一勝
「ありがとうございました!」
「……ありがとう、ございました」
ネットの下から手を差し出す。
「ありがとうございました……」
「あざっした。お前ら、強かった」
きっと責任を感じているんだろう。筑波さんは涙目だった。
対して今井さんは、すっきりとした表情だ。
「ほら、俺らよりあいつらのが上手かったってだけだ。俺も、お前も、色々足りなかった。それにまだ俺たちは、桃文珠は負けてねえだろ。しっかり応援すんぞ」
並んで歩く筑波さんの背中をバシバシ叩きながらコートを去る今井さん。
自分の一敗はチームの一敗。自分の一勝はチームの一勝。それだけに、団体戦の一試合は個人戦とはまた違った重さがある。
「君達ぃー!よく、よく戦ってくれた。素晴らしかった!」
「ざあ、今も頑張っでいる仲間だぢをいっじょに応援しよう!」
ベンチで迎えるのは涙と鼻水でズルズルの、突っ込みどころ満載な二人組。
君達、あんなに「スーパー実力者集団」だとか自分たちで言っておいて試合に出ないんだ?!とさっきオーダーを見てみんなでずっこけたのは記憶に新しい。
「先輩方!お疲れ様ですー!」
「二人ともお疲れ!ナイスゲーム!そんじゃ、次は俺の出番だな」
ベンチで迎えてくれたのは、小躍りしそうな青葉君と足を曲げ伸ばしする松下君。
「羽代と小夜川も上り調子だし、このまま流れに乗るぜ!」
次は軽くジャンプしながら、楽しみでたまらないといった表情でコートを見る。さすが、踏んできた場数がちがうや。
「あ、二人も青葉も暑いからしっかり水分取りながら見てろよー!」
思い出したようにこちらを振り返った松下君。たしかにその通り、ぼくらが試合をしてる間にも気温はどんどん上昇している。このままだと日が高くなる昼過ぎの試合とか、中断して換気するか空調入れるかしそう。自分では調子がいいと思ってるけど、間違いなく疲労は溜まりやすくなるから注意しないと。いつもの水分補給ペースでは間違いなく足りないや。
これ、人数が少ない晴風には余計厳しい環境での試合になるな。
「おっ!羽代たちもノリノリだ!ひなたー!幹人の試合始まるまではちょっと遠いけどこっからしっかり応援しよーね!」
確かに隣のコートからは歓声が聞こえる。どうやら二人が三連続得点を決めたようだ。誰しもその日の一試合目だと最初から百パーセントを発揮するのって難しいと思うんだけど、羽代君はいついかなる時でも最初っから百パーセントを発揮しているからすごい。小夜川君も、それに引っ張られて予定外のダブルスだけどきちんと力を発揮できているみたい。よしよし。ここまでは理想的。
「それでは、第一シングルスの代表者はコートに入ってください」
「おっ!呼ばれたからいってくるわ!」
そしてここで登場するのは、我等がエース松下幹人。彼が後ろに控えているということでどれだけ安心できるか、それは一番一緒に居たぼくらだからよくわかる。本人はそんな自分の凄さに全く自覚がないようだけど。
「……応援、してる」
「決めてきちゃってよね、幹人!」
「幹人先輩!いってらっしゃい!!」
「おうっ!任せとけ」
ぼくらの声を背中に受けてまっすぐコートに進んでいく背中は、身長以上に凄く大きく見えた。
「やっぱ暑いから、タオルと氷追加持ってきますね!」
「お、気をつけて!ありがとーね!」
松下君送り出して直ぐに立ち上がった青葉君がパタパタと走って行くのを見送って、騒がしかったベンチに残ったのは二人だけ。
「相手は一年生。この局面で相手は幹人なんだもん、相当プレッシャーだろうね」
「……そうだね。どうしたって三試合目以降は自分の負けがそのままチームの勝敗に関わることが増えてくるから……。自分が負けてもチームが勝つこともあれば、その逆も勿論ある。負けても勝っても、誰か一人のせいでも誰か一人のおかげでもない。それがチームとしての「実力」だって。ぼくは中学生の時先生にそう教わった。反省はしても、絶対自分を責めるなって」
