複雑怪奇兄弟関係
前話から正しくは小夜川視点です。
「あ~…………、なんか、ごめん。………………これ、めっちゃデジャヴだね」
力なく笑う天野さん。弱ってる人になおさら気を遣わせてどうする。だからって俺はそんなに気が利く方じゃないから、皆みたいに上手くできない。なのでこうなればヤケクソだ。
「あ、あの、俺何かできることありますか?」
思い切って直球で聞いてみる。
「ん~………………。じゃあさ、今更アホらしくて幹人とひなたには絶対言えない俺と兄貴のこと、いまから勝手にひとりごとするからそこ座っててくれる?」
そうどこか自嘲するような笑みを浮かべた天野さんの過去は、俺が全く想像もしていないものだった。
***
俺ね、親の仕事関係でちっちゃい頃から引っ越しを繰り返してたの。
小学校も何回変わったか忘れちゃった。よそ者だからって嫌がらせされることもしょっちゅうだったけど、兄貴がいつも泣かされた俺を助けてくれてた。まあ、高学年になるにつれて自分で上手いこと対処出来るようにはなってったけどさ。
バドミントン始めたのはさ、三年生の頃東京に引っ越して、隣に住んでた兄貴の同級生に誘われたのがきっかけだったんだよね。正確に言うと誘われたのは兄貴だけなんだけどさ。その頃はまだ俺、同級生に上手くなじめなくて兄貴について回ってばっかだったから、このままじゃ学校休みの日も遊び相手が居なくなっちゃう、一人になっちゃうって焦ってさ。それで兄貴も行くなら俺も~って母さんに半泣きでお願いしたの今でも覚えてる。そんでクラブチームに入ったんだ。それまでも誘われてスポーツ教室に行ったことは何度もあったんだけど、兄貴はともかく俺は団体競技になじめなくてさ。どうせ直ぐ転校するしって思いもあったから、野球もサッカーも、バスケも、短くて一日、長くたって一ヶ月もせずに行かなくなった。兄貴はどれも転校するまで続けてたけどね。だけどバドミントンやってみて、どうせこれも長続きしないだろうって思ってたのに。個人競技だし室内だし、シャトルを打つ音もなんか好きだし、なんか楽しいかも、続けてみようかなって、初めて思った。チームの雰囲気も良くてさ。東京の中でも一回転校したんだけどそれでも続けたくて、土日は電車で体育館に通ってた。
そんで、ちょうど兄貴が中学上がる頃だったかな?母さんが群馬で働くことになって、もう異動することもないだろうから家もそっちで買おうって話になったんだけどさ。いつもだったら「はいはいわかりました」で特に何の感傷もなく荷造り始めちゃうんだけど、そのときだけはそれ聞いて嫌だって思った。俺はせめて小学校の間はそこでバドミントンしたかった。兄貴は区切りよく引退して気持ちよく群馬に行けるだろうけど、俺にはあと一年あったから。親父も群馬に行く許可出てたけど仕事の関係であと三、四年は東京近辺って話だったから、最初は単身赴任になる予定だった。だけどわがまま言って俺もそっちに残らせてもらうことにしたんだ。こんなわがまま言うのはこれが初めてだったから、母さんも親父もめっちゃびっくりしてたけど最終的には許可してくれた。でも、兄貴はそれが気に入らなかったみたいでさ。
そりゃさ、俺も兄貴と全国目指せたら楽しいだろうって思ってはいたけど。でも生まれて初めてここに居たいと思えた場所に自分の意思で残って、もう少しだけ頑張りたいって、それ以上に思っちゃったから。そしたら、もう一緒にバドミントンしないのか、新しい環境で母さん大変になるのに支える気はないのか、一人じゃ何も出来ないだろう、自分勝手すぎる、他にも散々言われて初めて掴み合いの喧嘩になってさ。それまでは俺が勝手に突っかかって勝手に負けてって流れが九割だったから、兄貴も相当俺の選択が気に入らなかったんだろうな。
それでそっから何かにかけて兄貴が俺の神経逆なでするようなこと言ってくるようになってさ。今になってみれば、家族なんだから母さんを支えないとっていう兄貴の気持ちもわかるけどさ、でも俺兄貴と違ってそんな大人なわけでも周囲の空気を読めるわけでもないから自分のことで精一杯だった。今もそう。俺は兄貴みたいに「良い子ちゃん」じゃないから。
そんで別々で暮らしてた間はもちろんほぼ連絡取らないし、会ったって口も聞かない位になってた。たまーに大会とか練習会で会うことあっても兄貴にコテンパンにされるだけだったし、この頃は自分で続けたいって思ったはずのバドミントンがちょっと嫌になったりもした。
