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二日目:消灯前②

 人生で初めて胸ぐらを捕まれているのに、脳内では人ごとのように漫画みたいなこと起こっちゃったなんてのんきな感想がよぎるんだから、こういう時って一周回って案外冷静になっちゃうもんなのかもしれない。


「おーい!何してるのかな?」

「あ!」


 やけに長い時間が経ったような気がしたけど、多分実際は一瞬のことだったんだと思う。途中から囃子の声が大きかったからそれを聞きつけて誰か来てくれたみたいだ。声だけ聞くと柔らかくて優しげに感じるけれど、なぜか全く温度を感じない。こう、背筋が凍るというか。矛盾している気がするけれど、そうとしか表現が出来ないのだ。


 それは囃子も感じ取っているのか、今日見たどんなスマッシュよりも素早い動きで僕を掴んでいた手を引っ込めて青ざめている。首だけ振り返って見えた舞宮さん、顔は全く怒っているように見えないのにどうしてこんなに圧を感じるんだろう?


 なんかどっかでこの感じ見たことあるとおもったらあれだ。前小夜川と青葉が時間外にこっそり体育館で練習したのがバレて、大変お怒りだった南先輩に似てるんだ。南先輩も顔だけ見ると笑ってるのに、どうしてかヒシヒシと何やら重苦しいオーラを感じて関係のないこちらまで思わず背筋が伸びたのをよく覚えている。


「ま、舞宮さん…………」


 さっきまでの勢いは一体どうしたのか、囃子は金魚のように口をパクパクさせるばかりだ。


「ほらちゃんと説明してよ。今、何してたの?」

「や、あの、それは…………。その、去年注目してた奴が、いざ再会してみたらなんか前みたいにギラギラしてないっていうかハングリーさが足りないっていうか、その、思ってたのと違う感じになっててしっくりこなかったというか」

「何?それで?他人が自分の思い通りにならなかったからってあんな風に手を出したってわけ?」

「いや、その、殴ったりしたわけじゃないしそれはダメだって俺もわかってるから怪我なんてさせてないです」

「じゃあ何?怪我させなければよその学校の選手に自分の主張一方的に押しつけていいいと思ってるの?」

「それは…………ダメ、です」


 うっわあ…………。怖い。下手に怒鳴られるよりこういう風に淡々と問い詰められる方が個人的には怖い。ただでさえ勢いを失っていた囃子の声が、今のやりとりの中だけでさらに小さくなっていく。


「羽代君、本当にごめん。怪我はないかな?」


 思わず僕まで一歩後ずさっていると、くるりとこちらを振り返った舞宮さんが笑顔で首をかしげる。今まで目の前で繰り広げられていた謎に緊張感のある会話が見間違いかと思うくらい、昼間と同じ様子だ。


「びっくりしましたけど、大丈夫です!」

「そっか。それなら本当に、本当に良かった。もし後から何か違和感が出るようなことがあれば、すぐに教えて」

「いえっ!そんな!」

「こんなことされた後じゃ信じてもらえなくて当然だと思うんだけど、囃子も悪い奴じゃないんだ。ただ、ちょっと視野が狭くて思い込み激しいとこあって。見ての通り祭千(うち)で一年生のうちからレギュラー入ってるから実力は折り紙付きなんだけど、なんていうか色々直球すぎて人付き合いが下手くそなんだよね」


 舞宮さんは連絡先が書かれたノートの切れ端をこちらに差し出すと、すっかり魂の抜けた囃子をチラリと一瞥して苦笑する。


「上下関係とか礼儀とかはなんか凄くしっかりしてるから先輩後輩として接している分には基本問題はないんだけど……。レギュラー故に他の一年生たちは別で動くことも多いから関わる機会も少なくて、未だに自分と同じ立場の人との関わり方がどうにもうまく出来ないままなんだ。それに一人で突っ走っちゃうことも多くてね。団体戦のメンバーになった以上チームで戦ってるって意識を持ってもらえたら良いんだけど」


 なんだか強豪校も色々大変なんだな、なんて話を聞きながら思っていれば、ベンチに座り込んでいる囃子に近づいてくる人影がある。あれ?見覚えがあると思ったら小夜川だ。顔を上げない囃子に一言二言声をかけると、舞宮さんと何やら小声で話し一礼してそのまま建物の方へと連れだっていく。確かに今日第一シングルスで囃子と小夜川戦っていたけど、いつの間に仲良くなったんだろう?


