未知のモモンガ
「え、えーと……どちらさま?」
「僕たちのこと、知らないのかい?ならば教えてあげよう!」
「私たちは!もんじゅ……じゃなかった桃文珠学園バドミントン部!この後よろしく頼むよハレカゼ高校諸君」
しばしの沈黙を経てどうにか天野君が絞り出した問いかけ。それに対してさっきから喋ってるまつ毛がとっても長い長髪の人に促され、後ろから出てきて胸を張って所属を紹介してくれたのはサラサラな金髪の人。目の前の白ジャージ集団、なんだか視覚だけで情報が多すぎてどうしていいかわからない。それは皆も同じなのか、また無言の見つめあい。いったいこれは何の時間なんだろう?桃文珠の人たちはなぜか物凄く自慢げに胸を張っている。
「おー!なんかモモンガみたいな名前だな!それと俺たちはセ・イ・フ・ウだから!」
「な、モモンガじゃない!失礼だぞ君!」
今度沈黙を破ったのは松下君。相変わらずお腹の底から出ていそうな通る声だ。その声圧に押されたのか、たじろぐ桃文珠御一行。
「聞かない名前だったからどんな奴らかと思って来てみれば、人数も少ない出来立ての同好会かい?ま、せいぜい悪あがきするといいさ。そ・れ・か・ら!主将である僕、天川島愛を筆頭にスーパー実力派集団チーム桃文珠の練習を見て恐れおののくがいい」
金髪さん改め天川島さんは前髪をサラリとなびかせると、こちらに背を向けて歩き出す。
他のメンバーも、それに続き階段を降りて行った。あっ!最後尾にいた長髪黒髪の人靴紐ちょっと踏んでこけた、のを壁に手をついて誤魔化してる。見なかったことにしてあげよう。
「…………えーっと、なんだったんですかね?」
あっけにとられた様子の羽代君がこぼした一言。多分それは全員が聞きたいと思う。
「わかんない。ねー小夜川ぁー!モモンガ……じゃない桃文珠ってなんていうかあんな貴族というかお坊ちゃまというか……キャラが渋滞してる学校なの?」
「うーん……。確か中高一貫で、カリキュラムも独自のものが多い学校ではあるみたいっすね。出場記録を見るに去年は全員一年生、今年もエントリーメンバーは一、二年生しかいないので、編成としてはうちと近いと思います。でもあっちは一年生四人、二年生三人なのでもしかすると一年生が主戦力なのか?ただ一年生は中学時代大会出場記録がない奴ばかりだし……。とにかく謎の多い学校なのは確かですが、あんな個性豊かだとは知りませんでした」
天野君の問いかけに答える小夜川君も、さっきまでの不思議空間になんともいえない表情だ。
「部活立ち上げてるくらいだからきっとバドミントン好きなんだろうな!試合するの楽しみだ!」
「流石幹人先輩……!あ!南先輩先生の手伝いでそのまま下にいるみたいです。僕荷物番しながら席で見てるので、コーチと皆で見てきてください!」
「いやいや青葉、流石にそっからじゃほぼ見えないでしょ?俺か幹人ちょっと見たら交代しにくるよ?俺ら相手見て戦略立てるってよりその場で行き当たりばったりってかんじだからじっくりは見る必要無いし」
「いえ!視力一,五あるので席からでも見えます!任せてください!すぐコーチと交代して来ちゃいますね!それじゃ、また!」
携帯を確認した青葉君の報告からトントン拍子に話が進み、一通り練習に必要な荷物を持ったぼくらは桃文珠が練習するコートがしっかり見えるところまで移動した。幸いにも前の方が空いていたから、ありがたく座らせてもらう。というか聞き流したけど青葉君ものすごく視力が良くてびっくり。桃文殊の人たちにツッコミどころが多すぎるせいでいつもなら絶対突っ込んでいたであろう天野君や羽代君もスルーしてたけど、気になるから後で聞いてみようかな。
「それでは始めてください。終了のアナウンスが流れたらすぐに次の学校と交代してください」
アナウンスが終わるか終わらないかの間に、示しを合わせたようにすべてのコートへ選手が入っていく。さて、桃文殊は一体どんな動きをするのかな?最初にコートに入ったのは四人。全員先ほど全く喋らなかった子たちだ。もしかすると全員一年生なのかも。
始まったのはドライブの応酬。張りのある音と共に、スピード感のあるラリーが展開される。あれ……これは……?
