三強との邂逅 その1
他校との合同練習会。そう聞いて一番嫌だったのは、もしかすると雨間に行った同級生に会ってしまうかもしれないということ。未だに忘れたと思ったころ夢に見ては汗だくで夜中に目覚めてため息をつく、なんてことがある。天野さんにはかっこつけて「あんま気にしてない」なんて答えたけど、実際のところ全然そんなことはないのだ。一度試験期間で明るい時間に帰っていたら目の前を見知らぬ制服を着たかつての同級生が通り過ぎていって、心臓が自分でも驚くくらい跳ねた。なんか凄い嫌なドキドキだったから、よく覚えている。後から聞いた話そいつはバドミントン続けなかったみたいだから、いつもあの時間に帰ってるんだろう。絶対今後の試験期間は帰る時間ずらすか別の道を通ろうとその時心に決めた。
もう起きたことは変わらないのはわかってるし、今更仲良くしたいなんて気持ちは起こりようがない。晴風に進学したのは俺と青葉くん、それから小鈴さん、そして実のところ名前はあやふやな女子二人。そんなもんだから、あんまり学校では中学のこと思い出さずにすんでいた。のに、いざ遭遇の可能性があると思うと、もし本当にあいつがいたら?って想像してしまう。きっといつぞやすれ違った時みたいにきっと嫌な汗をかくし、今すぐ逃げ出したくなってしまう。だってあいつが、あいつらが一番俺をいじめて楽しんでいたから。
ところがどっこい。いざ当日になってみたらなぜか存在すら知らなかった涼先輩のお兄さんが登場するは兄弟喧嘩が勃発しそうになるはでてんやわんや。しかし当のあいつはどうやらレギュラーになっていないようで練習会に参加もしていないとわかって胸をなで下ろした。情報提供者は休憩時間にちらっと話した黒縁眼鏡にキリっとしたつり目、いかにも頭がよさそうな雨間の水上さん。曰く、レギュラーに一年生は一人だけ。それも、全国大会に出場した選手もいる名門沢峰中出身らしい。俺の出身校を聞かれて答えたところ、
「ああ、そっか。羽代君もそこ出身なんですね。夏体、見てましたよ。なんだか鬼気迫る様子だったので凄く印象に残ってます。それでいて力が入りすぎるわけでも固くなるわけでもなくて、いい試合運びでした。部長の天野と二人で、何であの子団体戦では選手じゃなくマネージャーしてるんだろうって不思議に思ってましたよ」
なーんて言われてこそばゆかった。それに続いて、
「うちにも二人います。でも、一人は中学ではこうだった~、とかコーチは許してくれた~、だのそればっかりで、典型的な井の中の蛙大海を知らずって奴。身長もあるしセンスもあった。ポテンシャルはバッチリだったんですけどね。それに甘えすぎです。結局今でも一人お山の大将やってて、勝手に居場所を無くしてます。もう一人は、小学校の頃から今までレギュラーになれなかったことなんて一度もなかったのに~!とか自分の努力不足を棚に上げてピーピー言ってもう一人の金魚のフンやってたかと思えば今じゃほとんど練習に来ません。まったく、揃いもそろって上には上がいることも認められなきゃできない自分も受け入れられないんだから困ります。同じ学校出身でも羽代君が来てくれればよかったなんて言いたくなりますよ。まぁ、部員である以上きちんと最後まで面倒はみますがね」
ため息をつきつつとんでもない毒を吐いた水上さん。毒というか多分包み隠さず事実を正直に言っているだけだとは思うが、直球すぎる。正論は時として人を傷つけることがあると何かで読んだことがあったのを思い出す。その時はピンとこなかったけど、なるほどこういうことか。なんて妙に納得。
彼らの近況を聞いて正直スッとしてしまった。なんせこちらは、そんな奴らに勝てず悔しい三年間を過ごした身。勝てないだけなら俺の努力不足で済んだ話かもしれないが、ありとあらゆる理不尽を散々押し付けられてきたのだ。
まあこの辺は落ち込みの原因では全くないから、雨間にちょっと会いたくない人がいたこと、ラッキーなことに遭わずに済んだことをかいつまんで二人に説明する。