 手持ち無沙汰でちょっとぼんやりしていた僕に、また舞宮さんが体を向ける。


「バドミントンが好きだからこそっていうのはわかるから頭ごなしに彼のこと否定したくはないんだけど、バドミントンって一人で出来るものじゃないからさ。何も無理して他人と距離を詰める必要はないし、それぞれが一番良い距離感で関わり合うことが出来ればいいんだろうけど、どうにも囃子はまだそれも手探りな状態なんだろうね。人間って誰でも得意不得意あるし、十数年生きてきた中で築いた価値観とかってそう簡単に変わるものじゃないから難しいんだと思う。いざ試合とか練習になると実力はもちろん体格も一年生離れしてるし、なんか声大きいからあいつがコートにいるだけでなんか盛り上がる。選手として魅力ある奴なのは確かなんだけど、そういう目立つ存在、周りから「特別」って言われ続けてきた存在って、きっと自分にはわからない苦悩があるんだなって囃子見てると思うんだ」


 確かに、松下先輩とかとんでもパワーを持つ小夜川もそうだけど、上手な人や何かしらがずば抜けている人って僕にはうらやましく思えてしまう一方で、きっと僕にはわからない苦労があるんだろうなっていうのはなんとなく一緒に練習してるとわかる気がする。僕から見たら舞宮さんだって全国優勝の経験もあって強豪校の部長で、「特別な人」にカテゴライズされているけれど、本人にとっては違うのだろうか。


「っと、そっかもう消灯の時間になるね。結局囃子の話ばっかりになっちゃってごめん。もしまた機会があったらでいいから、嫌じゃなければ声かけてやって。あれでも羽代君のこととか小夜川君のこととか、凄い面白い同級生がいたってさっきまでも嬉しそうに話してたからさ。それじゃ、今日は解散にしよう」


 腕時計をみて驚く舞宮さん。思わず僕も携帯を見れば、やばい!いつの間にか消灯十分前だ。急がないと怒られちゃう。先を行く背中を見つつ、見た目だけなら何というか松下先輩とか白間川の宮郷さんみたいな圧は感じないんだけどな。なんて思う。なのに流石全国優勝を成し遂げた部を率いる部長というべきか、ちょっとした振る舞いとかになんか凄く雰囲気あるんだよな。


 今日の様子だけ見ていても、試合や練習の時とそれ以外の時とでチームメイトへの接し方も意図して変えているんだろうなっていうのがわかった。オンオフの切り替えが上手いっていうのかな。表面上は柔らかそうに見えるからこそ、さっき囃子を止めた時のあの感じとかはびっくりしたな。


 結局舞宮さんは今日の試合のこととか、普段の練習のこととか、色んなことを話しながら僕が寝泊まりする部屋の前まで送ってくれた。正直試合が終わって荷物を置きに来た時も、お風呂の行き帰りも、食堂に行くときだって半分寝ながら他の人について行っていたから全く記憶がなくて一人で帰れる自信は皆無。助かった。怒られずにすんだ。


 高校一年生にして建物の中で迷子になるという恥ずかしい事態も回避できて一安心。今日初対面の年上の人と一対一でどうしたら良いんだろうなんて普段の僕なら絶対に困り果てていたはずなのに、強豪を率いる部長の話術恐るべし。


 僕が戻った時にはあの(・・)松下先輩も含め全員夢の世界へと旅立つ一歩手前だったから連れ去られたことについては特に追求されず、力の抜けた「おかえり~」だけが聞こえた。なんだか目がさえちゃったと思っていたのに結局布団に入ったらあっという間に僕のまぶたもぴったり閉じる。運動後の布団も恐るべし。


50話中心に少し修正を行いました。全体の流れは変わりません。

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