最終日:午前(合同練習)
「…………」
「………………」
「……………………」
おそらく人生で一番スムーズに眠りにつき、スッキリと目覚めた合宿最終日。爽やかな朝を迎えたにもかかわらず、班に分かれてのノック練習で僕のいるグループにはひたすら沈黙が流れていた。メンバーを紹介しよう。僕・囃子・小夜川・そして昨日「今日は早く帰れそー」って言ってた二人。以上!
なんで!どうして!晴風と祭千の他にも数校来てるのに!よりにもよってこんな固まり方したんでしょうか!思ったより僕らが粘ったからか、昨日の試合は長引いた。さらにその後レギュラーの皆さんは元気に自主練始めるから全然帰れなくて愚痴ばっかり言ってるのを休憩中の僕と舞宮さんに聞かれたのがさぞかし気まずかったんだろう。二人は一言も発さない。昨日の夜舞宮さんから聞いたけど、祭千は強豪だからスポーツ推薦で遠くから進学してくる人も多いらしく、現にレギュラーメンバーのほとんどは寮暮らしなんだって。だけど、推薦が来なければ一般入試を受けて合格して、どんなに遠くても通うことになる。だから彼らも、祭千に憧れて県外から通ってるみたい。一般で入ることができたとしても入部してレギュラーになるのは茨の道で、今の団体戦メンバーの中だって一般で入って通ってる人は一人しか居ないらしい。そりゃさ、試合に出られない側の気持ちも愚痴りたくなる気持ちも嫌というほどわかるけど、それを聞こえるように言っちゃうのはどうなのかしらと思うわけです。
そして小夜川、そう小夜川。数カ月前一緒に練習しててわかったことだけど、小夜川は色々と不器用だ。パワー特化のプレイスタイルしかり、人とのコミュニケーションしかり。幸いにも同学年に人懐っこい青葉、上級生もコミュニケーション能力高めな天野先輩や唯一最上級生のはずなのにめっちゃ話しかけやすい春の日差しのようなオーラをまとう南先輩を筆頭に、さすが校則も厳しく真面目な生徒が多いと評判の晴風高校って感じの面子が揃っている。そう、全体的にわりと穏やかで大らかなのだ。だからこそ、ちょっとぶっきらぼうでたまに言葉がきついところもある小夜川が、本人の努力ももちろんあるけれど春風杯以降の困難も乗り越えてより良い感じになじみ始めているんだろうな。だがしかし、ここは他校の選手もうじゃうじゃいる合同練習。身内で慣れてきたとはいえ、突然初対面の人と円滑にコミュニケーションを取るのは多分無理。ほら、今も囃子を見たりあの二人を見たり凄くキョロキョロソワソワしている。何かしなきゃと必死で考えているんだろうな。
そんなこと考えている自分も、あんまり積極的に話を振ったりとか皆の中心になったりしようとかは積極的に思うタイプではない。まあ、する人が居なければしょうがないからやるけどさ。それで今までの人生委員会の委員長やら授業の班での発表やらなんだかんだ色々やってきた。よっぽど嫌なことじゃないんなら、変に気まずくなるより自分でどうにかしちゃった方が手っ取り早い。そう思って今日も生きている。この徳の積みっぷり、きっとそのうち宝くじ大当たりするに違いない。と、いうわけでこのままギクシャク練習続けるわけにも行かないし、ちょっと頑張るか。そう思ってひとまず囃子に声をかけてみようとしたんだけど……。
「あ!あのさ、囃子、羽代に話したいことあるんじゃなかったか?」
さっきから挙動不審だった小夜川が突然声を発したのである。いや、ほんとに聞いたことない声した。最初の「あ」めっちゃ裏返ってたぞ。でも至って真剣な顔の小夜川にそんなツッコミを入れることはとてもできそうにない。そして囃子も、何やら覚悟を決めた様子で鼻息荒くこちらに向き直る。
「あ、あにょ、羽代、本当にごみゃん!」
えっと……、またもや聞いたことのない噛み方したぞ。早く帰りたい二人も目をまん丸にしている。
「俺、今までもいつも勝手に突っ走って勝手に爆発して……。去年関東大会で羽代と当たった頃も、今みたいに一人でから回って部内で浮いててさ。部長も任せてもらって、団体戦でも個人戦でも自分が勝率一番良いし結果出せてるから他の奴らを引っ張らないといけないって思ってた」
おお……、突然始まった囃子の身の上話。それもなんか深刻な感じの。なんだか声にも覇気がない。小夜川は特に驚いた様子もないから、昨日聞いていたのかもしれない。
「皆が俺に合わせればいいのになんで出来ないんだって本気で思ってた。だけどそれで、ついて行けないって見捨てられて団体戦はあっという間に負けた。個人戦は勝ち抜けたけど、同級生は知らないうちに皆先に引退して練習相手なんてしてくれなかったし、後輩たちも『関東や全国に行くような先輩委と自分たちじゃ次元が違うから』なんて言って付き合ってくれなかった。出来ないなら練習すれば良いだけなのにって言ってまた距離ができた」
