時間!時間!ジカンガナイ!
繰り返しになりますが、こちらは全てフィクションです。
「よっし!それじゃあ南先輩が全員分春風杯のエントリー提出してくれたから、あとは練習あるのみだ!」
今日も今日とて、松下先輩の元気な声が部室に響く。
「ふふっ、この前も怒られたんだからほどほどにね。あと、練習始める前に一年生三人に伝えておかないといけないことがあるんだ」
それに続いたのは南先輩。
部室・全員集合・お話
この三つのワードが揃うと、ついこの間のはずなのに、なんだかすごく昔に感じる部室防衛戦の始まりを思い出す。今度は一体何だろう?
「みんなが入部してくれる前から二年生とは話し合って決めていたことなんだけど、5月にある県総体にはエントリーしていないんだ」
「え……?全国を目指してるのに大会に出ないんですか?春風杯よりもそっちに出た方がいいんじゃ?」
青葉君が驚くのも最もだ。全国を目指すのなら今回は勝つのが難しいとしても試合経験を積むために出た方が良いんじゃないのかな?
「なるほど。今年本気で全国を目指すんですね」
首をかしげる僕と青葉君の横で、小夜川君は納得した様子だ。
「ごめん。言葉が足りなかったね。もう少し詳しく理由説明していこうか。まず一つ、春の県総体のエントリーはボクたちが部室を守っているうちにもう終わってます!学校内での風当たりも強いし、校長先生があの様子じゃ部室防衛戦の決着がつくまでは大会に出るのは難しい状況だった。次に二つ目!一年生が入ってくれるまでは、二年生の三人しか選手がいなかったでしょ?だからどうやったって、団体戦に出るには新入生頼りになっちゃうし、仮に勝ち進めたとしても春の県総体は関東大会までしかないから、そもそも全国まで行きようがないんだよね。それだったら、ただでさえ頭数が少なくて手数も限られてくる晴風は、ここで手の内を晒さずに夏のインターハイ予選に賭けたいって、そう思ってるんだ」
そっか。そう言われると腑に落ちる。小夜川君の言う通り、みんな本気で今年全国の頂点を取る気なんだ。
「もちろん、個人戦でだって全国は目指せるけど、ボクたちみんな全国常連だった頃の晴風にあこがれてここに来たんだ。だから、個人としてじゃなくて、学校として、チームとして勝って、もう一度晴風高校バドミントン部の名前を全国区にしたい」
そういうことなら、尚更気合を入れないといけない。半年以上ラケットを握っていなかった奴が全国を目指すなんて、絶対無理だと笑われてしまうかもしれないし、そもそも普通に考えて僕も無理だと思う。でもそれを現実にするために、本当に死ぬ気で練習をするしかないのだ。
「えっと、つまり……春の大会は勝ち進んでも全国がないから、今年全国を目指すには、夏のインターハイしかないってことであってますか?だとすると、僕らが目指すことになるインターハイ予選っていつ頃あるんですか?」
「そうだね。今年中に目指すなら、それしか手段はない。しかも実は、もうあまり時間が無いんだ。例年通りであれば6月の半ばには県予選があるね」
「えぇっ?!じゃ……じゃあ、あと二ヶ月あるかないかってことですか!?」
「うん。そうなるね」
青葉君、今日は驚きの連続で大変そうだ。でも、よくよく冷静に考えると晴風高校バドミントン部はとんでもなく無謀な挑戦をしようとしている。それでも、この人たちとなら根拠もないのに何故かできる気がしてくるのが不思議だ。
「まあ、俺たちだってこれまでもやれるだけの事はやってきたつもりだし、南先輩も含めて今いる全員で全国に行きたい。だから、やれること精一杯やろう。そのためにはまず、状況によってはコートに立ってもらう可能性がある青葉にも試合を経験してほしいから、春風杯に参加するんだよ!毎年県総体と時期が被るから、言い方悪いんだけど県内の高校で主力級の選手はほぼ出てこないと思っていい。しかもそうなると、こっちの手の内もライバルに知られる可能性も低いのに、試合経験も積めちゃうってわけ!」