高校に上がるタイミングで俺と親父も群馬に行くってなった時はもう兄貴とバドミントンしたいって気持ちなんかなくて、むしろ絶対高校生のうちにあいつを倒してやろうって思うようになった。んで、正直雨間以外なら最悪練習できりゃどこだっていいと思ってたから、色々見に行って考えはしたけど一番雰囲気的にめんどくさくなさそうな晴風にした。正直三強みたいな有名どころ行くのが上達の近道なんじゃないかって思いはしたけど、あの統率の取れた感じっていうか、一丸となるって感じっていうか?それがあんま好きじゃなくて。上手くなりたいのはホントだったけどそこに飛び込む勇気は出なかった。
家ではできる限り兄貴と顔合わせないようにしてたし、合わせたとしてもこっちから話すことは一切なかった。両親も、ここまで拗れたからもう手の施しようがないからって諦めもあるだろうけど、何も言わないでくれてるし。運良く兄貴がシングルス中心で出てたこともあって今まで試合で当たったこともなかったから、ここまで隠してこれたんだろうね。それがラッキーかアンラッキーかはわかんないけど。
でもいざ入ったら入ったで晴風も入部早々色々あったし、同級生には元全国三位がいるし?上には上がいるって思い知って、な~んか俺なんかが頑張っても結局上手くいくはずないかもな~なんて、必死こいてやれない自分に言い訳してた。全国いけたらきっと楽しいだろうし兄貴も見返せるだろうけど、でも自分がそれを成し遂げるイメージがわくかっていうと、まったくだった。でもさ、最近は兄貴のこと抜きにして、あの頃、東京に残るって決めた頃みたいに純粋に上手くなりたい、勝ちたいって思える瞬間も増えてさ、良い感じかもしれないって思ってた。
思ってた、んだけどさ………………。
***
「っとにあの野郎、最悪のタイミングで出てきやがって…………!」
頭を抱え髪をぐしゃぐしゃにかき回す天野さん。さっきよりも少し、すっきりした顔をしている。
「ま、とっ散らかっちゃったけど、そんな感じ。あの時東京に残ったこと俺は後悔してないから、それを勝手に間違いだって判断されるのは兄貴だろうと誰だろうと認めない。でもさ、結局今まで上手いこと求められてる振る舞いして、自分が傷つかないように守ってた。バドミントンだって勝っても負けても程よく喜んで悔しがって……。ホントは飛び跳ねるほど嬉しいし眠れなくなるほど悔しいのにね。必死こいてやってない、本気出してないって変なアピールなんて一番かっこ悪いのに、わかっててもやめられなかったんだからお馬鹿だよ」
「でも花光さんは口数少ないし、松下さんはたまに端的すぎて言葉が足りなかったり突っ走っちゃうって自分でも言ってたし……、あー、天野さんがそうやって周り見て足りないとこフォローしてくれるから、チームとしてバランス良いんじゃないかって思います。必死とか必死じゃないとか俺は良くわかんないっすけど、感情とか全部態度に出すだけが正解じゃないとは思うし。うーん……、なんてーか、その、ほら、羽代だって真剣なのは見ててわかるけど、試合中静かで松下さんと同じ気合いというか勢い?感じないし、そういうのって正解一つじゃないんじゃないですか?少なくとも俺はこのチーム皆バドミントンを真剣に楽しんでるなって見学来た時思ったし、じゃなきゃ新入生ほとんど逃げ出したランニングやフットワーク毎日なんて続けられるはずないでしょ。天野さんは天野さんの精一杯を、きっと今日までやってきたんじゃない、ですか?」
花光さんほど無口じゃないけど、俺も普段そんな話す方じゃない。そんな俺が珍しくまとまった文章を返したからか、天野さんは目を丸くしている。
「やー、あは、は。まいったな……」
不意に背を向けた天野さんは、「あー」とか「んー」とか何か言いかけてはやめるを繰り返している。
「………………とりあえず、俺の独り言終わり。休憩時間いつまでだっけ?俺もご飯食べちゃわなくっちゃ!」
「休……憩時間……」
そうだ、すっかり忘れていた。今はわずかな休憩時間。と、いうことは……。恐る恐るポケットから取り出した携帯の画面には、絶望的な数字が浮かんでいた。
「あと……三、分……」
やばい。おにぎりまだ一個しか、食べて、いない。
「お、お先に失礼します!!」
「んー。俺はここまできたらもうちょっとゆっくりしてこーっと」
そうと決まれば回れ右、すっかりぬるくなったお茶をバトンのように掴み猛ダッシュした。後ろから微かに鼻を啜る音が聞こえたけど、天野さん花粉症なのか?




