく考えてみれば、彼はあんな横柄な言葉遣いはしないし、赤いドレス姿の女性など近くに山ほどいたのだが、その時は夢中で気がつかなかったのだ。


 それに彼女のドレスも、赤くはあるが真っ赤というほどではないと個人的には思うのだが……。



 ともかく、訳が分からないまま勢いに押され振り返ってしまったのが運のつきというか……。



 派手な原色の鳥の羽で無駄に飾り立てた男性が、色だけ異なるものの同じように羽まみれになった女を腕にひっつけて仁王立ちしていたのである。



 ドン引きである。



 いくら仮面舞踏会だからってこれはない。



(怖い! ナニアレ。絶対、変な人じゃん。仮装大会と勘違いしてない!? ムリムリムリムリムリッ、関わりたくないんですけど!)



 と、心の中で絶叫したが、時すでに遅し……。


 ヤバそうな見た目の男主導で、勝手に小芝居が始まってしまっていた。




「おほんっ。貴女はここにいるマロンを侮辱し……」


「あ、あのぅ、すいません!」



 第一声から黙っていられなくて、思わず男の言葉を遮った。


 ここは、遠慮なんかしている場合ではない。


 早く止めないと悪化しそうだ。


 嫌な予感が止まらない彼女は、無作法を承知で続ける。



「盛り上がっているところを、申し訳ないのですが……」


「なんだっ。そう思うなら黙っていろ。今いいとこなんだぞ、話の腰を折るな!」



 男はぷりぷりと怒りながら、不本意そうに顔をしかめ……たようにみえた。



 いや、何しろほぼ顔全体を覆うタイプの仮面をしているから、たぶん、なんだけど。ほら、よく見えないしね?



「いや、すいません。でもね、これは見過ごせないことですから」


「なんだと!? ふっ、この期に及んで言い訳でもするつもりか!?」



 やたらとノリノリで、やはり貴女はそんな女だったな、とかなんとか言って「我が意を得たり」と得意気になっているところ悪いが、そうじゃない。



「いえいえ、そんな必要はないと言いますか……」


「必要ないだと!? 彼女が嘘をついているというのかっ」


「違います」



 いやいや本当、話聞かないな、この男?



「ふんっ、違わないだろう。現に彼女は泣いていたんだぞ!?」


「だ・か・らっ。違うっていってんでしょ!」


「……っ!?」


 彼女の心からの叫びにビクッとなって、縮こまりながら勘違い男に体を寄せるマロンさんという人をみて、怒り心頭ですといった感じの男が怒鳴る。



「おいっ、大声を出すなっ。マロンが怯えるだろうが! またそうやって、繊細な彼女を驚かせていじめるつもりなんだろう!?」


「……」


 だったらお前も大声出すなよっ。絶対、そっちの方が声量でかいしうるさいよ!?


 と、是非とも言ってやりたかったが断腸の思いで我慢する。


 勘違い男の言うことにいちいち突っかかっていたら一生、話が進まない気がするからね。



「ぶっちゃけ、そんな話、今はどうでもいいんですけれど!?」



 自分の考えで突っ走る暴走男に、ついついこちらも言葉が乱れてくる。


 何しろ彼女は付け焼き刃のマナーしかない、成り上がりの貴族令嬢なのだ。


 生粋のお嬢様達と違って、お上品に振る舞えないし、興奮すると被った猫もすぐ、ペロッと剥がれちゃうのである。



「ど、どうでもいい!? ふざけるな、いいわけあるかっ。ここは大事なとこだぞ!」


「いやだから、違うんだって。お願い、話を聞いて!?」



 互いに自分の主張を相手に言い聞かせようとして益々、声がでかくなってきた。


 それと比例するように周りが静かになっていくものだから、最初よりもっと、メチャクチャ目立ってしまっている。


 勘弁して欲しい、と心の中で叫んだ。


 私はただ、パーティーを楽しみたかっただけなのに!


