憂鬱と夕焼け
結局滅茶苦茶急いでも弁当は食べきらず、一番好きな梅干しのおにぎりを残してしまった。ちくしょう、帰りに絶対食べる。一応南さんと松下さんに、多分戻ってくるとは思うって伝えても特に心配した様子もなかった。
「ま、あいつもあれで色々考えてるし、多分今は一人で落ち着きたいんだろうから」
「先生にはボクが伝えとくから、小夜川は今のうちに食べられるだけ食べちゃいな」
なんて慣れた様子だったから、付き合いの長い先輩方だからわかる何かがあるのかもしれない。
結局昼休み明けちょっとしてからフラッと戻って来た天野さんはなんかスッキリとした顔をしていて、午前中の不調が噓のようだった。ノック練で一緒にシャトル拾いしてたら不意に、
「さっきはありがとね。なーんか吹っ切れた。学年も一個違いで比べられることも多かったから、ずっと俺は兄貴みたいにはなれない~ってひねくれてたけど、考えてみれば俺と兄貴は違う生き物なんだから同じになんてなれるはずないよね。そんな簡単なこと見失ってた。でも気づいたからにはインターハイ予選、俺は俺のやり方であのいい子ちゃんに目にもの見せてやるから、小夜川も楽しみにしといてよね!」
なんてウインクのおまけつきで良い笑顔を向けてきて、すっかり通常運転でちょっと安心した。長年抱えてきたことだから、口で言うほど簡単に解決するわけじゃないのは俺でもわかる。きっと今だって色々葛藤してるんだろう。でも、少なくともほんの数時間前よりずっと良い状態になってるのはプレイを見れば明らかだ。安心したらちょっと気が抜けたのか、その後自分の番で五〇パーセント、七〇パーセントとパワーを調整しながら打ち込んでいたスマッシュがうっかりすっぽ抜けて久方ぶりの特大ホームランをかましてしまった。響く快音、第二体育館とは比べ物にならないくらい高い天井スレスレへと吹っ飛ぶシャトル。おかしいな。何故か眩しい太陽と綺麗な青空の幻すら見える。一塁へと走り出す……なんてことはもちろんない。ここは体育館。グラウンドではない。あっけにとられる雨間の奴らと、ちょっと笑いをこらえる天野さんと松下さん。少し遠くのコートにいる羽代が、こちらを二度見しているのも見えた。そして、講師から怖えくらい冷たい視線が向けられた。
「ナイスショット小夜川く~ん!」
「うっせぇ」
「だっ、馬鹿力こんなところで発揮しないでくださいー!」
シャトル拾いに戻ろうとしたらそっと近寄って来た青葉は、茶目っ気たっぷりに俺の肩を叩く。お返しに小突いてまた練習に戻ろうとしたものの、どこかから視線を感じあたりを見回せば隣のコートにグッドサインをしている花光さんがいた。意外とこの人もノリ良いよな。俺がなんかやっちまっても、晴風は皆深刻な雰囲気になったり、呆れたり、馬鹿にしたりなんて絶対しないでくれる。それがわかってからは、思いっきりスマッシュを打つのもだんだん怖くなくなった。今のホームランだって、前だったら冷や汗が止まらなくなったり、手が震えだしたりしてただろうし。それが、こんな大人数の前で注目浴びても、その後はノーミスでやり切れるくらいにはなったんだから驚きだ。一年前の自分に言ったって絶対信じないだろう。
なんだかんだ今日はフルパワーでのスマッシュは一度も見せてないし、今日見た限り、俺以上のパワーを持ってるやつはいない。インターハイ予選に向けて俺が着実に手ごたえを感じている裏で、すっかり自信を失っている奴がいたことに、この時は気づきもしなかった。
***
「お疲れ」
「…………おつかれ」
覇気のない声、いつも以上に血の気がない顔。この時ばかりは青葉も、何も言わずに心配そうな視線を向ける。朝早くてバスがないからって珍しく自転車で下って来た羽代と青葉。家は駅からは結構近いから、もちろん自転車だった俺。夕焼け空の下記憶にある限り初めて一年生三人での帰り道。なのに、無言。ひたすらに無言。
「どうした、羽代……?なんかすげえ暗いけど」
「ハ、ハハ……………………、そう見える……?」
駅から数えて三つ目の信号待ちで思い切って問いかけてみれば、ちょうど青になった信号をちらりと見て自転車を転がしながらしょんぼり歩きだした羽代。力ない笑い声の後またしばらく無言の時間が流れ、渡りきったあたりでようやくポツポツと今日のことを話し始めた。




