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なんだかんだと試合は進む

 18-16


 僕は自分の目に飛び込んできたスコアに、思わず目を疑った。他の二試合が2ゲーム目に進む中、まだ1ゲーム目の終盤。リードはしているものの、逆転されても全くおかしくない点差。

松下先輩と、天野先輩・花光先輩のペアが着実に勝利へと近づくなか、羽代・小夜川ペアはまだ完全に流れをつくりきれていないようだった。


 「やっぱり、二人とも緊張してるのかな?」

 「そうかもしれないね。二人とも経験者だけど、どうしたって中学で引退した後は続ける気があったとしてもスポーツ推薦でない限り受験とかでバドミントンからは少し遠ざかってしまうもの。先輩方と比べたら、もちろん試合だって久しぶりだろうしね」

「そっか。確かに僕も三月までは運動する機会自体減ってたなー」


 考えるよりもとにかく動きたいタイプの僕にとって、受験は大変強大な試練だった。


 「特に羽代君はバドミントン続ける気、無かったみたいだから。」

 「え……?」

 「ほら、羽代君県内からも県外からもいくつかスカウト来てたでしょ?私もクラスで話題になってるの聞いて、続けるならそのどこかに行くと思ってた。でも実際は、わざわざバドミントンのスポーツ推薦がない晴風(ここ)に来た。それってつまりそういうことなのかなって」

 「そっか。そうだよね……。僕もスカウト来てたのは聞いてたから、てっきり遠くの学校に行くと思ってたよ」


 あの頃の羽代くんは今よりどこか張り詰めていて、顔見知りでもない僕はとても近づけそうもなかった。憧れのような、応援したいような、何とも形容しがたい感情を持って遠巻きにコート上の姿を眺めてたっけ。お互い部活を引退してからはそんな一方的な接点も無くなって、卒業間近のある日、廊下で聞こえたバドミントン部の可哀想なぼっち(・・・・・・・)の話に嫌な予感がして、友達に尋ねて、でも野次馬みたいになるのが嫌で、途中で聞くのをやめた。全く関係のない僕が聞いても嫌な思いをしたんだ。

 きっとそれよりもずっと酷い仕打ちを直接その身に受けてきた彼は、一体どんな思いでいたんだろう。僕がもう少し早く、その事に気づいていたら?もう少しだけ早く、話せるような間柄になっていたら?そしたら、僕は彼の手を取れたのだろうか。


 「僕ね、この高校に来て羽代くんを見つけた時、あこがれの人とバドミントンができる!ってワクワクして、羽代くんに起きたこと何となくは知っていたのに、バドミントン続けるに決まってるって思ってた。でも、実際はきっと色々な葛藤があったはずなんだ。だからね、羽代くんは本当にかっこいいと思う」

 

 そう。だからこそ全力で応援せねばならぬのだ!


 「青葉くん、感傷に浸ってるとこ申し訳ないんだけど、羽代くん達一ゲーム目取った」

 「え゛っ!?!?ほんとだ!」

「それどころか二ゲーム目もう始まる」

 「うそでしょ!?」


 セカンドゲーム、ラブオールプレー


 審判をしてくれている雪渡さんの声がする!噓じゃない!

 慌てて手すりにかじりつくと、羽代くんがサーブを打つところだった。乾いた音がテンポよく響く。お互いコートの中央付近でのスピードのある打ち合い。どっちが先に仕掛けるんだろう?そう思った矢先、小夜川くんが手首をうまく使って、手前に落とす。コートの奥まで高く返された球を、羽代くんがスマッシュで返した。シャトルは、相手のペアの間へと狙い澄ましたかのように吸い込まれていく。


 コン!


 乾いた音が響いた。


 「ナイスショット!」

 「な、ナイスショット!」


 小鈴さんの後に続いて言い慣れない言葉を口にすると、なんだかこそばゆいような、不思議な気分になった。そんなことはさておいて、まずは一点。


 「そういえば白間川はうちと違って人数多いのに、全然応援の声聞こえてこないね。あたし(・・・)、怖そうな学校ってイメージあったから、もっと荒れるかと思ってた」

 「確かに!入ってきた時からすごく静かだよね。僕も噂とはずいぶん様子が違うから、びっくりした」


 そう。小鈴さんが声を落として言うように、どうしてか白間川は、朝から借りてきた猫のようにおとなしいのだ。僕らと同じく二階へ見に来ている部員の方々は険しい顔をしてコートを睨んでいるだけだし、下に用意した椅子に座っている何人かも、見た目にそぐわずお行儀よく座って静かに観戦中。

 こんなにスムーズに試合が進むなんて夢にも思っていなかったから、正直拍子抜けしている。


 「試合してる選手たちも、うちは賑やかだけど白間川側は宮郷さんの声がたまにするくらいだね。僕試合って、もっと盛り上がると思ってた」

 「普通はそうだよ。今回が色々な意味でイレギュラーなんだと思う。いくら練習試合とはいえ、こんなに静かなんて」


 まあ、おとなしくしていてくれるならそれに越したことはない。

 ――宮郷さんという異色な存在がこの静かさの大きな理由なのではないかと僕は読んでいる。彼はいったい何者なんだろう――そんなナレーションを心の中で唱え、気分は名探偵だ。

 僕の中で勝手に、白間川の謎を解くための重要人物にされた第一コートの宮郷さんに目を向けてみる。スコアは18―8。松下先輩がかなりの点差で勝ってるぞ!それでも宮郷さんは、肩で息をしながらも一球一球に全力で食らいつく。点を取られても悔しそうにうつむいた後、次こそはと前を向き、気合を入れる。それに負けない勢いで迎え撃つ松下先輩。そう!僕がイメージする試合はこれだよ!熱い展開に心が燃える。

 これはよほどのことがない限り、松下先輩がまず部室死守のための偉大な一勝をあげてくれるはずだ。ちょっと安心したところで、僕はさっきから気になっていたことを聞いてみることにした。


「そういえば小鈴さん、話はそれるけど、いつもは自分の事『あたし』って言うん?」

 「えっ?……そうだけど、言ってた?」

 「うん。さっき!でも同級生なんだし、小鈴さん嫌じゃなければいつも通りにしてよ!むしろ僕のことは『青葉』でいいよ!」

 「そう?じゃあその方が楽だしそうさせてもらう」


 クールであまり表情が変わらない小鈴さんが、猫みたいな目を細めて笑った。ようやく同級生っぽい感じになってきた気がする。さっきまでは教師と生徒って感じだった。間違える人はいないと思うが、もちろん僕が生徒である。


「ナイスコース!」「ないすこーす!」

 「ストップ!」「ストップ?」

「一本!」「いっぽーん!」


 そう考えると、小鈴さんの後に続いて真似をするのは、なんだか英語の授業みたいだ。

 そんなことを思いつつも夢中で応援していると、ふと見たスコアは11―6。あっという間にインターバルだ!


 「よかった!二ゲーム目の方が二人ともなんかいい感じだね」

 「うん。すこし緊張も解けて動きに硬さがなくなってきた」


 特に羽代くんは、すごくのびのび、生き生きとしてきた気がする。楽しそうに試合をしているのを見ると、なんだか僕までワクワクしてきた。

 最初の力の入りっぷりはどこへやら。楽しく試合観戦を始めてしまった僕は、この時小鈴さんが、どこか腑に落ちない様子で小夜川くんを見つめていたことに全く気付かなかった。後に男子バドミントン部を揺るがすことになるあの件(・・・)を、こんなに早く感じ取っていたのは、彼女だけだったのかもしれない。そんなことを僕が思うのは、随分と後の話なのである。


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