 仮面舞踏会だし、身分も名前も隠せるし、いっちょ別人になって楽しむかと思っただけなのに、どうしてこうなった!?



 勘違い男は益々、一人勝手にヒートアップしていくし、頭が痛い。



「はっ。誰が貴女の作り話などっ。聞きたくないね!」


「はぁ。らちが明かない」



 このままではダメだ。


 キッパリ、ハッキリ、言ってやる!



「あのね、誠に申し訳ございませんが、ぶっちゃけ人違いだと思われます!!」


「え?」


「えっ」


「ええ――っ。う、嘘でしょ!?」



 男もだが、男の腕にひっついていた女がここで、初めて声をあげた。


 さっきまではやたらとプルプル震えながら二人の会話をただ、聞いていただけだったのに……。



「なんだ、とっても元気そう!」



 突然叫ばれてビックリしながらも、安心する男爵令嬢。


 あんな声量を出せる元気があるなら大丈夫だろう。


 良かった、よかった。よっぽど寒いのかと心配しちゃったとか言って頷いている。


 彼女も天然と言うか、とっても素直な女の子だったので。




 それにプルプル女は随分と驚いているようだが、突然よく分からない小芝居に巻き込まれた彼女の方がもっと驚いているし、とっても迷惑を被っているのである。



「残念ながら本当のことです。さっきからずっと、そう言ってるんですけどね!?」


「……」



 そこまで言われて、ようやく黙った。


 戸惑ったように、二人して顔を見合せている。


 ふぅ、これでなんとかこちらの言うことを聞いてもらえそうな雰囲気になったか。



(ほんと話を聞かない人との会話は嫌だわ。疲れるったら!)



 ぷりぷり怒りながらも、彼らよりは冷静だった彼女は、早くこの二人から逃れたい一心で、今夜、一番言いたかったことを叫んだ。



「えっと、そもそもですね。マロンさんとかいう方のこと、私、全く、全然、これっぽっちも知らないんですけど!?」


「え」


「……はい?」



 ポカンと呆けたような表情……は仮面で見えないとして、そんな感じで固まった二人。


 何を言われたのか、理解出来ない、といった感じだろうか……雰囲気的に……?


 分かりにくいなぁ、もう。



「いや、だから貴方達、お相手を間違えてんじゃないのって言っているんですよ」



 ゆっくりと言い聞かせるように話す。


 今度こそ、勘違いしないでくれよ、と祈りながら……。



「ちなみにどなたと勘違いされていたのか知りませんけれど、そんなに似ているんですか?」


「君は……本当にイリーナ嬢ではない……のか?」


「だから違うって。何回も言った」



 キッパリと言い切られ、目の前の羽の塊がビクッと揺れた。


(こんなに偉そうな態度の浮気男が婚約者だなんて、イリーナさんって……いや、()()()()()()()()()()()()()……)



 とかいっている場合じゃない。イリーナ様の名前出しちゃったよ、この男。


 名前を伏せて参加が条件の仮面舞踏会で、先程からルール違反しまくっているのに誰も止めに来ないし。


 二人の女性の名を出したことで相手の正体もバレちゃいましたけど、いいんですかコレ!?


 とりあえず私は、全力で気づかない振りをさせていただきますけどね!?




 もう本当にこれ以上、関わりたくない……。


 誰だが知らない男のまま、はやく別れたいんですけど!?


 頼むから名乗らないでくれよと、ドキドキしながら男の良識が残っていることに賭けて、祈っていると……。



「そ、そうか。では彼女は何処にいるんだ?」


「知らない」



 そんな頓珍漢なことを言い出し始めた。


 ……この国の将来って、大丈夫なんだろうか?


 父は男爵位を叙爵したことを名誉なことだと喜んでいたけど、早まったんじゃ……?