「確かになー。俺も仮に小夜川や羽代が負けたって、ひなたが負けたって、真剣にやった結果なら絶対責めない。それにもし自分が負けたとしても皆は絶対俺を責めないなって思う。幹人は……負けてるイメージあんまりわかないから俺が励まされるパターンしか想像できないけど……」
「でも……頭ではそう理解していても、自分の試合でチームの負けが決まるって経験をすると、どうしても自分を責めてしまう人が多い……」
「うちのチームだと、第一シングルスに出ることが多くなる小夜川と、第二、第三どっちかのシングルス出てもらうことが多くなる羽代にはどうしても俺ら以上に重圧を背負わせることになるよね。自分たちだけじゃなく先輩たちの夏を終わらせてしまうって」
天野君の言う通り、最初に試合をすることになる第一ダブルスに配置されることがほとんどのぼくらとは、同じ団体戦の一試合とはいえ心持ちがきっと違う。ぼくらは負けたとしても、そこで決着は絶対につかないから。
「頭ではわかってるけどさ、そういう上の代がいるからこそのプレッシャーって俺たちは体験したことないじゃん?去年は俺もひなたも、団体戦メンバーじゃなかったし。唯一体験してる幹人は、なんていうかこう、んー……心身ともにストロングだし……?南先輩は、コートに立つのは俺たちなんだから、変に自分のことは気にしたりせずバドミントンに集中してほしい、皆が納得できる試合をしてきて欲しい。それを全力でサポートするのが今やりたいことだから。って言ってくれたじゃん?しかもずっと三月まで四人でやってきたからさ、こう、先輩っていうよりもっと近いっていうか変に気を遣わなくていいっていうかさ。俺らが一年生たちにとってそこまでの存在になれてるかは自信ないし。あー……ごちゃごちゃしちゃったけど何か人間関係難しいなって、最近思うわけ」
「……このメンバーでの夏はこれが最初で最後。頑張りたい気持ちはみんな一緒。だけど……南先輩が言ってたように、それを過度に背負いすぎちゃきっとダメ。勝っても負けても、全員が今後もバドミントンを好きでいられることが一番……なんだと思う」
「そう……そうなんだけどさあ……。わかってても勝ちたいし一番取りたいから難しいんだよ~。結局俺らにできるのは、全力で第一ダブルス取ってその後に続く皆を少しでも楽にすることだけだよな」
「……そうだね。今できるのは一つでも勝ちを取ること。出番は少ないからこそ僕らが確実な一勝をとり続けたい。……松下君に頼り切りにならないように」
頭を抱える天野君。の後ろから茶色いフワフワが見えた。やけにはねている二本のピョコピョコが数度揺れた後、ひょっこり顔を出したのは青葉君。右肩にはパンパンのバッグ。左肩にはクーラーボックス。あっちにヨロヨロこっちにヨロヨロしてるから頭のピョコピョコもヒョコヒョコしてたのか。……自分で何言ってるかわからなくなってきた。暑さでやられてるのかな……?
「のぉ!?青葉?!」
「ひょ!?すみません!意外と荷物多くて時間かかっちゃいました!」
「全然遅くないから大丈夫。重いのにありがとねー!あっ!ちょうど始まる」
ぼくらが話している間にも挨拶とじゃんけんが終わったみたいで、既に審判へ挨拶をしている。お、松下君はレシーブからスタートみたい。相手の子は、公式練習を見る限り一年生の中では一番上手だった。ピンと伸びた背筋と引き結ばれた口。そしてつり上がった凛々しい眉毛からも、気合の入りようが伺える。
「よーし、そんじゃ今度はさっきしてもらった分全力で応援しちゃお!せーの!」
『ファイト―!』
コートに立つ姿がこれほど頼もしい人をぼくは他に知らない。うちのエースは強いぞって、胸を張ってそう言える。けれどこれは団体戦。ぼくらも松下君の隣に胸を張って並べるような、後輩に先輩達がいれば大丈夫って思ってもらえるような、そんな試合がしたい。そう改めて気合いを入れ直した。




