圧倒
前置きは長くなったが、ここからが本番。途中途中言葉が詰まる俺の話を、二人は時折相槌を打ちながら聞いてくれている。辺りは随分暗くなっていて、目を凝らさなければお互いの表情も見えない。
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一足早くコートに入ったひなた先輩は、ダブルスがメインの選手であるにもかかわらず善戦している。相手は仁田さん。見た目の通りというべきか、やっぱりパワーが桁違いだ。それでも、幹人先輩の球をここ一年と少しの間一番受けてきた同級生であり、最近では小夜川のトンデモスマッシュの練習相手も頻繫に務めるひなた先輩はバッチリ対応している。やっぱ、レシーブ方面の安定感が桁違い。凄いな。プルップルの腕と足をどうにか奮い立たせて筋トレをしつつ、じゃあ自分は、なにができるだろう。そう頭によぎった。それから数分後、
「はーい。そんじゃ、次、君ここ入って」
ジャージからして多分榛屋の人に声を掛けられて、ラケットを持つ。あ、どうしよう。なんか凄い緊張してる。ほんの数歩コートに入るまでの間にそれがわかって、よくわからない嫌な感覚が体中を駆け巡った。今までこんなことあったっけ?
小学生の頃は周りのことや勝ち負けなんか気にすることなく、ただただ打つのが楽しくてもっとラリーを続けたくて、とにかくシャトルを追うのに夢中だった。
中学生になると本格的な大会や部内でのレギュラー争いなんかが日常になって、勝たないと、結果を出さないと、コートに立つことはできなくなっていった。体格も要領もいいわけではない自分の出場機会が多いはずもなく、数少ないチャンスを何とかモノにするために緊張している暇はなくなった。限られた出番の中で一〇〇パーセントを発揮できずにどうする。そう負けたくない一心で、それまで緊張しいで少しのミスでも落ち込んでいた自分を心の奥底に押し込んで、どんなに辛かろうと、周りから何を言われようと、無表情の仮面を被って理想の自分を目指した。その結果というべきか、今思うとだけどあの頃は技術以上にメンタル面での変化が大きかった。いつからか自分の感情にも人の感情にも左右されないようになって、市大会だろうと県大会だろうと関東大会だろうと、いつも通り試合をした。
それが最近はどうだろう?白間川との練習試合、負けられないって気持ちはありながらもあれこれ試行錯誤しながらラリーをするのは本当に楽しかった。それからの練習試合だって、勝つことばかりじゃなく負けることもあったけれど楽しかった。
そしてまだ記憶に新しい祭千との練習試合。圧倒的な強者の風格を見せられながらも最後まで全力でやり抜いたし得るものも多くて充実していた。
じゃあ今は?どんなことがあったってコートの上では切り替えられる。そう思っていたはずなのに、理由はわからないのになんか怖い。
何が怖い?そう何度問いかけてみても答えは出なかった。
白帯の向こうは龍野さん。うわぁ、最初からクライマックスかぁ。なんてこの時はまだ考えられる程度の余裕が辛うじて残っていた。
無機質なタイマーの音を合図にとりあえず周囲に倣って挨拶をして頭を下げたものの、あちらは軽く頷くのみで言葉を発さない。前の人から受け取ったシャトルを左手に持ち、いつも通りサーブのために構える。龍野さんはといえば、わかってはいたけれど構え方を見る限り全く隙を感じない。そんならひとまずショートサーブから入って様子を見よう。珍しく震えている指先には気づかないふりをして、相手のコートへとシャトルを押し出す。そこからはもう、どう表現したらいいかわからない。
即座に反応されてネットスレスレのドライブがとんでもないスピードで返って来た。それをどうにかラケットに当てたものの、完全に体が後ろにのけぞってしまったせいで次に来たドライブでは返球に詰まって、相手が叩きやすい絶好球をプレゼント。そこを容赦なくフルスイングのスマッシュを打ち込まれまず一点。
それならばとロングサーブをドロップで返球し、隙を見てネット前での勝負に持ち込もうとすれば、全くそれに付き合う素振りは見せてくれずにひたすら前後に振られて返球が甘くなったところをさっきと全く同じ要領で叩き込まれてさらに一点。
ここで気づいた。龍野さんは俺にとって相性が悪いタイプだ、と。具体的に説明するならば、同じ強い人でも、幹人先輩みたいに相手や周囲も巻き込んで盛り上げていくタイプや、祭千の舞宮さんみたいなコントロール重視で巧みな配球と戦術で攻めてくるタイプであればまだやりようがあった。しかし、目の前の龍野さんは残念ながらそのどちらでもない。球威があり、それでいてコントロールも良く、そして何より相手に全く興味がなく容赦がない。すべての動きが洗練されていてまるでバドミントンをする為に生まれたロボットみたいだ。全く表情がなくて楽しそうじゃない。もちろん表情に出てないだけでご本人楽しんでる可能性も無いわけじゃないんだけど、でも少なくともこの二球対面して、俺はただただ自分が点を多く取って勝つためだけにバドミントンをしているように感じた。相手の得手不得手とかは全く関係なく、確立した自分のバドミントンで押し通すことがこの人にはできてしまうんだろう。残念ながら俺一人で真っ向から対抗できるビジョンが、今のところ全く見えない。幹人先輩みたいに心技体揃っていたり、舞宮さんみたいに卓越した技術があったりするか、あるいは小夜川のような一芸があれば、きっと真っ向から張り合えるし突破口もあるんだろう。
じゃあ、俺には……?考えたところで今対抗できる要素が全く見当たらない。仕掛けようとしても、それすらさせてもらえずに上から押しつぶされるような、そんな息苦しい感じだ。やりたいことは全くできないし何もとっかかりが見えない。だからってパワーでも勢いでも劣っているから、フィジカルで対抗するのはもっと厳しい。スペースが限られて攻めにくく守りやすい半面ですらこれなのだ、普通のコートでの試合になったら一体どうなるんだろう。そう考えるとぞっとした。
そこからも何を打ったって綺麗に返されて、できることもやりたいことも、選択肢がどんどん消えていった。このままじゃ何も出来ずに終わってしまう……。そんな焦りの中で一度だけスマッシュを打つと見せかけカットスマッシュを打ち込んだ時、龍野さんの反応が遅れてシャトルがフレームに当たった。気のせいかもしれないけれどその時だけ少し表情が動いた気がして、数時間経った今でも不思議なくらい鮮明に思い出せる。そこから緩く返った球をプッシュで返してネット前に持ち込んだものの、数打駆け引きを経てもミスは狙えそうになくて、いよいよ困った。意外性のある返球はないものの、だからといって甘いコースやこちらのチャンスになるようなミスショットをしてくれる気配が恐ろしいことに全くないのだ。それならばと一か八かネットスレスレを狙ったヘアピンは、無情にも白帯の上をしばらく綱渡りした後こちらのコートへ戻って来た。同じタイミングで終了を知らせるタイマーの音が響く。ああ、一点も取れなかった。




