軽やかに、着実に。
一度深く息を吸い込んで、吐き出す。
ごちゃごちゃしていた頭の中が、少しすっきりした。
「それじゃあ、改めて天野先輩と花光先輩のダブルスを見ていこうか」
「うん。お願いします!」
一人でラジオ体操ばりの深呼吸をしていた僕に、小鈴さんが少し笑ってる。
「ダブルスもシングルスと同じで0と偶数の時は右から、奇数の時は左からサーブを打つのは変わらない。ただ、連続で点を取っている間は、ずっと同じ人がサーブを打つの」
そう言いながら、小鈴さんは一ゲーム目とは反対のコート上にいる天野先輩に目を向けた。試合は二ゲーム目。まだお互い0点だから、右に立った天野先輩がサーブの構えだ。確か、二ゲーム目以降は前のゲームを取った方のサーブから始まるんだっけ。これは入部前にチラッと検索したサイト、「誰でもわかる!簡単バドミントンルール」にあった「サーブの【サ】」の項目に書かれていた気がする。あと、二ゲーム目は一ゲーム目と反対のコートに移動するとも見た気がする。
僕にしては記憶力が良いように感じられるかもしれない。ところがどっこい、気合を入れて読み始めた最初のページが「サーブの【サ】」だったから少し覚えているだけで、それ以降の項目は、複雑になっていくルールに頭が混乱して薄目で流し見したため全く頭には入っていないのである。
「ちょうど今がそれだね」
コート上では、天野先輩がスマッシュ!と見せかけたドロップショットで相手を揺さぶり、半端に帰ってきた球を、花光先輩が相手コートの真ん中に落とした。流れるような連携で一点が入ったところだ。
「1-0」
主審の声が響く。今は一点だから、先輩たちのペアは左からサーブか。
「次は左からサーブだから、さっき右でサーブを打った天野先輩が左に動いて打つってこと?」
「そう。このまま連続で点を取っている間は、天野先輩が左右に動いてずっとサーブを打つ。もし相手に点を取られてサーブ権が移動したときは、直前にサーブを打った側のコートでレシーブするよ」
小鈴さんの解説に耳を傾けつつも、目まぐるしく展開されるラリーから目が離せない。花光先輩が高い返球で相手の金髪を後ろに下げたかと思えば、残った赤髪を天野先輩がネット前で翻弄する。おお!天野先輩が完全に赤髪の逆を突いた!これはもらった!
僕はそう確信した……が、辛うじてラケットに当たったよれよれの球は、ネットに当たった後不運にもこちらのコートに落ちてきた。これは仕方がない。
「サービスオーバー、1-4」
相手が一点、ということは左から左にサーブ。天野先輩はさっき右でサーブを打ったから、左にいた花光先輩がサーブを受ける。
何かわかってきた気がする!
「今ちょうど、サーブ権が移ったね。今みたいに主審がサービスオーバーって言ってたら、サーブ権が移動してると覚えておけばわかりやすいかも」
「ふむふむ」
なんだか余計な力が抜けてからの方がスルスルと頭に入ってくるような気がする。先生たちも、やれテストだ、やれ成績だ、やれ進学だ、就職だ!なんて鬼の形相で迫らないでくれれば、僕はもうちょっとリラックスしてオベンキョウに臨めるのにな。そうなれば、学年一位も夢じゃない!いや、それは言い過ぎた気がする。
僕が頭の中でそんなおバカなラリーを繰り広げている間にも、先輩方は流れるような連携でテンポよくラリーを続け、自分たちのペースに相手を巻き込んでいる。
「なんていうか、動きに無駄がない」
「そうだね。天野先輩と花光先輩のペアは、しなやかでとっても軽やか。天野先輩は身軽でコントロールも良くて、相手の意表をつくようなショットが多い、トリッキーなタイプ。花光先輩は一見パワータイプに見えて、繊細なショットも苦しい体勢でのレシーブも、ミスなくこなすバランスタイプって感じがする」
「なるほど!そうなのか!」
僕の語彙力ではとても言い表せないあれこれを、小鈴さんが全て言語化してくれた。ひょっとして小鈴さん、通訳とか向いているんじゃないか。
「よし、じゃあ今日の勉強会はこれ位にして、そろそろ応援に専念しようか。声出すタイミングとかわかりにくいだろうし、今日は私の後に続いて言ってみて」
「小鈴さんの説明、凄くわかりやすかった。本当にありがとう!今度こそバスケ部で培った声量を活かしてみせます!!」
「気合はほどほどにね。それじゃあ先輩方はいい流れ来てるし、まだしっかり見てない羽代君たちのところ、見に行ってみよう」
「ラジャー!」
ついに来ました!我らが同級生コンビ!僕がバドミントンに惹かれるきっかけをつくってくれた羽代くんと、摩訶不思議な情報網を持つミステリアスな小夜川くん。二人は一体どんな動きをするんだろう?今完全に晴風に追い風が来ている。この流れが、どうか続いていてほしい。いや、絶対に続いているはず。
そんなことを考えながら3つ目のコートに足を運んだ僕が見た得点版は、ちょっと意外なものだった。
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