そして問題はこの後コートごとに分かれてのノック練習で、まさかまさかの三強と同じチームになってしまったことから始まる。
人数の関係上、俺とひなた先輩はメニューが変わるたびにちょこちょこコートを移動していた。いろんな学校の選手が間近で見られるし、中学のあれこれを経た俺はどんな場所での一人行動でももう怖くない。そして次のメニューに向けて床に散らばるシャトルを拾い集め、移動した先にいたのは…………、子鹿のように足を震わすひなた先輩と三強様御一行だったのだ。半面でのシングルス、三コート一班。端的に言い渡されたその練習。よりによってなぜ試合形式っぽいタイミングで我々はここにいるんでしょうか?声にならない心の叫びは、目が合ったひなた先輩の腹をくくれとでも言いたげな頷きによりどうにか飲み込む。やばい。視線が怖い。オーラも怖い。
「お~!見ない顔だねえ。何々?君達どこの学校?」
右手と右足を仲良く一緒に出すひなた先輩と共に恐る恐るコートに向かえば、なんだか気の抜ける声が飛んでくる。そちらを見れば大変眩しい蛍光黄色のTシャツに身を包んだ人。あ、ラケットもグリップもガットも全部黄色だ。呑気にそんなことを思った。ハーフパンツとシューズ以外、キラッキラ。あまりに気になる。
「あ、えっと、晴風です!一年生の羽代っていいます」
「…………花光、です。二年生、です……。」
果たして晴風高校をそもそも知っているのだろうか。恐る恐る名乗りつつ、反応を伺う。
「あーね。あれか、だいぶ前強かったとこ。確か今もたまに個人戦で名前見るよね~?」
「豹我、流石にそれは失礼でしょ!あそこだよ、松下居るとこ」
「あ~?そっか~、松下クンのとこか~。ふーん」
「ったくもう、適当なんだから。お二人さんごめんね~。これでもうちの……あ!妙里南のエースなんだけど、いかんせんこんな感じですっごい脱力系なんだよね」
「そんな風に言わなくても良いじゃんか練~。自分でちゃんと自己紹介くらいしますぅ。ってわけで~、妙里南の~二年生の~豹我啓人でぇ~す。服とか道具とかどれが良いとか考えるのメンドクサくて~、チームカラーばっか適当に選んでたらぁ、こんな感じになった~!ヨロシク!」
「あーまたそんなに語尾伸ばしまくって……」
なんというか緩い自己紹介が終わったかと思えば頭を抱えながら呟く優しげな目の人。さっき豹我さんから練って呼ばれていたけれど、多分名前だろう。
「ちなみに俺は、豹我の幼なじみ甘楽練です。」
ほら、当たり!
「そんでね、うちにも松下と同中の人いるよ!仁田さ-ん!」
甘楽さんの視線の先には、おそらく一八〇近いであろう身長に短く刈り込んだ髪で、高校生離れした貫禄がある人。ま、貫禄って意味ではひなた先輩も良い勝負だけど。呼びかけに気づいたのかこちらに歩み寄ってくる。それと入れ替わるように豹我さんはフラフラとコートの方に戻っていった。視界の端には常に黄色が見えるから、居場所は丸わかりだ。
「おー、どーした?」
「次一緒に練習するこの二人、松下のとこですって」
「おー、そうか!仁田定文。松下の一つ上だ。今日はよろしくな」
流石強豪というか、なんか圧が違う。凄い強そう、というか実際強いんだろうな。晴風のエースである幹人さんもなんか謎の安心感というか、どっしり構えてるっていうか、強者オーラをまとっていて実際の身長以上に大きく見える。だけど、この人はオーラはもちろん物理的にでかい。俺ももっと身長伸びてガタイが良くなれば、あんな風に見ただけで強いぞ!ってわかる雰囲気出せるようになるんだろうか。
「うちも去年は三位だった。お互いチャレンジャー側だから頑張ろう」
差し出された手を握る。口角こそ上がっているものの、瞳の奥がギラついているような気がしてちょっと鳥肌が立った。
「せっかくだし赤檜と榛屋の連中にも挨拶しに行くと良い」
そう言うとズンズンコートに向かって進み始めた背中を小走りで追いかければ、いよいよ残り二校との対面は目前。ここまできたらもう怖いものはない。なるようになれ、だとこの時はまだ思っていた。




