いざ会場へ
「はぁ~!この前の大会とか合宿ほど朝は早くないけどさ、眠いし日差しまぶし~!」
「やっぱりか~!集合したときから眠そうだと思ってた。俺は逆に合同練習会めっちゃ楽しみでいつもより早く起きちゃったぞ」
南先輩ほどじゃないけど、俺もそんなに朝は強くない。一番後ろを歩きながらぼそっと言ったのにそれをしっかり振り返って拾う幹人は朝から元気だ。
「それにさ、昨日インハイ予選の組み合わせ出たじゃん?今日は戦う予定の学校とも会えるだろうしさ、そう思うと余計燃えるし楽しみ!」
「ひゃ~、流石幹人。俺は一番厳しい山に入っちゃったと思ってるんだけど?」
「正直天野先輩と同じ意見です……」
「なんだ、涼も羽代も弱気だな。どうせ三強だろうと他の強いとこだろうと、全部倒して一位になんないと全国には行けないんだから一緒じゃね?」
うわ、かっこいー。俺は絶対そんなこと言えない。斜め前では羽代が俺の気持ちを代弁するように「かっこいい……」と呟いている。実際のところ俺は毎日の練習ですら皆に負けたくない、置いて行かれないようにって思って精一杯で、家に帰ったらベットに倒れ込んで、先のことなんてほとんど考える余裕もない日々を過ごしている。
「昨日も言ったけど、ボクは松下に同意かな」
歩く速度を緩めて俺の隣に並んだ南先輩は、珍しく朝なのに呂律が回っている。
そう。昨日部室で見た組み合わせに対してあまり動じていなかったのが他でもない幹人と南先輩、そしてまだ県内の力関係について疎い青葉だった。
組み合わせの発表は遡ること半日ちょっと前のことだった。
金曜日というちょっと嬉しい響きに心を躍らせる反面、明日が練習会だと思うと俺の心は少しブルー。複雑な心境ながらやっとこさ朝から夕までの授業を終えた放課後は平日の貴重な練習時間であり、各自制服から着替えた後はいつもならすぐ体育館に向かう。だけど珍しく昼休み幹人が教室に来て、「着替えたらそのまま待ってろって南先輩が言ってた!」とクラス中に聞こえる声でお知らせしていったから全員揃って待機中なのだ。明日は練習会だからきっと練習は早めに切り上げて解散になるだろうから、尚更一分一秒が惜しいんだけどな……。ミーティングもこの前やったばかりだしどうしたんだろ?そう頭に疑問を浮かべていれば、心なしかいつもより勢い良く部室の戸を開けてすでにジャージ姿の南先輩が入って来た。
「遅くなってごめんね!インターハイ予選の組み合わせ出たみたいで、先生からもらってきたよ」
あ、そっか。そういえばそろそろだったっけ。去年入賞どころか団体戦すら出てない時点で、シードに入ることは絶対ない。しっかり初戦から戦わなければならないし、優勝できなければ二位だろうが三位だろうがそこで今年の夏は終わる。さて、晴風の運命やいかに。
早速先輩の周りに集まる面々に混じって、畳に置かれたトーナメント表をのぞき込んだ。厳しい戦いは承知の上、そう、承知の上だったんだけど…………。
「あ~……これは…………流石に……」
「ありゃ?こりゃ優勝すんには三強全部倒さなきゃじゃん!」
そう。幹人の言う通り、四角のうち三箇所はしっかりばっちり去年も一、二、三フィニッシュだった赤檜学園、榛屋工業高校、妙里南高校が鎮座している。そして残る一か所の角。ここは最近も毎年入れ替わっているから絶対ここって感じの所がない。つまりかなり団子状態。今年は去年ベスト四に食い込んだ北前崎高校が名を連ねているものの、実力が近い学校もおおくてどこが入ってもおかしくなかった。正直この北前崎がいるブロックに入れれば一番準々決勝あたりまで勝ち抜けることができる確率が高かった。しかし残念ながら俺らの名前があるのは妙里南が待ち受けるブロック。さらに雷山や雨間を筆頭に県内でも中堅以上といえるような学校が揃っている上に、宮郷さんを中心にメキメキ成長し続けている白間川学園もいる。今現在それぞれの学校がどんな状況かはわかんないけど、前評判だけで考えるならどのブロックよりも実力が拮抗しているんじゃないか。これ、所謂「死の組」だ。
そこを勝ち抜いて、まず間違いなく上がってくるであろう妙里南に勝ちブロックを抜けて、こちらもほぼ確実に勝ち上がってくるであろう榛屋工業高校を押しのけ、そして九割九分決勝で待ち受けているであろう赤檜学園を打倒してようやくインターハイ本戦へ参加する切符をつかむことができるのだ。
