公式練習
「それでは、始めてください」
ぼくと天野君、松下君と羽代君、小夜川君と青葉君でひとまず基礎打ち。一コートに六人だと少し手狭だけど、時間は有限。少しでも全員がシャトルに触れる時間を長くしたい。いつも通りドライブからだけど、慣れない場所にいるというだけでとっさの時の距離感把握や返球のテンポがちょっと遅くなってる気がする。テンポの速いラリーが多くなるダブルスに出るからこそ、今のうちに慣れておかなきゃ。その日の気温や湿度によって、同じように打っていてもシャトルの飛び方が変わる。今日は暑いし、最近使ってたやつと違う種類のシャトルが試合球になるかもな。頭の隅でそんなことを意識しながら捉えたシャトルは、まだネットより少し浮いて飛んでいく。もう少し、思い切って良さそう。
天野君は、心なしかいつもより楽しそう。動きも軽やかでいい感じ。ドライブも綺麗なネットスレスレを連発していて、一度も引っ掛けていない。
「よし、次クリアしよ!」
ネット越しに笑った天野君にオッケーを返して、飛んできたシャトルを思い切り打ち上げる。わ!これでも天井まで全然余裕がある。いつも練習してる第二体育館だと、こんな思い切り上げた日には天井に直撃するか梁ににシャトルが乗っかってしまうかの二択なのに。思い返せば何度松下君が新品のシャトルを天井に上げてしまったかわからない。そのまま落ちていくシャトルの行方を確認すれば、ちゃんとコートには入っていそう。さっきのドライブで大分横の距離感はつかめたかも。見回すと他の皆も、そこまで固くなることやミスをすることもなくこなしている。色々なところに練習試合行かせてもらって、普段と違う場所で動くことに対しては前までと比べたら皆慣れてきたんだと思う。
落下点に入った天野君は、少し眩しそうに目を細めた後ラケットを振り抜いた。
乾いた音と共に、山なりの軌道で飛んでくるシャトル。追いかけて上を見上げると、尚更天井の高さがわかる。小学生の頃はこれに慣れなくて大会の度に散々空振ってたな。流石に今は、めったにそんなことは無くなったけど。でも今の天野君みたいに落ちてくるシャトルが照明と被ると物凄く見にくいから要注意。そうなると自分の感覚を信じて振り抜くしかない。今は幸い証明と被ってないから距離感はまだつかみ切れていないけどちゃんと見えてる。何度繰り返したかわからない、体に染みついた動きでシャトルを捉えれば、よし、いい音。広い会場だといつもよりシャトルを打つ音も靴が床に擦れる音も大きく感じて、ちょっと楽しくなる。
そこからドリブンとハイを織り交ぜ何往復かする頃には、すっかりいつもの調子でラケットを振れるようになっていた。よし、これで縦の距離感も大丈夫そう。
「ドロップとスマッシュ一回ずつやったら最後プッシュ何回かやろっか」
天野君の声にこたえるように、落下点で待ち構えていたシャトルをそのままドロップで返す。悪くない感覚だ。ほぼ狙い通り飛んでいったシャトルは、ショートサービスラインに向かう。
「お、今日も朝からバッチリだねー。さっすがひなた!」
スッと一歩踏み出して、天野君は軽く撫でるようにラケットを差し出す。柔らかい音。
ネットを越えてサービスライン際に落ちていく球をロブで打ち上げ、今度はぼくがドロップを受ける。軽く飛んで放たれたドロップは僕より打点が高くなるから、角度がつく。だから自分が思うより半歩さらに前に出ないと、取り逃しちゃう。いつもより大きめの一歩を踏み出して。無事ラケットに当てる。
軽く飛んであの高さだもん、天野君のバネは凄い武器だな。今までずっとペアを組んでいたのに、最近まで全く気付かなかった。本人曰く、思ったより飛びすぎちゃってタイミングが掴めないことが多かったから向いてないんだと思って使ってこなかった。らしいけど、ジャンプショットが間違いなく天野君の戦術の幅を広げたと思う。練習するきっかけは合宿中松下君が何の気なしにはなった一言だったらしいから、ほんと松下君様様だ。
また天野君が上げてくれたシャトルを、今度はスマッシュで打ち返す。うん、最近トレーニングを増やしたのもあって、流石に小夜川君には負けるけど良い感じだ。少しでも自分の実力を底上げしたいって練習したかいがある。
次は天野君の番。多分あれを打ちたいんだろうかな。だから返って来たシャトルを思いっきり打ち上げる。
「ナイスひなた!」
キラッキラの笑みと共に沈み込んだ天野君は、飛んだ。松下君もバネはある方だし、羽代君もジャンプスマッシュは打てる。でも、晴風で一番高いのは彼だ。
シュパ!