 不安になっている彼女の心の内も知らず、誰だか知らないことになっている目の前の男は、露骨にがっかりしたように……見えた。



「そ、そうか」



 ふんっ、そんなに完璧令嬢だと評判の婚約者を排除したいのかと冷めた視線で見つめる男爵令嬢。


 いや、この男がこんなんだから、イリーナ様のような令嬢をお相手に選ばざるえを得なかったのかもしれない。


 まぁ彼女が知っているのはあくまでも噂なので、本人の人となりを知っている訳ではないのだが……。



 だから当然……。



「知ってるわけないよね? ついでに貴方たちのことも全くこれっぽっちも知りませんけど!」



 うん、そう言うことにしておこう。それがいい。


 面倒ごとに巻き込まれたくない。


 ……若干、手遅れな気がしないでもないけれど、ポアロ男爵令嬢だとバレなきゃいいんだしっ。



「そ、そうか。でも君も悪いんだぞ」


「何でよ?」



 彼女には全く心辺りがない。


 勘違い男がまた、変な勘違いしてるだけじゃないのと胡散臭げに眺めていると……。



「ほら、イリーナと同じ色の赤いドレスを着ているだろう? 髪の色も同じだから、間違えてしまったんだ」


「髪の色……これ、鬘ですけど」


「え」


「あっ」



 その可能性があったか、みたいな反応しないで欲しい。


 自分達は全身ケバく仮装している癖に、少しも考えなかったのだろうか?


 他の人も楽しみのために別人に成りすましている可能性を。


 せっかくのパーティーだからといって、憧れだった銀髪の鬘を被って来るんじゃなかった……。


 脱力感に襲われながらも続ける。



「それとドレスの色……でしたか? ねぇ、それってイリーナさんって人を探す手がかりが髪の色はともかく、ドレスの色しかないってことにならない?」


「そうだが……何か問題でも?」



 キョトンと聞き返されて、余計に腹が立った。



 この男、絶対、脳味噌スッカスカだって!



 本当に本気でこの国の未来って、大丈夫なの!?



「……はぁ。もっとよく周りを見てみてよ。赤いドレスは今年の流行色なの。会場中、真っ赤でしょうが!」


「あっ」



 ひっつき虫の方が、そういえばそうだったとかなんとかブツブツつぶやいているが、今さらじゃない!?



