いざ会場入り
各々最寄駅から電車に乗って、たどり着いた会場近くの駅。みんな無事に乗れたと連絡が来ていたから、寝坊してる人はいなそうで安心。
少し歩かないとコンビニもないここは、入学してすぐの頃の大会でも来たことがあったっけ。
その時は早めに負けてしまって帰ろうと改札をくぐったものの、ホームで確認した時刻表でなんと次の電車は一時間後と発覚。腹ペコだったぼくたちにとってそれはそれは恐ろしい宣告だった。こういう時でも元気な頼みの綱松下君は、家が近いから自転車移動。つまりここにはいない。疲れ切った体では今からまた改札を出て徒歩でコンビニに向かう元気もないから、天野君と二人でグッタリベンチに座ってひたすら自販機のコンポタや炭酸でお腹を膨らませたっけ。
あれ以来ここが会場になったことは無かったから本当に久しぶり。同じ車両に乗っていた天野君と改札を出ると、既に後輩の三人は集合していた。もちろん松下君は前と同じで現地集合。南先輩も今日はご家族が車で送迎してくれるってことだからこれで全員。
「よーし、じゃ向かいますか」
挨拶を済ませて天野君の号令で歩き始める。見る限り皆顔色は悪くなさそうで安心。ぼくもちゃんと眠れたし、朝も余裕をもって行動できたからちょっといい気分。お姉ちゃんはなんか朝からドタバタしてたけど大丈夫かな?ちゃんと間に合ってるといいけど……。駅舎を出ればすでに日差しが照り付けていて、とても六月とは思えない。今日三十度超えるみたいだから、持ってきた暑さ対策グッズはしっかり使いつつ水分補給もいつも以上に意識しなくちゃ。凍らせておいたフルーツゼリーも、この分だとかなり早い段階で溶けちゃうかもしれない。
改札周辺もそうだったけど、歩き始めても前後左右どこを見たってラケットやシューズケースを持った人ばかり。この人たち全員を倒さなければ、全国へはいけないんだ。
「ひなた、緊張してる?」
「……そりゃまあ。インターハイって一年に一度しかないし」
「ま、そっか。俺ら朝の公式練習から試合までちょっと間空くだろうから、入場前に軽く準備運動は済ましときたいね」
「うん……。一回戦、あまり聞かない名前のところだったから気になる。できたら練習の様子見ときたい」
「そーね。練習のタイミングがもし被っちゃったら南先輩にお願いしよ」
朝全員の状態と相手の様子を見て初戦のオーダーを決めるってコーチが言ってた。ぼくにとって高校に上がってから初めての団体戦。去年は応援席から見ていた自分が今年はコートに立つ。人数が人数だからレギュラー争いとはここ半年無縁で、軋轢や衝突を生むリスクが減ってちょっと安心していたのは事実。だけど、見方を変えれば他校が熾烈なレギュラー争いを勝ち抜いた精鋭揃いなのに対して、ぼくらは一人一人が一〇〇%以上を発揮しつつ誰か一人欠けたら終わりのギリギリ綱渡り状態で臨まなければならないという状況なのだ。それでも今は、周囲に信頼できる大人がいて最低限の練習環境はある。それがどれだけありがたい事なのか、高校に入学してからやっと気づけた。羽を打つ音が好きで、話すのが苦手なぼくでもやりやすい少人数競技。そして今のチームは、無理してしゃべらなくても責められなくて居心地がいい。このチームでなら団体戦、楽しみかも。もちろん緊張はするけれど。
差し込む朝日が眩しくて、どこからか鳥のさえずりが聞こえる。一体どんな鳥だろう?後輩たちも見慣れない景色だからか、あちこちキョロキョロしてる。狭い歩道を邪魔にならないよう一列で進みつつ、忘れ物がないか心配でラケットケースの中やリュックの中をもう一度確認。松下君は大会の度心配性なぼくに対して「大丈夫大丈夫!究極ラケットとシューズさえあればなんとかなるって!」なんて豪快に笑うけど、これはもう染みついたルーティンのようなもので確認せずにはいられないのだ。目の前で思いっきり伸びをする天野君も、「大丈夫!犯罪さえしなきゃその他大抵のことは何とかなるから!」と何かにつけて心配性なぼくに言ってくれるっけ。結構朝早いのに髪は寝ぐせとは無縁なんじゃないかって思うくらいに綺麗なストレートで、ちょっとうらやましい。ぼくはかなり癖があるから。
アップダウンを何度か繰り返しトンネルを抜け、目の前の急な坂を下ればついに到着。