音と同時じゃないかって思うくらいのタイミングで、ぼくの足元にシャトルが落ちた。
「うっわ、今見た?あそこのコートの奴スゲー飛んだぞ!」
「マジ?見逃したわ」
「え、なになに?どこの高校?」
「んーとあそこは……って松下幹人いるじゃん!じゃああそこか、えーと……晴風!」
あちこちから、ざわめきが聞こえる。ギャラリーの目を引くプレイという意味では、それぞれ違ったタイプだけど松下君と天野君がうちの二強だろうな。
ドガン!
「うっわ、端のあいつ今何打った?すげえ音したぞ」
「結構身長高えな。見たことないけど一年か?」
小夜川君は特別枠。
「うんうん、悪くない。ひなたもめっちゃ今日スマッシュ重いじゃん!俺ら絶好調って感じじゃない?そんじゃ、あと一分だしプッシュもやっちゃお!」
「……うん。この後試合まで間空くから、もし時間あればちょっとだけヘアピンもやりたい」
「りょーうかい!」
まずぼくから。少しだけ角度をつけて、床に向かってシャトルを押し出すようにラケットを動かす。天野君が大きな動きをするからこそ、ぼくは極力ミスなく確実に、だけど相手にチャンスを与えないように。それをどんなショットの時でも意識し続けてきたからか、あまり得意ではないと思っていたネット前での返球も、いつしかアウトになる事やネットにかかることが少なくなっていった。ぼくにこれといった大きな武器はないけれど、しいて言うならば「ミスしない事」がそれなのかもな。
さっき天野君が放ったジャンプスマッシュをきっかけに、色々な人から視線を向けられているのを感じる。後退して天野君のプッシュを受けながら、今までにない注目を感じていた。
そのあと残り十数秒でヘアピンをして、余すことなく五分を使い切った。
「練習をやめてコートの外に出てください。羽が散っている場合は片づけていってください」
第一ダブルスに入ることが多くなるであろうぼくらは、トップバッターで試合に臨むことも必然的に多くなる。ぼくと天野君が五分間集中して練習できるようにって、三人と出場の可能性が低い青葉君はあれこれペアを組みかえながらやってくれていた。一通りの基礎打ちは青葉君も出来るようになってるんだけど。どうしてもまだ小夜川君のスマッシュとかは返せないことが多いから。
それでも、ヒッティングパートナーとして役割をこなせるようにってこの短時間で百パーセント以上の頑張りを見せてくれた。それこそ、相手によっては青葉君がシングルスに出ても良い勝負してくれるんじゃないかって思えるほどに。
「おう、松下、久しぶり!そっちも皆なかなか調子良さそうじゃん」
「おおっ、宮郷サン!お久しぶりです!白間川はどうっすか?」
「この前一緒に練習させてもらった時、晴風さん皆また上手くなってるの間近で見たからに気合入っちまってよ、もうあいつら四月と今じゃ別人レベルだ。勝ち進んでリベンジするから覚悟しとけよ!トキもなんだかんだ毎日練習出て今じゃうちのエースだぜ。試合見たらビビるぞ」
「マジすか!俺らも白間川と試合できるように頑張ります。一回戦も、タイミングが合ったら見に行くんで!」
連取トキくん、か。確かに彼はこの前した合宿の時点で凄く上手だった。白間川は初戦を突破すると次に当たるのは妙里南。厳しい戦いになるのは間違いない。だけど、彼次第ではもしかしたら……。そう思う程度には底が見えない子だった。
松下君は宮郷さんと定期的に連絡を取っているからかやっぱり会話が弾むみたいで、一言二言のつもりだったんだろうけどまだ話が続いている。
「んじゃ、俺もそろそろ行くわ!あいつらが他校の奴らにガン飛ばしてないか見ねえとだし。またな!」
次の学校がコートに入り始めた事に気づき片手を上げて去って行った宮郷さんの背中は、心なしか前会ったときより大きくなっている気がした。見慣れた顔との再会は、広い会場で仲間を見つけたような感じがしてちょっと嬉しい。
傍らで様子を見てくれていたコーチと南先輩はまた何やら話し込んでいる。多分オーダーのことだろうな。
そう思っていると元来た扉からフロアを出たところで、やっぱり声がかかった。
「ちょっと邪魔にならないところへ集まってください。一回戦のオーダーを発表します」
柱の陰に動いて、コーチをぐるりと囲む。どんなオーダーだってコーチが勝つために考えてくれたものなら信じられる。