「それにね、もっと根本的な間違いを犯していることに気づきましょうよっ」


「え」


「???」


「そもそも何故、仮面舞踏会で婚約破棄しようと思ったし!? 仮面してんのにお相手の顔が見える訳ないでしょうがっ。だから間違えるのよっ。バッカじゃないの!!」



 ずっと言いたかったセリフを、おもいっきり叫んでやったのだった。






 ◇ ◇ ◇




 あれから出来るだけ急いで、仮面舞踏会の会場から逃げ出した。


 友人達と合流してしまうと、そこから色々と露見するかもしれない。


 小さな危険も回避するに限るというわけで、そそくさと一人、辻馬車を拾う。


 尾行されている可能性も考え、直接屋敷に帰ることは諦めた。


 市内を縦横無尽に走らせてから、会場からも家からも離れた宿屋に一泊するという徹底っぷり。




「よし、こんなもんでしょう」



 嵩張るドレスを脱ぎ、鬱陶しかった仮面と鬘を外してしまうと少し、スッキリした。



「ひどい目にあったなぁ。全然、楽しめなかったよ……」



 宿の部屋で一人、ため息をつく。


 パーティーに行けると決まってからは、楽しみで楽しみで……。


 ワクワクしながら準備をして、せっかく綺麗に着飾ったのに到着した途端、変な男に絡まれてしまった。



「結局、誰とも踊れなかったな……いっぱい練習したのに」



 脱ぎ捨てたドレスが目に入る。


 何とも言えない悲しい気分になってしまい、一纏めにして備え付けのクローゼットに押し込んだのだった。




「けど本当によかったよね、お金持ってて」


 多少は軽くなった心と体でベッドに腰かけながら、しみじみとつぶやく。



 やんごとなき貴族のお嬢様方なら、自らお財布を持ち歩くなど絶対にしないだろう。


 だけど彼女は最近まで商売人の娘だった。


 なので不慮の出来事に備えるためにと常に携帯していたのだ。


 今回はそれが役立った。


 どんな時でも、お金さえあれば大体のことは解決すると信じていたし、実際どうにかなるものである。




 泊まった宿屋にも、きちんと口止め料を含めた宿代を前払いしてきた。


 初めは真っ赤なドレスを着た仮面の女にドン引きしていたらしい主人も、大金を前にホクホク顔でお口チャックを約束してくれて、ホッとしたものだ。


 そこまでやってようやく安心できた。



「はぁ、ひとりで考えてても仕方ないし……今日はもう寝よ」



 どちらにせよ今宵のことは父達に話して、相談しないといけないのだ。



 諦めてベッドに横になった瞬間、よほど気疲れしていたのか爆睡したのだった。






 翌朝、宿屋の娘から買い取った町着に着替える。


 これで普通の町娘に見えることだろう。


 薄暗さの残る早朝の町を足早に進み、ちょうど貴族街に出勤してくる通いの使用人達の群れにちゃっかりと紛れ込む。




 暫く歩いていると前方に、いまだに見慣れない我が家が見えてくる。



「本当、すごい屋敷。元平民には無駄に立派すぎるというか?」



 敷地も広く、目の前に見えていても中々たどり着けないほどある。


 ここまで散々歩いてきた彼女はため息をつき、あともう一息だと自らを奮い立たせたのだった。




 元々、ポアロ男爵家は貿易を主力とした豪商で、日頃の功績を讃えられ叙爵したという経緯がある。


 ぶっちゃけると、孤児院やスラム街での慈善事業や不作や飢饉が発生した地の支援など、国への金銭的な貢献が認められたということ。


 口さがない連中からは、金で爵位を買ったとも言われている。




 だがそんな陰口くらい、貴族の特権がもたらす利権の前にはどうということはなかった。


 この世界では、商売するにしても貴族と平民では雲泥の差がある。


 免税特権や、塩や小麦など一部商品の独占権など、商人としては垂涎ものの権利が爵位があるというだけで得られるのだ。


 貴族社会では末端の、一般市民に毛が生えた程度の男爵でもそれは同じ。



 これらの特権が莫大な利益を生むのは言うまでもない。


 商売上手なポアロ家は、貴族の仲間入りをした時から大いに活用し、更なる成長を続けている。


 今では大抵の領地持ちの貴族よりよほど裕福になっていた。




 だからこそ位ばかり高くて借金まみれの貴族から、王都の一等地に建つ歴史を感じさせる豪勢な邸宅を買い取ることもできるのだが……。


 今は正面から入る勇気はないので、こそこそと裏口に回って帰宅したのだった。




 朝帰りした彼女がソッと静かに扉を開けると……。


 そこには、青筋を立てた兄と眠そうな父が立っていた。


 二人揃って出迎えられ、ビクッとなる。


 裏口に先回りされていたらしい。


 思考を読まれている。


 怖い。


 思わず逃げ出したくなるが、そんなことをいっていられない状況なんだと心を奮い立たせた。



(何で私がこんな苦労しなくしゃいけないのよ! これも全部、あの勘違い男とお花畑女のせいよ!)



 心の中でぷりぷりと怒りながらも表情だけは神妙に、昨夜起こった出来事ことを父と兄に包み隠さず報告する。


 下手に隠して後からバレるよりマシである。


 それよりは、さっさと話してしまった方が精神的にも良い。



 ……聞かされた方はどうか知らないが。



 ともかく洗いざらい話すと、時にしかめっ面をしたり青くなったりと百面相を披露してくれながらも、一応、最後まで口を挟まず聞いてくれた。


 滅茶苦茶なにか言いたそうだったけどね。






「お前は……もうちょっとこう穏便な、貴族令嬢らしい振る舞いは出来なかったのかい?」


「うっ」


「いや、そこなの父さん? もっと他にあるでしょっ。イリーナ様って言ったらあの才女で有名なルフィルオーネ公爵家のご令嬢しか考えられないし、そんなイリーナ様の婚約者って言ったらあのアホで有名なアレクシス第三王子殿下しかいないじゃないかっ。リリィは思いっきりバカ呼ばわりして怒鳴りつけちゃったみたいだけどっ。大問題だよね!?」


