二日目:午後その3(ジャイアントキリング?)
ここまでずっとラリーに絡んでこなかった薄茶色の髪の人が、ふわっと動いた。うわっ……上半身全くぶれないじゃん。そんなこと思っている間にも、シャトルはラケットに吸い込まれていく。ああ、悔しいほど簡単に取られた。
これは決まった!と正直確信してたんだけど、残念ながら現実はそんなに甘くないみたい。それに残念ながらシャトルはきれいに頭上を越えていくから、一度僕のターンは終了っぽい。当初の目標である薄茶色さんに打たせることと、相手を下がらせて松下先輩にもラリーに参加してもらうことも達成したんだけど、なんか負けた気がする。
絶好のチャンスで決め切れなかったことはものすごく悔いが残るけれど、まだ試合どころか最初のラリーすら終わっていないから切り替えないと。
「お願いします!」
「よっしゃ」
僕らの方から見て右手側。ってことは松下先輩のフォア側だから、何を打つにせよ、どこを狙うにせよ、多分やりやすいんじゃないかな。バック側へ低めの球をカウンターで返されてたら正直苦しかったから、最悪の事態は避けられたと思いたい。
トップアンドバックで見た目上攻めの展開を続けられたとしても僕が後衛に回る形になったら相手の良いように振り回されて終わってしまうし、守りの陣形サイドバイサイドで僕と松下先輩が横並びになれば、当然相手は僕を全力で狙ってくるだろう。とどのつまり、僕が集中砲火されずに渡り合うには、僕が前、松下先輩が後ろのトップアンドバックをなんとかして保つしかない。
当然相手だってそれをさせないように狙ってくることはわかっているから、考えないといけないことがたくさんだ。間違いなく相手は僕よりもずっと上手い。だから普通にぶつかっても全く通用しない。今も、松下先輩が打ち込んだスマッシュを高く返されて、もう一度先輩がスマッシュ。今度は少しドライブ気味に返ってきたから先輩がネット前に落とすと、また高くロブ。
多分これ、僕が自分からラリーには入るタイミングを失ったところで不意に速い球とかで狙ってきそうな気がする。予想外にラリーが長引いている時、僕だったらそうする。
どんなに速い球や強い球でも、わかっていればやりようはある、はず。ほんの一瞬こちらに視線を感じたところで、思い切ってみることにした。僕の左手側一点読みで気づかれない程度に重心を移すと、よっしゃ本当に来た!
ここ何球か様子を見て、松下先輩を崩すのはやはり難しいと判断したんだろう。ちょっとびっくりだけど、きちんと僕の「読み」が通用している。
こうやって試合が始まるまでは全国なんて雲の上のまた上のような気がしていて、そもそも試合になるのか?ラリーができるのか?なんてマイナスな考えか頭に浮かんでは消えていた。実際バドミントンを始めた頃は、自分よりも長くやっている子にほとんど点も取れず完膚なきまでに打ちのめされたことも一度や二度じゃない。
どうせ負けるならやりたくないな、なんて思っていた時期もあったっけ。でもいつからだったか、どんなに不安なことや嫌なことがあったとしても、目の前の試合に集中できるようになった。なんか認めるのは癪だけど、中学のあれやこれやによるところが大きいかもしれない。そうだ。相手も同じ高校生。大人でも、怪物でも、未知の生命体でもない。コートの広さも、ルールも、いつもと何も変わらない。
当たり前のことだけど、案外それを忘れちゃったりするから不思議だよね。
正直僕を狙ってくる一点読みで動き出していたから、これで違うことされていたらすごく間抜けな感じになるところだった。速い球を打つということは、相手の反応が速ければ自分が強烈なカウンターをくらいかねないということだ。自分のスピードがそれ以上になって返ってくるなんて、かなり怖い。
でも、相手からしたら僕はまず負けるはずのない格下。まさか返ってくるなんて思ってないんじゃないかな?三度目、じゃなくて二度目の正直だけど今度こそ僕の考えはドンピシャで、ネット越しでも相手二人が目を見開いているのがわかった。
コンッ!
シャトルが落ちる音が、やけに大きく聞こえた。他のコートの応援をしていたはずの祭千部員まで、揃って視線がこちらに向いている。見られすぎて穴でも開きそうだ。
「ワ、ワン……ラブ……」
あっけに取られた審判がコールをするまでの間も本当は十数秒のことだったんだろうけど、広い体育館がまるで誰もいない森のようにあまりに静かになるからずいぶん長い時間が経った気がした。




