一回戦 第一ダブルス その3
既に今井さんは、随分前でサーブを待ち構えている。普通に考えたら、あれだけ前に出てるとロングサーブ打たれた時点で追いつけなくなる。だけど今井さんは後ろに下がるスピードも速くて、何回かロングサーブを打ってみたけど簡単に追いつかれるからそこまで効果的だとは思えなかった。本当に単純な動きの速さなら、羽代君や松下君よりも上。完全にフィジカル特化のスピード型だ。
でも今、ぼくの後ろには天野君がいる。仮に今井さんの返球がネットを超え、それを取り損ねたとしても絶対大丈夫。きっと返してくれる。
ぽっ!
シャトルが手を離れた瞬間、ラケットを立てて前進する。
そっと押し出すように打ったサーブは、今日一番。ショートサービスラインの真上かそれともアウトか?ぼくにも判断がつかないくらいギリギリの軌道だ。でも相手はこのラリーを落とせば一ゲーム目を失うことになるから、明らかなアウトじゃない限り見送ることはできない。それにぼくらは、途中から今井さんに対してあまりロングサーブを使わなくなっていた。だから、尚更ゲームポイントのこの場面で打ってくるとは相手も思っていないはず。
狙い通りサーブの軌道とぼくの動きを見て迷ってくれたのか、明らかに最初の一歩が今までより遅い。
それでも足を前に出した今井さんが、ラケットを引きながら視線を動かした。その先……コート奥ストレート側には天野君がもう蓋をしている。
さらに、ぼくが今までになく前に詰めていて本人の反応も遅れ気味とくれば、ここで前に落とす余裕は彼にないはず
と、なれば唯一空けているクロス側に得意なドライブで返したくなる……よね?
でも出遅れている今それをしようとしたら、どうなるか。
踏み出した足に振り始めたラケット。どちらももう戻すことはできない。ならば、手首だけで無理やり軌道を変えるしかないのだ。
それも、既にネットよりも低い位置にあるシャトルをである。天野君みたいに手首が柔らかかったりするとそれでもある程度コントロールできちゃうんだけど、大抵の人には無理。
「っく!」
顔をゆがめた今井さんが放った球は、ボスンとネットに当たって落ちた。
「ファーストゲーム、ワンバイ晴風高校。15―8」
よし。よかったぁー。正直あの勢いの球がもし顔に当たったらどうしようって凄く怖かった!
「いよっし!ナイスひなたー!」
「近い……。髪グシャグシャしないで」
体育館の気温はどんどん上がる一方で、まだ一回戦の一ゲーム目なのにかなり汗が出ている。なのに相方の天野君は涼しい顔してハイテンション。ぼく的には信じられない。
「先輩方―!ナイスゲームです!」
ベンチから飛び出す勢いの青葉君に迎えられ、簡易ゲームだからいつもより短い六十秒のインターバルがスタート。二ゲーム目はコートチェンジするから、汗を拭きつつ一通りの荷物を持って反対のベンチへ移動する。
「ナイス!立ち上がりは完璧ですね」
ちょうど荷物を置いたところで、小走りでこちらに向かってきた広木コーチがいつも通り穏やかな表情で声を掛けてくれた。心なしかいつもよりちょっとボリュームが大きい気がするから、一見わからないだけでコーチもテンションが上がっているのかも。
「特に最後の一点。相手に流れが向かいかけていたところを良い形で抑えきりましたね。このまま相手の今井君を自由にさせないようにいきましょう。確かに彼の球は球威がありますが、君たちはこの一年と少しの間一番松下君の球を受けてきたんだから必要以上に怖がることはありません。松下君以上にスイングスピードやフットワークのスピードがあるから、より球が走って見えているんでしょう。落ち着いていけば、先程のように十分対処できます。もう一人、一年生の彼については高校に上がって初めての大会、そして広い会場という状況にまだ順応しきれていないように見えます。全てそつなくこなしてくる子ではありそうですが、今井君さえ押さえてしまえば一人で試合を変えるようなことはできません。落ち着いて行きましょう」
『はい!』
コーチからのアドバイスをしっかり頭の中で反芻する。うん、ぼくの感じていたこと、やっていたことは間違って無かったみたいだ。
「コーチ、羽代達はどうですか?俺たちも、最初の何点かは得点板見てたんですけど……」
「ああ、小夜川君が立ち上がり少し硬いかな?と思っていたんですが、羽代君が上手い事流れを掴んでくれました。先程インターバル空けて10-7。リードしています」
天野君の言う通り、流石に途中からは隣のコートを見る余裕はなかったからコーチから状況を聞いて安心した。いい流れがきてる。
「ただ、現時点でもかなりの暑さ。脱水や熱中症を防ぐためにもしっかり水分を取ってください。それから、氷嚢もしっかり使ってくださいね。次のインターバルの時に、こちらが追う展開だったり競っているようならまた作戦を伝えに来ます。問題ないようなら声はかけないのでそのまま走りきってください」
『はい!』
また駆け足で隣のコートに戻っていくコーチを見送ると同時に、インターバル終了が告げられた。
「よっし、次もやっちゃお!」
何度か軽く飛んでから動き出した天野君の背中を追いかけて、コートに入る。一ゲーム目最後の展開を踏まえて、サーブはぼくとインターバル中に決めていた。レシーバーは……変わらず今井さんだ。ぼくのやることは、いけるときはちゃんと怖がらず前に出て攻めの姿勢を見せること。勿論バドミントンのルール上、相手のコートに自分の体やラケットがはみ出すオーバーネットはできないから、限度があるけどね。
『一本!』
「よーし!」
もう一回、ショートサーブで攻める。ネットの向こうの今井さんは、少しさっきまでに比べて表情が暗い気がする。構える位置も、ほんの少しだけさっきより後ろだ。
一ゲーム目に筑波さんを下げることに意識を向けすぎたことは反省しつつ、でも今まで得た情報はちゃんと生かしていく。一辺倒になりさえしなければ、見つけた弱点はちゃんと使えるはずだから。
ぼくの手を離れたシャトルは、コートサイドギリギリに向かって飛んでいく。ぼくは入ったって確信してたけど、今井さんはアウトと判断したんだろう。そのままシャトルを見送った。
床にコルクが当たると同時に、線審を振り返る今井さん。ぼくから見ると入ってるように見えたけど、どっちだ……?