「ジカンガナイ!」とあわあわしている青葉君を、ニコニコと落ち着かせる南先輩。その横で、天野先輩はスラスラと春風杯に出る理由を並べる。心なしか主力級が出てこないのあたりから少し悪い顔をしていた気がするが、多分気のせいじゃない。でも、そうやって聞いていくと、今後の動きとその訳にもすごく納得がいったし、先輩方の本気度がどんどん伝わってくる。
「よっし!じゃあ今後の方針が共有できたし、今度こそ練習始めよう!」
「……ひとまず廃部の危機も、部室の危機も去ったから……。青葉のシングルス練習を中心にしつつ、準備を進めよう」
あっという間に体育館へと走り出した松下先輩の話を、花光先輩が補足する。やっぱり先輩方、それぞれがお互いを補い合っていて、すごくコンビネーションが良いな。
「うわっ!松下二体のカギ持って行ってないじゃん!俺追いかけてくるんで、南先輩とひなたは一年生とジャグ用意お願いします!」
第二体育館へと急ぐ天野先輩の背中を眺めつつ、部室没収に続く危機が訪れなくて心底良かったと安心してしまう。
「とりあえず、僕はシングルスをできるようになることが目標なのかな?いよいよシャトル打ったりする?」
「あと一か月弱で試合ってことは、そうなると思う。青葉君、フットワークも素振りも凄く練習してるの見てたし、きっとできるよ」
目をキラキラ輝かせてブンブンと腕を振る青葉君。驚きの連続と、突然のタイムリミットの出現に委縮してしまっているんじゃないかと心配していたけれど、そんなことはなさそうだ。
「それじゃあ今日は、サーブの練習から始めてみようか。合わせて基礎打ちとかノックにも、できそうなものから随時参加してみよう。できる練習はボクが一対一で付くし、ボクで難しそうなことは他の人が一緒にやってくれるだろうから。ああ見えて松下は面倒見良いし、天野も凄く細かいところまで丁寧に教えてくれるだろうし、花光はできるまで根気よく付き合ってくれるよ。しかも、同級生の二人も頼もしい経験者だしね。だからわからない事とか心配な事があったら、誰にでもいいからすぐ声をかけてね」
「はい!ありがとうございます!僕、頑張ります!!」
思わぬタイミングで褒められて、花光先輩は耳を赤くしている。まだここ数週間の付き合いだけど、南先輩はこうやって褒めたり、細かな気遣いをしたりすることが凄く上手だ。中学時代の僕の、「捨て鉢・付け焼刃・マネージャー!」とはえらい違いである。これが本当のマネージャーか……と、変な感動を覚える自分がいて奇妙な気分になった。
「それじゃあ、ドリンクできたし体育館に行こうか」
口を動かしつつもしっかりと手を動かし、南先輩の号令で我らがホーム第二体育館へと向かう。
第二体育館といえば、部室防衛戦を経て少し変わったことがある。それは、ダンス部や新体操部など同じ場所で練習をすることの多い部活が、自分たちの練習スペースを少し譲ってくれるようになったことだ。元々女子バドミントン部は色々な面で協力してくれることも多かったけれど、それ以外の部活からそんな風に申し出てもらうことは初めてだった。自分たちだってできる限り広いスペースが欲しいはずなのに、みんな口々に、「この前の試合がかっこよかった」「いつも真剣に練習している姿を見て応援したくなった」って言ってくれて、堪らなく嬉しかった。少しずつ、晴風高校バドミントン部に追い風が吹き始めているのかもしれない。
いつもより少し軽い足取りで、僕は第二体育館の扉を開けた。
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次回は6月18日に投稿予定です。変更等ある場合はまたお知らせさせて頂きます。




