合宿前夜
「それで、とりあえず明日からの合宿のスケジュールだけ最後もっかい確認してもいいすか?」
「そうだね。ボクと松下がちゃんと把握しておいた方が動き取りやすいし」
いよいよ明日が待ちに待った合宿。合宿場を使えるし県外への遠征までできる。本当あちこち駆け回ってくれた先生に感謝しかない。こんなの一体いつぶりだろう。
一日目 午前 基礎トレ&ノック等 コーチ来てくれる
午後 合同練習
二日目 午前 移動(埼玉)→アップ
午後 試合→移動(宿)
三日目 午前 合同練習
午後 移動→解散(晴風)
改めて見ると、一日目からずっとコーチもいてくれるなんて本当に贅沢。
「いや〜インハイ予選もうエントリー出してたし小夜川が試合するの辛いなら青葉に出てもらうしかなくなると思ってましたけど、まさか短期間でこんなに変わるとは思いませんでした」
「そうだね。彼の場合技術以上に気持ちの面での問題が大きいように見えたから、ちょっとのきっかけで劇的に変わる可能性は元々あったんだと思う。けど、確かにそれを掴めなきゃ長くなってたかもね。本人がすごく前向きに練習してくれたし、前までの眼鏡かけて真面目なフリしてた頃よりずっと周囲とコミュニケーション取るようになった。なんだか随分変わった、っていうか本当の小夜川が見えてきたね」
メガネをとって、どこか機械的だった応答はなくなって。スマッシュはまだ試合中に勢い余ってアウトになることはあるけれど、これまでの様子を見ればたまのアウトで済んでいることがとんでもない成長。
まだ課題はあるものの、十分明日からの合宿で実戦投入できるレベル。むしろ、バンバン使って本番にもっと武器として使えるようになってくれたらうれしい。
幸いにも合宿中の練習相手はほぼ県外。このまま行けば、予選では晴風最高の隠し玉になる。正直あのスマッシュはわかってても対応するのはなかなか難しいし、この前の春風杯もなんだかんだ他のみんなも目立ったからわざわざ小夜川を警戒する学校はいないはず。そもそも松下はともかくチームとしての「晴風」を警戒するところなんてちょっと悔しいけどそうはいない。
でもだからこそ、小夜川は特にうちなんか眼中にない上位の学校の足元を掬う鍵になる。
羽代も本人が心配してた通りブランクはあれど、正直県内なら割と通用しそうだし何よりあの「読み」の速さ。さらに磨けばそれこそ誰が相手だろうと渡り合えるようになるかもしれない。
そしてもう一人の一年生青葉。彼も、春風杯以降練習を重ねメキメキと上達している。だけど、いくら成長しているといっても、中学の三年間、あるいはもっとバドミントンをしてきた人に追いつくのは簡単なことじゃない。上に行けば行くほど経験者や実力者が増えて厳しい戦いになる。 今このチームで勝ちに行くならどうしたって青葉を試合には出せない。
だからといって青葉以外の五人でエントリーすると一人でも怪我や病気が出た時点で自動的に棄権することになってしまうから、メンバーとして名前は登録されている。今の青葉の立場を、人によっては都合の良い保険のような扱いだって思うだろう。
でも本人はチームのためにと頑張ってくれている。唯一の初心者がこの状況でも腐ることなくまっすぐ取り組んでくれる彼だからこそ、すごくいい雰囲気で練習できているのかも。
天野は春風杯終わってからなんだか一層気合いが入ってるみたいで最近は今まで以上に考えながらコートに立ってるのが外から見ていてもわかる。松下とはまた違った意味で、つい目を奪われるようなバドミントンをするんだよね。
花光は、言葉数こそ少ないけれど周りをよく見ていて、ボクだけじゃ間に合わない部分のフォローを進んでしてくれる。インターハイ予選に向けてコツコツと着実に練習を重ねているからこそ、天野とのダブルスでもどんな動きに立って柔軟に対応できるしシングルスでだって安定して力を発揮してくれる。
そして松下。松下が一番、今年インターハイに出て、勝つことにこだわってくれている。入部してきた頃のあれこれとかも、もしかしたら一番気にしてくれているのかもしれない。
シングルスは言わずもがな強いし、苦手なダブルスも、チームで勝つためにって本腰入れて練習を始めている。松下のダブルスなんて今まで考えたこともなかったから、どうなるのか全く想像がつかない。でもなんか、去年までだったら絶対できなかったようなことが次々実現していてワクワクするや。
「よっし、じゃあ合宿所の設備説明は一通り聞いてきたので、これでバッチリです。二日目は埼玉に泊まりなんて、すげえ楽しみ」
なんかすごく生き生きしている松下を見て、思わず少し笑ってしまった。
「それじゃ、明日も早いしそろそろ解散にしよっか。部室は閉めとくから早めに帰りな」
「や、俺やりますよ?」
「んーん。ちょっとだけやることあるから」
松下は声の大きさと明るさに目が行きがちだけど、実はすごく周りを見ていて気遣いができる。
「それじゃあ、お願いします。お疲れ様でした!」
「うん、お疲れ」
二年生ながら部長として一〇〇%、いや一二〇%の力を発揮してくれていて、ほんと頼りになる後輩だ。
でも、頼りきりじゃいけない。ボクはコートに立つことはできないけれど、それでも勝つためにできることをやると決めたから。ボクはボクのやり方で、晴風で勝つために全力を尽くさないと。
ペンを持つ手に思わず力が入る。
クタクタになった練習日誌をめくって、たどり着いた真っ白なページに今日気づいたこと、明日からの合宿でそれぞれにやってほしい練習、忘れないうちにとありったけ書いた。
今の晴風はもう個人個人じゃない。ちゃんと一つの「チーム」だ。それがどれだけ幸せなことか、よくわかる。
立つ権利すらなかった舞台に立つチャンスが生まれて、それに向かって一丸となり進める。ああ、明日からはきっともっと楽しくなるはず。早く朝が来てほしい。
部室の鍵を閉めて歩き出せば頬をなでる風はほんのりと暖かくて、もう夏は、高校最後の夏はすぐそこなんだと実感した。
祝 50話!
読んでくださる方がいるからこそ、ここまで続けることができています。本当にありがとうございます。