ジャッジは……イン!
「っし!花ちゃん先輩ナイッサー!」
「いいぞ花ーー!」
青葉君の声に続いて松下君の声まで飛んでくる。いつの間にかこちらに来ていたみたい。全然気づかなかった。隣の天野君は、グッドサインで応えている。
「良い感じー。このままガンガン点取っちゃってよ、ひなた!」
差し出された拳にぼくも拳を合わせて頷く。相変わらず周囲は桃文珠学園の応援が七割野次馬が三割ってところだけど、集中して試合に入ることができているからか。そんなアウェイな環境も気にならなくなってきた。良い感覚だ。
そこからはトントン拍子。試合の主導権は完全にぼくらが握って、終始一方的な展開で第二ゲームは進んでいった。七点のインターバルでもコーチは羽代君達のベンチからこちらを見て頷いただけだったから、このままでいいってことだろう。
二ゲーム目に入って少し余裕が出てきたから、たまに隣コートの得点板を確認していた。でも最後に見たときでも、まだ二ゲーム目序盤。一ゲーム目ほど拮抗していないものの、油断出来ない点差。できれば三ゲーム目に持ち込まずここで決めきりたい。がんばれ。そう心の中で思わず唱える。
隣がそんな状況となると、このままいけば現在スコアが13-5のぼくらの試合が先に終わって、空いたコートに第一シングルスの松下君が入ることになりそう。
「ラスト!落ち着いていこ」
「……オッケー」
サーバーは天野君。レシーバーは筑波さん。このゲーム最初の見逃し失点がダメ押しになったのか、相手は二人とも完全に集中が切れている。一ゲーム目と比べて、闘志を感じなくなった。
ぼくらと同じで、桃文珠も選手は一、二年生しかいない。創部したばかりだからチームとしてこういう不利な状況を乗り越えてきた経験も、きっとない。
追い詰められて点差もある状況でモチベーションを保ち続けることも、全力を出し続けることも、案外難しいこと。それがよくわかるから複雑だけど、このまま勝たせてもらう。
天野君が放ったのはロングサーブ。後ろに下がった筑波さんがドロップで落としてくるけど、すこし浮いてる。ネットを越えたところで、すかさず天野君がプッシュで叩き込んだ。
「14マッチポイント5」
一ゲーム目のロングラリー……今井さんのハイバックで点を取られた時は、正直焦った。けれど、それ以降長いラリーは全部こっちが取っている。お互い粘りに粘った一本を取るか取られるかは、士気に大きく関わってくるから馬鹿にできない。本当に、あの時勢いを止めることができてよかった。
「……ナイス、天野君」
「次もまかせといてよ!そんじゃいくよ!一本!」
『よし!』
レシーバーは今井さん。天野君が選んだのは……ショートサーブ。良いコースだったのに、すかさず前に出てきた今井さんが渾身のドライブ。でもね、もう怖くない。
流石に二ゲームも戦えば目も慣れる。ちゃんと追いつけば、多少難しい体勢でもぼくなら飛ばせる。
そう自信を持って、ストレートに打たれたシャトルを追いかける。コートのサイドラインギリギリ、前衛の今井さんと後衛の筑波さんどちらが取るか迷いそうなあたりを狙い、低めの軌道でストレートに返す。
「じ、自分が取ります!」
一瞬の逡巡の後そう叫んだ筑波さんが、落下点に走る。ラケットを引いて、思い切り打ち上げたシャトルは……コート奥に向かう。コースは……サイドではなく中央。返球は右にも左にも、そのままストレートにも、どこへだって振れる。
ぼくが選んだのは、コート中央へのスマッシュ。
バコン!
重い音を立てて飛んでいったシャトルを……相手は二人とも取りに向かっている!
ガキンッ!
ラケット同士がぶつかる音。審判は止めていないからダブルタッチではないみたいで、ラリーは続行。どちらが返したのかわからないシャトルは、高く飛び上がる。
「任せた!ひなた!!」
響く天野君の声。でも、コート奥のライン近くに居るぼくから見てもこれは……。
「……アウト!」
コン!
シャトルが落ちた。線審がジャッジするわけでもなく、明らかにラインを越えた場所に転がっている。
「ゲーム。マッチワンバイ晴風高校。15-8、15-5」
よし。
「いよっしゃぁ!ナイスジャッジひなた!!」
また天野君にもみくちゃにされつつ、まず一勝できたことに胸をなで下ろした。
祝! 晴風まずは一勝!




