二日目:消灯前①
練習試合が終わって、自主練をする人、入浴を済ませてしまう人と各々好きなように過ごし、お楽しみの食事を済ませていよいよ至福の睡眠……と思われたのに、残念ながらそれはかなわぬ夢でした。
なぜ僕?松下先輩は元気に夕食直前まで自主練し、入浴後にも動き足りないと走り出しそうになるのを花光先輩に止められていたし、珍しくその自主練には普段止める側の天野先輩も最後まで付き合っていた。青葉も祭千のコーチに色々教えてもらって元気に飛び回っていたし、小夜川も試合相手だった囃子と何やら話が弾んでいた。
そう、僕以外に元気な晴風バドミントン部はいたのに!どうして夢の世界へ片足突っ込んだあたりで、絶対近所迷惑な大声によって現実に呼び戻されなきゃいけないんですか!
布団をかぶり皆に挨拶を済ませ、消灯一時間前にせっかく眠れそうだったのに!!!それを邪魔したのは、練習試合前僕に話しかけてきたオールバックの人……。そう、一年生にして超強豪祭千高校の団体戦メンバー入りを果たしているスーパールーキー、囃子はなび君である。ちょっと失礼かもしれないが名前の通り大変賑やかな彼は、失礼しますと言い切る前に晴風高校に割り当てられた部屋のドアを開け放ったかと思うと、一番奥までずんずん突き進んで僕の布団を引っぺがしてちょっと借りますとこれまた言い切る前に僕を引きずり出したのである。
こちらは祭千の合宿所を間借りしている身だから全然土地勘ないし、あっちの角を曲がりそっちの角を曲がりしているうちに気がつけば中庭のような場所にたどり着いていた。明かりは自販機の光だけで、薄暗い。ほんっとになんなんだ?まさか……、カツアゲ?!はさすがにないか。そんなこと強豪校のレギュラーメンバーがした日には、一躍明日の全国ニュースを飾ることになってしまうはず。ベンチの前で立ち止まった囃子君は、口をへの字に曲げて黙り込んでいる。このままじゃ消灯までに部屋に戻れなくなりそうだから、思い切ってここはこちらから話を振ってみよう。
「あの……。急に、どうしたの?」
「………………」
「あ、あの……?」
最初の呼びかけには無反応で、声をかけた手前こちらも引き下がれないからもう一度チェレンジする。
「…………か」
「ん……?」
なんか口元が動いてるのはわかったけど、聞き取れなかった。昼間の様子を見るに、松下先輩と同じで賑やかなタイプの人だと思ってたけど。
「だから!どうしてもっとシングルスに力を入れないんだ!」
「……へ?!」
なに?どういうこと!?や、確かに今日はダブルスでヘロヘロになってシングルスやる頃には体力ゼロどころかマイナスだったけどさ。それでもそのとき出来る全力は出したつもりだ。ちょっともう少し詳しく教えてもらわないとちょっと理解が及ばない。
「は……?」
疑問をぶつけようとしたはずなのに、口から飛び出したのは一文字だけ。自分で思ってるよりびっくりしていたらしい。本当にどういうことだ?首をかしげる僕にしびれを切らしたのか、囃子がまた口を開く。
「去年の関東大会、お前との試合試合ワクワクした。全然見たことない奴だからまぐれで県大会突破してきたのかと思ったから、正直消化試合のつもりで余裕だと思ってたんだ。一回戦実質パスだなって。けどでかい会場でも全然固くなってなかったし、こっちの応援団の圧に呑まれるようなこともなかったから、こんな選手のいたのかって素直に驚いた。それに、点差が開こうが次を取れなきゃ負けが決まるラリーだろうがなんか楽しそうにバドミントンしてたから、スゲーって思った。なのに、なのに……、どうして!どうして!去年と全然変わってないんだよ!」
「は?」
思わず本日何度目かの「は?」が出た。
「ダブルスは舞宮さんも認めてるくらいだし悪くはなかったんだろう。でも、シングルスは?終盤足止まってるし、劣化してるんじゃないか。お前、シングルス専門でやれば絶対もっと強くなれるのに」
何だこの失礼な奴は?!は?は?はぁー?
おそらく向こう一か月分の「は」を使い切ったような気がする。ただこういう時反射で言い返せない自分がもどかしい。コートの上くらいのスピード感を身につけたいものだ。
一呼吸どころかたっぷり三呼吸ほどおいて、ようやく頭の中をまとめ終わり口を開く。
「あのさ、そもそも僕シングルス一本でやっていきたいなんて一度でも言った?そりゃね、自分のことだけ考えりゃいいんならシングルスだろうとダブルスだろうとどっちか一本に集中した方が勝てるとは思うよ。でもさ、今僕はチームで、晴風で勝ちたいと思ってる。それを無視して勝手に期待されて勝手に怒られるなんて御免だよ」
これ以上言うと今度は僕が相手を傷つけることになるかもしれないから、どうにか踏みとどまる。そりゃね、正直祭千ほどの強豪なら優秀な選手はいくらだっているだろう。自分のやりたいことを貫いたって、いくらでも人はいるんだから何ら問題はない。でもいまの晴風は、全員がチームで勝つためにそれぞれの最前線で戦っているのだ。一人一人が絶対に替えの利かない戦力であり、誰か一人でも欠けたら完成しないパズルのようなものだ。
「そもそも僕、中学の頃は色々あってできなかったけど本来集中してやりたかったのはダブルスだから。もちろんシングルスも頑張るし、出たくでも出られない人が居る中でどんな形でだってコートに立てるのは物凄くありがたいことだって、わかってるけど」
「だけどっ!」
それでも納得がいかないといった表情の囃子がこちらに詰め寄ってくる。や、これまずい気がする。こんなところで暴力は困る。僕がこんなところで欠けたら、晴風がインハイ予選まさかの不戦敗になりかねない。白間川とも、お互い頑張ろう。公式戦で試合しようって約束したばっかりなのに。
こちらに伸ばされる手が、やけにスローモーションだった。
羽代、ピンチ。