「ん?これ、絶対経験者だよな?」
「だね。それもかなり長くやってそう」
松下君と天野君にぼくも同意。やはりというべきか。続くスマッシュやドロップも当然のようにキレッキレ。
「そんな……中高一貫ってわかってたから中学のも高校のも歴代の試合結果目を通してたのに。それでもエントリーしてる一年、見たことない名前だったからてっきり高校からなんだとばっかり……クソッ!調べが足りなかったか……」
「いやいや小夜川、君の本業は選手だからね。試合の時あのスマッシュをかましてくれれば百点なんだからそんな気にしない気にしない!」
ノートを睨みつけながらとっても早口でブツブツ言っている小夜川君に冗談っぽく声を掛ける天野君。それでも小夜川君はまだ悔しそうだ。確かに試合でいきなりこれだったらびっくりしただろうけど、ちょっと見て心の準備が出来たからそれで十分だとぼくは思う。小夜川君自身は、選手として自分が上達したいと熱心に練習する傍らデータ収集も続けてくれていた。チームに少しでも貢献したいって思いからやってくれていたみたい。でも中々両方を一〇〇パーセントでこなすのは難しいようで、両立したいのに出来ない自分に葛藤してた。真面目なフリをしていた最初の頃や、コントロールが出来ずに苦しんでいた頃から見たらものすごい成長を遂げているのに、それに一番本人が気づいていないのかも。四月から一番変わったのは間違いなく彼なのに。
「これは……。オーダーを当初の予定と変えてもいいかもしれませんね。残りの選手の様子はどうだろう」
考え事をしていたら耳に入ってきたのは後ろで見ていたコーチの呟き。その内容にちょっとびっくりした。みんなは小夜川君を励ます会をしてるから気づいてなさそう。
シングルスは小夜川君、松下君、羽代君が中心になる予定ではあるものの、状況によってはぼくや天野君も出場の可能性がある。先ほど聞こえたコーチの言葉から推測するに、そのイレギュラーが発生する確率が高い。今までだってシングルスも手を抜かずに練習を重ねてきたものの、いざ可能性を感じるとドキッとする。
春までだったら、状況にもよるけれど多分ぼくが起用される確率が高かった。天野君は一人で全部のシャトルを取るシングルス向きではないプレイスタイルだったし、本人もそれを自覚していて若干の苦手意識があるんだろうなっていうのは隣で見ていてわかったから。対してぼくは、とにかく基礎を着実に固めて堅実に動きたいタイプ。チーム内でもミスが少ない方だっていうところだけは自信がある。今は天野君と組むダブルスの方が楽しいって思うけど、シングルスも嫌いなわけじゃない。
一応ぼくの方が背が高い分リーチがあるからって理由もあって、まだ人数がいたころの練習試合でもどっちかがってなった時ぼくがシングルスに起用されることが多かった。でもそれは春までのこと。今は、春風杯や合宿、練習会を経て天野君が一人で戦う術を身に着けている。戦術のバリエーションも、ぼくよりずっと多い。だからこそ、今どっちがってなった時には多分ボクじゃなくて天野君が起用される確率が高い。そうなった時にぼくができることは、試合数が多くなる他の皆の体力をできる限り削られないようにすること。つまり、出る試合は絶対勝利。それも天野君の体力を考えるなら動けるところはできる限りぼくが動いて、最短での勝利を目指す。
「おっ!二年生ぽい奴ら出てきたぞ」
そう覚悟を決めたところで、右隣から聞こえてきた松下君の声により現実に戻る。コートに目を向ければ、天川島君と長髪の人、それからなんだか目つきが鋭い人がコートに入ってくる。一年生(推定)が一人残っているから、また基礎打ちかな?
この感じだと、もしや二年生もキレッキレなのかも……?
そんな予想は、まさかの形で裏切られることになる。
パコーン!
ペシャン!
スコーン!
ピニャー!
べコーン!
あんなに自信満々だったのに……?