携帯を見ていた天野君が、既に松下君から到着の連絡が来てるって教えてくれた。そうだ携帯!携帯は……良かったリュックの奥にある。
駐車場を通り抜けたどり着いた入り口は、人・人・人!人数が多い学校とかは特に、良い応援場所を確保できるように必死。朝から争奪戦が繰り広げられる。凄いところだと保護者の方とかも動員してるからびっくり。今日みたいなコートや座席の数が多くない会場だとこういうことが起こりがちだ。ぼくらは人数少ないから後から入っても十分全員座れる場所を確保できるからその点は人数が少ないメリットかも。
やっと、やっと戻ってきた。去年の夏以降すべて個人戦のみの参加だったから、こうしてチームで戻ってくることができたのが感慨深い。
「お!いたいた。みんな揃ってるな」
「はよ、幹人。調子どー?」
「バッチリ!体めっちゃ軽い!南先輩ももうちょっとで着くってさ!」
「おっけー。この暑さだと予定より早く開場しそうだから、このまま並んじゃうか!」
朝だけど平常運転でテンポよく会話は進み、二人に続いて皆で最後尾へ移動して腰を下ろした。前の方はバッチリ強豪校が陣取っていて、流石だなって感心してしまう。だけど、揃いのジャージを着た大群の中には見た限り練習会で見たレギュラーメンバーはいなかった。もしかすると直前まで最終調整をしているのかもしれない。あれだけの人数を押しのけてたった七人に選ばれるために、一体どれだけ練習が必要なんだろう。どれだけ大変なんだろう。
でもそれだって、自分が試合に出られなくてもこうして朝からチームのサポートに全力を尽くす彼らが居なければきっと成り立たないことだから。
…………凄いや。
なんだか背筋が伸びる思いがした。
どれだけ立ちたいと思っても、今日のコートに立てない人がいる。それをきちんと胸に刻んで試合に臨まなきゃ。
自分の中でまた一段階ギアを上げたところで、前にいた人たちがどんどん立ち上がり始めた。
「走らずに入場してください!」
これ聞くと余計に大会来が始まるって感じがする。
後ろから早く進めという圧を感じるものの、前は狭い入り口で詰まってるからそんなにスムーズに進めない。
押し合いへし合いを経てようやく入り口にたどり着いた頃には軽く汗ばんでいた。シューズに履き替えて、一足先に階段を上っていった松下君を追いかける。階段を上りつつピコン!と鳴った携帯の画面を確認すると、南先輩からの連絡。
つきました!先生と合流したから一緒に荷物持って追いかけるね!
場所決まったら教えてください
慌てて返信しつつズンズン進む松下君を追いかけて、無事に端の方だけどコートが見やすい場所を確保することができた。
そこから合流した南先輩と先生から荷物を受け取って、昨日校長先生からもらったダルマと応援旗をセッティング。青地に白文字の『疾風迅雷』ってなんかカッコイイ。
先生はそのまま監督会議へ。ぼくらは公式練習の準備をする。シューズよし。ラケットも……うん、いつも使ってる方でいこう。軽く水分もとったし、タオルは練習用に一枚出した。それからハンドクリームを塗ってケアはオッケー。まだ時間がありそうだから、さっきの待ち時間に軽く体操はしたけど改めて手首足首肩回りを入念に動かす。
隣の天野君も同じように軽く体を動かしているし、松下君は眼を閉じて精神統一中。各々いつものルーティンをこなしてる。一年生はというと、小夜川君はさっきからノートをペラペラめくっては深呼吸していて、羽代君は普段と何ら変わらぬ様子でラケットやシューズの確認をしている。そして青葉君は……青葉君はまるで子犬のようにプルプル震えていた。手に持つ蓋の空いたペットボトルから、ジャバジャバ中身がこぼれている。
「……大丈夫?」
「フェイッ!大丈夫れし!」
何も大丈夫じゃなさそう。
「や、ああああの……。スーッ、ハァー……よしちょっと落ち着いた。……出るわけじゃないけど僕もベンチに座ることになるじゃないですか。それで、今まで習い事でも部活でも客席から見ることがほとんどだったので、チームのメンバーとしてコートのすぐ近くに行くんだって思うと緊張しちゃって……。この前の春風杯みたいな個人戦なら、自分で何とかするしかないって覚悟できて大丈夫だったんですけど……」
「なるほど…………。ぼくも物凄くドキドキしてる。でも青葉君見てたらなんか安心した。自分より取り乱してる人見るとなんか冷静になれる」