「これ、一番やなとこになっちゃったね。先生、クジ運悪いのかな」
眼鏡をカチャカチャさせながら小刻みに頬を引きつらせる長山先生の顔が頭をよぎる。俺の疑問に対してひなたは特に言葉を発することはなく、ただただ苦笑いだった。だよな、このトーナメント表は考え得る限り一番よろしくないパターンを引き当てたといっても過言ではないって!羽代は眉間にしわを寄せているし、小夜川はノートを手に取ってみたり、今はないはずの眼鏡をエアーでカチャカチャしてみたりと落ち着きがない。かたや南先輩はいつも通りの笑顔だし、青葉は多分今置かれた状況がわかってないみたいで、「こんなに学校あるんですね~!バスケと結構いい勝負かも」なんて相変わらず呑気にトーナメント表を眺めている。そして幹人。幹人は……
「どーせ一位になんなきゃインターハイ出られないんだしどこに入ろうが一緒だろ!インターハイに出れば祭千以外にも強い奴らゴロゴロいるんだろうしさ。ここでビビってたってしょーがないんじゃね?」
わかっていたけど全く気落ちした様子はなく、それどころか鼻息荒く心なしか目もいつも以上にやる気に満ち溢れている。やめて、これ以上幹人にやる気を加えたらただでさえ風通しの悪い第二体育館がサウナになっちゃう!なんて茶化す気も起きず、逆に想像通りの反応にちょっと安心したのも事実。まあそりゃ全部勝てば解決なんだけどさ、それを口に出すのは一般人にとってはなかなかハードル高いと思う。それをやっちゃうのが幹人の凄いとこなんだけど絶対まねできないし、できたとしてもそれ聞いた相手に一瞬「確かにそっか」なんて思わせるあんな謎の説得力俺には出せない。
「うん、今回は僕も幹人に同意かな。一年生が入ってきてからは県内の学校との試合ってほとんどやってなかったから戦うイメージしにくいのは当然だし、どこの学校だって夏に向けて仕上げてきてるだろうから前戦った時より確実に強くなってるとは思うよ。でも皆気づいてないかもだけどね、皆だってここ何ヶ月かで凄いレベルアップしてる。それこそ、県内どこの学校と試合したって後手に回ることなんてないと贔屓目無しにボクが思うくらいには。せっかく明日練習会あるんだし、是非自分たちでそれを確かめてみてよ」
ちょっと暗くなりかけた部室の空気が、幹人と南先輩によって軽くなるのがわかった。ほんと、南先輩って青葉とは違う方向で褒め上手。ただ、なあ…………。それを素直に受け取って、予選に向けてさあ頑張るぞと気持ちを持っていくことは俺にはできそうもないのだ。何故って?
十中八九雨間と当たるからです。ほんっと、噂をすればなんとやらで雨間は勿論雷山も同じ山。最悪もいいとこだ。心なしかトーナメント表を見た瞬間羽代の顔が引きつったのも気の所為じゃないはず。なんで俺が関わりたくないと思えば思うほどあっちが寄ってくるんだよ。
春風杯であった地田の件はそれとなく同級生の二人と南先輩には伝えてある。でも、雨間高校と確執がある事は誰にも伝えていない。というか、あんなこと恥ずかしいやらアホらしいやらでとても言えない。さらに明日の練習会が憂鬱になって、体育館へと進む足取りはいつもより物凄く重かった。
そこから悶々としたまま夜を過ごし、気づけば朝を迎えてしまって今に至る。
「僕も、そもそも全国王者の祭千相手に練習試合とはいえ戦い抜いたんだからあれ以上ってそうそうないだろうしって思っちゃいます!まあ、他の学校のこととか知らないし、僕は実際コートに立ったことなんてほとんどないからそんな風に考えちゃうのかもしれませんけど……」
振り返った青葉の言葉にも一理ある。今は個人のことよりもチームのことを考えた方がいいこともわかってる。それでもなんか、いろんな不安や心配がポンポン浮かんでは消えていくし、練習会が発表された頃からやっぱりずっと嫌な予感はするしで、少なくとも高校に上がってからは初めてラケットを持つのが嫌だった。
「おーし、到着!先生もうすぐ来るみたいだから、合流してから中入るぞ」
あーあ。練習会中止になって、このまま学校行って練習になればいいのにな。幹人のいつも以上に張りがある声とは対照的に、そんな絶対あり得ないことを考えてしまう程度には柄にもなく逃げ出したい気分だった。いつでも「明るく軽やか」を演じていたいのに、部活になった途端どうしてこんなにむずかしいんだろう。