そう首をかしげたくなるような気の抜ける音が、コートに響き渡る。
胸を張ってコートに入って来た天川島君と長髪の人は、ぎこちない動きで空振りやフレームショットを連発。横で練習している一年生(推定)と二年生(推定)の目つきが鋭い人はキレッキレのラリーをしてるからギャップで驚きは倍増。二組の温度差で不思議な空気が漂っている。
「んー?これは一体どういう……?」
「あ!今ノート見返してたら、あの人、バリバリ動いてる二年生の今井さん?は小学生の頃バドミントンやってたみたいですね。ちょっとだけ出場記録のメモありました。中学生の頃は記録が無いので、ブランクがあるのか……?」
首をかしげる松下君の横で、納得したようにノートを眺める小夜川君。
「まーとにかく相手が誰であれ勝つしかないもんな!」
「ですね。とりあえず、先に様子を見ることができてイメージが湧きました」
一人で困惑してまた一人で解決した松下君。そして一番端で黙々と観察している羽代君は、全くと言っていいほど動揺していない。
確かにぼくらだって今日のために全国優勝チームや県外の強豪相手に練習試合を重ねてきたんだから、一回戦で負けるつもりなんて誰もない。
けれど、油断は禁物。試合には独特の緊張感と魔物が潜んでいるから。意識しすぎてもいけないし気を抜きすぎてもいけない。いつになっても試合に臨む姿勢は難しい。
「さーてと!とりあえず敵情視察はできたことだし、いったん席にもどろっか」
「そうだな!ずっといても周りの人の邪魔になるし、青葉をずっと一人にさせとくのも悪い。ひなたもそれで大丈夫そう?」
「うん。……先生と南先輩も一度戻ってきてるだろうし、一度コーチも含めて話した方が良さそう。練習も、次こそ呼ばれるかもだし」
「よっし、それじゃ撤収!」
松下君の号令で引き上げてひとまず席に戻ると、予想通り先生と先輩も戻ってきていた。
先生・先輩・コーチの三人は、今の状況を踏まえてオーダー会議。最終決定はこの後の公式練習を終えてからだろうけど、仮バージョンは今のうちに固めておかないと提出が間に合わない。
「四回転目のコート割を発表します。第一コート白間川学園、第二コート晴風高校、第三コート――」
「お!来た来た!それじゃ行くぞ皆!」
三回転目の練習は赤檜や榛屋、妙里南もいて見ごたえたっぷり。次が練習でなければずっと見ていたいくらいだった。先生方はまだ話し合い中みたいだからとりあえずぼくらだけ先に移動だ。隣のコートが白間川ってわかったからか、松下君のテンションが心なしか高い。
「や、やあ君達……。ま、また会ったね……ゼェゼェ」
静かに集中力を高めて練習に臨もうと思っていたんだけど、残念ながらそうはいかなかった。階段を降り切ってフロアへ続く扉が見えてきたところで、またもや彼らと遭遇したのだ。
「ハハハ、私たちの華麗な動きに……衝撃を受けて言葉も出ないかい……」
違う。二人が真っ向から挑発してきたのに予想の斜め上を行く実力を披露してくれたからリアクションに困っているだけ。ヘロヘロなのは二人だけで。後の五人はピンピンしてるからなおさらユニークに見えてしまう。隣の天野君、肩ちょっと揺れてるし。
「すまない。天川島も乃木も、悪気はないんだ。俺はこいつらと同じ二年の今井だ。この後の試合、よろしく頼む」
やっぱり目つきの鋭い人……今井さんは同級生だったみたい。ということは後ろの四人はやっぱり一年生か。
「そ、それじゃあ顔を洗って待っていると良い。皆行くよ」
主将の天川島さんの後に続いてまたもや去って行くももんが……違う桃文殊御一行。あ、長髪の乃木さんまた転びかけてる。……この短期間に見るのはもう二度目だ。会釈してくれた今井さんに会釈を返して、ひとまず一件落着?なんだか油断したらダメなのはわかってるのに戦う前から気の抜ける人たちだな。ほんと、わけがわからない。朝からの桃文殊絡みのことすべて、よくわからない。確かなのは松下君の発言からすっかり晴風内にモモンガが伝染している事だけ。
結局よくわからない感情のまま、晴風高校バドミントン部はフロアへと足を踏み入れることになった。