「まず、第一ダブルスはスタンダードなオーダー通り天野・花光組で行きましょう。そして第二ダブルスですが……羽代・小夜川の一年生ペアで行きましょう。それからここもスタンダードと大きく変わる部分ですが……第一シングルスに松下君、お願いします。そして第二シングルスに花光君、第三シングルス羽代君。これで提出したいと思います。意図を説明させてもらうと、できれば第一・第二ダブルスと第一シングルスまでの三試合全て取ってストレートで勝ちたいです。第二シングルスに回った場合は初戦でも一番硬くならないであろう花光君が、第三シングルスにまで回った場合はプレッシャーに強い羽代君が控えているのでもちろん最初の三試合にエントリーした皆もどうかあまり考えすぎないでくださいね。今回の相手、どうも一年生を中心に経験者が集まっているようです。だからこそ、長引いて相手の流れになってしまったり、暑さで体力を余計に削られたりすることを避けるために理想は短期決戦。ただし最終的には勝てば次につながるので、くれぐれも焦りすぎないようにしてください」
一瞬あれ?ぼくなんだ?っておもったけれど、これ、よく考えてみたら多分コーチの意図としては伸びても僕の第二シングルスまでで終わらせたいはず。
シングルスに回されなかった天野君と一番最後の第三シングルスに入れられた羽代君に共通しているのは、体力面で他のメンバーと比べたら多少不安がある事。勝ちあがるうえでこの二人をどれだけ万全な状態で進んでいけるかはかなり重要で、ここぞという局面まで一度の試合で二回の出番があるという状況をできる限り避けたいはずだ。そしてこの後ほとんどの試合で第一シングルスに出場することになる小夜川君は、言い換えればどんな試合展開であろうと必ず一戦出場することになる。つまり、小夜川君が試合に出ず勝ち上がるということは絶対にない。さらに一人でコートのすべてを守り、ラリーが長引く事も多いシングルスに絶対出場。そう考えると消耗は避けられない。そして第一シングルス……三試合目に出るということは、団体戦そのものの結果を左右する一戦になることだって少なくない。だからこそ、かなり精神的に負担が大きいポジションになってくる。今回は相手が予想外の動きを見せているから、柔軟に対応できる羽代君と組ませてダブルスに回したんだろうな。チームとしてペースを掴むためにも、小夜川君を温存するためにも。勝ち上がれば松下君に二回出てもらわないと厳しい状況が増えていくだろうから、これが出来るのは今回だけだろうな。
ぼくの推測だからあたっているかはわからないけど、そう遠くない気がする。勝ち上がれば勝ち上がるほど、温存なんてできる状況じゃなくなるから。
連戦だからこその戦略だと理解はしているけど、そもそも負けたらここで終わってしまうからちょっと怖い。
「つまり俺は第一シングルス絶対勝てばいいんですね?」
「平たく言えばそういうことです。松下君なら大丈夫でしょう?確かに相手は予想以上の実力者が揃っていましたが、皆さんがそれに劣っていると私は全く思いません。どんなオーダーを組んでも勝てると、確信しています。それに次待ち受ける雷山のことを考えると、松下君のダブルスと小夜川君のシングルスでのスマッシュという隠し球は残しておきたいですから」
目の前の試合に勝たなきゃおしまいだし、だけど優勝するには連戦に次ぐ連戦への対策も必須。頭数が少ないうちじゃなおさらだ。うーん……なんか目の前の試合に勝てば良いってだけじゃなくなるだけでこんなに難しいんだ……。
「なーるほど。幹人の前に俺とひなたで最初の試合勝って勢いつけちゃいますから任せてください!」
「……まさか最初っからダブルスで出番あるとは思ってなかったけど、頑張ります」
肩を回す天野くんと、真剣な顔をした小夜川君。青葉君は二人の間でまたぷるぷる震えている。羽代君は元々口数が多い子ではないけれど、先ほどからいつにもましてとても静かだ。集中しているのかな?
「それじゃ、私は先生にオーダーの提出をお願いしてきますね。各自、せっかくほぐれた体を固まらせないように軽くで良いので動かしていてください。それでは解散」
『はい!』
理想は松下君までで三勝ストレート。不安と楽しみとで複雑なきもちだけど、できる事全部やって勝つぞ。
一番、二番、三番etc……等季節(気温や湿度)に合わせて使うシャトルの種類が変わります。
次回、ついにインターハイ予選開幕!