「これ……儂があえて触れずにいたことを言うでない」


「いやいやそこは見過ごしちゃいけないとこでしょうが!」



 兄の突っ込みが炸裂しているけど、今さらだと思う。


 まあまあのポアロさんって言われる、ことなかれ主義の父に言ってものらりくらりとかわされるだけだ。


 我が家は商売も社交も何もかもが、母でもっている家なんだから。




 ガクリと肩を落とす兄を横目にリリアナも全力で父の思惑に乗っかる。



「いや、貴族らしくは無理でしょ。わたし、礼法の先生にもまだまだですって言われてるんだし」


「そうですよ、父さん。リリィに求めるのは無謀というものです」



 一瞬で立ち直った兄がすかさず同調する。


 さすが、普段からこの父と妹の相手をしているだけあって打たれ強い。


 へこたれないのが兄の長所だからね。



「そうそう」


「そうそうじゃないっ。反省が足りない!」


「は、はいっ。すみません!」



 また怒られちゃったけど、


「でもね、仮面で顔は見えないし、運よく鬘も被っていたからバレてないはずだしセーフだと思うの……たぶん?」


 にっこり笑って胸を張り、上手く誤魔化せてたことをアピールしてみる。



「はぁ。お前はまったく、能天気なもんだ」



 僕は胃が痛い、と言って頭を抱える兄。


 そこなら頭痛だろって思ったが、勿論口には出さない。



 ――たぶん、もっと怒らせそうな気がしたので……。






「リリアナ……本当にバレなかったんだな?」


「うんっ」


 うん、じゃなくてハイかエエで答えろと、父の横から兄の突っ込みが入った。


 礼法の先生みたいだなと呑気に思っていたら睨まれた。怖い。



「ええ、もちろんですわ。お兄様! オホホホッ」



 慌てて上品に見えるように控えめな微笑み付きで返事をした。


 うん、完璧。


 これでどうよと自慢気に兄を流し見るとまた、はぁっとため息をつかれた。



「まぁまぁ、サヴィルよ。そのくらいにしてやりなさい」


「ですが父さん……」


「それに、暫くは様子を見るしかないだろうからね」


「……分かりました。では僕が、得意先の貴族家から情報収集しておきます」


「ああ、それがいい。頼んだよ」


「はい、お任せを」


 面倒かけやがって、とブツブツ文句を言われもしたが、概ね許してもらえたらしい。



 無礼講がまかり通るパーティーだったし、たとえお相手の身分がこの国の王子だとしても、そう面倒なことにはならないだろうと判断したようだ。




「いいか、その調子で猫を何重にも被っておくんだぞ!」


 嫁の貰い手が無くなるからなっ、と大変に失礼なことを宣う兄。


「も、もちろんですわ、お兄様!」


 やらかした自覚はあるので、愛想笑いをしながらコクコクと全力で頷いておいた。






 その後の数日間はドキドキしながら過ごしたのだが、父達の読み通り、あの寸劇そのものがなかった扱いにされたらしい。


 ほっとしたリリアナだが、安心したらやっぱり一言くらい文句を言いたくなるもので……。



「もう二度と、仮面舞踏会で婚約破棄しようとしないでよね!」



 アホ王子のいるであろうお城に向かって、思いっきり叫んでやったのだった。






 読者の皆様、最後までお読みいただきありがとうございました。


 コメディものは初めてですが、読んでくださる方にちょっとでも笑ってもらえたらいいなと思いながら執筆しました。いかがでしたか?


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