「ちょっ!なんてこと言うんですかー!」
「青葉君がいることでこうやって安心してる人もいるんだし、そのままでいいんじゃないかな」
新入生が入ってきてすぐは、先輩だしなってかっこつけて「羽代、小夜川、青葉」なんて呼び捨てにしてたけど、やっぱりむず痒くていつの間にか普段の呼び方に戻ってしまっていた。それでも三人ともなにも触れずにいてくれるから、とりつくろわずにいられるのならそれでいっか。中身が随分少なくなったペットボトルにそっと蓋をしてあげて、まだちょっとプルプルしている青葉君はそっとしておくことにする。
そして南先輩は、手早く道具の準備を済ませた後右手にはスコアシートを挟んだボードを、左手には携帯電話を持ち今日の気温を確認中。着ているのはこの前ぼくらがプレゼントした青のポロシャツだ。
「只今より、開会式及び公式練習を開始したいと思います。公式練習の制限時間は5分です。一回転目の割り当てを発表します。第一コート県立○○高校、第二コート市立○○高校、第三コート○○学園高校――」
お、来た。参加する学校は五十を超えているから、五回に分かれることになる。ぼくたちは多分一回戦の中でも出番が後半だから、できれば後の方の練習だといいんだけど……。
注意深く耳を傾けている間にもどんどん違う学校の名前が呼ばれていって、あっという間に十二校。よかった。幸いにも一回目じゃなかった。
「それでは、開会式を始めます。一回転目で練習の学校は、道具をすべて持って降りてきてください。その他の学校はそのまま速やかにフロアに集合してください」
ちょうどアナウンスが終わったタイミングで、コーチが来てくれた。
「みなさん体調は……うん、悪くなさそうですね!荷物は見ておきますから、皆下に行って来てください」
そう笑った顔はとても穏やか。どんな時でも声を荒げたりしない広木さんだからこそ、ぼくは安心してここまでついていくことができた。
全員であいさつを済ませて、フロアへと続く階段を二列になってゾロゾロ下りる。なんだか行進みたいだな。
下に降りたらすぐ学校ごとに並んで座って、何人かの挨拶の後に発表された注意事項。
特に気を付けたいのは
・参加校数の関係で、一、二回戦は一ゲーム十五点先取の簡易ゲームで行う
・運営が危険な暑さと判断した場合は一度試合を中断し、窓を開ける、空調を入れる等の措置をとる
の二つかな。まず簡易ゲームということは本来の二十一点先取よりも、勝つにしても負けるにしても決着が早くつくことになる。一度相手の流れになったら取り戻す間もなく押し込まれることが間違いなく増えるから、警戒しないと。とにかく先手必勝だ。
「以上で、開会式を終了します。二回転目以降の学校につきましては、前の組の練習が始まり次第放送します。呼ばれた学校はすぐに準備をして下に降りてきてください」
あれこれ考えている間にもう一回目の練習が始まりそう。こういう時の式って時間がないのもあるけど、学校の行事とかよりあっさり終わるから嬉しい。
そのまま席に戻って始まった練習を眺めていると、次の練習校アナウンスで桃文殊学園が呼ばれているのが聞こえた。…………最初聞いた時早口言葉みたいだなって思ったのは内緒。
「……一回戦の相手、第三コートだって」
「マジ?めっちゃ反対側じゃん!でも俺ら呼ばれてなかったし、見に行っちゃう?」
「次かもしんないし、一応荷物もってくー?俺コーチに声かけてくるから、ひなた一年生をよろしく!」
「それじゃ俺、南先輩まだ下にいるっぽいから探してくる」
相手である桃文殊学園は、最近バドミントン部ができたばかりだって小夜川君が言ってた。それ故あまりデータもないし、どうやら中学や高校から始めた人がほとんどなのもあって今のところ入賞やベスト○○進出!みたいな目立った結果は出ていないみたい。団体戦の結果としては去年のインハイ予選一回戦敗退、新人戦は二回戦敗退。だけど、新入生が入って大きく変わってる可能性だってある。油断なんて全くできない。
それぞれ動きだそうとしたところで、
「……了解。それじゃ、に「あっれー?一回戦のハレカゼ高校ってもしかして君たちー?!」」
ひぇっ!何?!
聞き慣れない声に会話を遮られ、恐る恐る振り向くとそこにいたのは……当然だけど知らない集団だった。一回戦のってことは……もしかしてこれが……?