お、おお…………、それはまた中々ワンマンプレーのオンパレードだ。さっきこちらをチラッと見た舞宮さんが休憩の号令をかけたのに、他のコートの人たちは皆軽く水分補給をしてからすぐ戻ってきている。そしてすぐに動き出すんだから、さすがモチベーションが違うな、なんて思った。どこのコートからもパンパカシャトルを打つ音が聞こえてくるのに、このコートだけ時間が止まっている。
「それでも自分が勝てればそれでいいって意地張って、そんな時ちょうど関東大会初戦で見たこともない選手と当たってさ。それが羽代だった。大抵関東大会まで行くと、結構盛大に応援とか来るだろ?でも全然チームメイトぽい人いなくて、なんか俺と同じだって思って勝手に嬉しかった。それに正直俺のが強いって試合してて思ったけど、羽代なんていうか点差開いても諦めずに淡々とそのラリーだけに集中しててすげー、怖えってびびった。目の前だけに集中して楽しむって以外とむずかしーから」
「う、うん……?」
ん?なんか遠回しにボッチって言われませんでしたか?それに弱いとも言ってませんでした?その後はなんか褒められてる気がするんだけどさ。
こちらが困惑しているのは気にもとめず。囃子はさらに続ける。
「なんてーかコートにいる間ずっとしゃんとしてて、何があってもいらついたりとか焦ったりとかしてないの見て、俺に足りないのってこれかもなって気がした。まあそんなすぐに直せるわけじゃないから、結局全国大会も同じこと繰り返したけどさ。個人戦だからそれでもどうにかなっちゃうし、そこで監督に見つけてもらって祭千へ来ることになったから、あの時の俺ができる精一杯をしたとは思うんだ。でもせっかく新しいチームに来たのに、おんなじこと繰り返してちゃだめだよな。結局思い込んで突っ走って羽代に迷惑かけて、ほんっとにごめん」
ん、んー?なんか、結構褒められてなる?所々絶妙に上から目線だからなんか癪に障るけど、本人至って真剣だし昨日の試合みててもめちゃくちゃ上手いのは確かだしな。それに、今思うと何というか囃子のプレイは嫌みがないっていうか、敵も味方も見てると自然とモチベーションが上がる。現に昨日小夜川は固くなることなくしっかり一〇〇パーセントのスマッシュを使って善戦していたし、一年前も無名な僕に対して決して手を抜いたり体力温存の消化試合にするようなことはしなかった。なんていうか誠実にバドミントンにも、相手にも向き合っているような感じがした。コート上でのスタイルとしては幹人先輩に近い。あくまで持論だけど、実力者にもタイプがあるんじゃないかってなんとなく思っている。囃子みたいに敵も味方もまとめて巻き込んで試合を盛り上げるタイプもいれば、舞宮さんのように相手のしたいことを徹底的にさせないようなタイプ、それにあまり出会ったことはないけれど、もうすべてのスケールが違うっていうか、完全に相手を圧倒するタイプ。このタイプが一番実力差がある試合では点差がつきやすいと思う。相手が萎縮したり諦めちゃうことが多いから。だから、囃子の言うようにあのとき僕が目の前のラリーに集中できてたのは確かなんだけど、もし囃子が圧倒的に押し切っていくようなタイプならこうはいかなかったと思う。今思うとだけど、ただ初めての関東大会でアドレナリン出まくっていたってわけでもなくて、対戦相手だった囃子に感化されてこっちもテンション上がったところは正直あったんだろうなって。そんな気がする。
あれこれ考えたものの、結局どう反応していいのかわからない。単純に褒められ慣れてないからっていうのもあるけどさ。昨日はあんなに一方的に自分の意見押しつけてきただったのに、囃子、今日は一体どうしたんだろう?もう一度頭を下げるとどこか所在なさげにこちらを見ているから、いい加減なにか言わないと。小夜川まで拳を握ってこっちを見てるし。なんか我が道を行ってるように見えて色々悩んだり苦しんだりしてるんだなっていうのがわかったし、そもそも寝て起きた時点で昨日のことはさして頭になかった。
「別に、いいよ。お互い怪我なかったわけだし」
「は、羽代ぉ!おまえやっぱ良い奴だな!」
「っ痛!」
こんな素直に謝れるんだから、やっぱ根は悪い奴じゃないんだろう。一方的に自分が気に入らないからってあることないこと言いふらしたり、ありとあらゆる嫌がらせを散々してきたどこかの誰かさんたちとは大違いだ。こんな面と向かって謝られるのなんてそうそうないから、ちょっとぶっきらぼうな返しになってしまった。なのに顔をくしゃくしゃにして囃子が笑うから、思わずつられて笑ってしまった。勢いよく叩かれた背中がめっちゃ痛かったけど。
「ごめんね」「いいよ」なんてそれこそ保育園ぶりで、なんか変な感じがした。




