忘れ物はポジティブシンキング
序盤からイケイケ押せ押せ、安定感抜群な松下先輩が一ゲーム目を先取したちょうどその頃、天野先輩と花光先輩のペアもリードを保ったまま試合を進めていた。いつもはやれ天井が低いだの、やれ雨漏りを修繕しろだの散々な言われような第二体育館だけど、その狭さが今日ばかりはすごくありがたい。なぜってどの試合の様子も見渡せばある程度把握できるし、他の試合を見に行くための移動も少なくて済むからだ。
部室死守のための勝利が少しずつ近づいてきたことに安心しつつも、シングルスの次はダブルスのルールのお勉強。さらに気を引き締めて望まねばならない。すでに最初の方に教えてもらったサーブの右と左が何度かあべこべになっていることは秘密である。0と偶数が右で、奇数が左。よし、多分大丈夫。
「ここからはダブルスを見ながらルールを説明する、と言いたいところなんだけど、シングルスだけでもかなり覚えることが多くて大変なんじゃない?」
「う゛っ、正直口から詰め込んだルールが出てきそうかも」
「やっぱり。青葉君、この短時間でも座学で覚えるというよりは自分で体を動かして覚えるタイプに見えたから。今回試合を見ながらだったからまだ理解できただろうけど、静かに教科書や黒板と睨めっこみたいなの一番苦手そう。」
「図星スギテナニモイエマセン。中学までの理科とかも、実験をしたりする分野は凄く良い感じだったのに、ひたすら何かを読んで覚えるとかは恐ろしい点叩き出してたんだよね。受験なんかほんとに僕にとっては地獄だったよ」
遠回しにオベンキョウが苦手そうだと言われた気がするが、全く否定ができない。加えて勝たないと部室没収、僕はただ見守る事しかできない、それどころかルールもまだわかっていないひよっ子。最初から分かっていたことではあったけど、何もできない歯がゆさとそれでも何かしたいというやる気の全力空回りをおこして、自分では気づいていなかっただけで、すでに気持ちも頭もキャパオーバー寸前だったのかも。
「多少の得意不得意があったとしても一回聞いただけで覚えられる人なんてそうそういるはずないし、全体としてどんな流れかを実際見てみるだけでも今日は十分だと思う。そもそも、部室を賭けた練習試合なんて特殊な状況じゃ、落ち着いて覚えることも難しいだろうしね」
確かに小鈴さんの言う通り、実際に試合を見て、雰囲気を肌で感じて、具体的にある程度シングルスの試合の流れを知ることができただけでも、初心者の僕にとっては大収穫だ。いつも周囲に迷惑がられるくらいの「前のめり・ポジティブシンキング」を今日はどこかに置いてきてしまっていたみたいだ。
というかほぼ初めて話すような人にもあっという間に余裕のなさを見破られる僕は、ひょっとして自分で思っている以上に顔に出やすいタイプなのか?小鈴さんのフォローが温かいやら申し訳ないやらで、今物凄く形容しがたい顔をしている気がする。
「まあ簡単に知ってると試合が見やすくなるルールだけピックアップして話していくから、気楽に聞いてくれれば平気。わからなかったら、男バドでも女バドでも聞けば皆教えてくれると思う。それに、女バドには青葉君と同じように高校から始めた人も多くいるから、初めてのことだらけで戸惑っているのは自分だけじゃないって思えば少し気が楽になるんじゃないかな」
そっか、何もわからないのは僕だけじゃないんだ。ハッとした僕に、小鈴さんはさらに続ける。
「それに、ほら、春って入学や卒業とか、それ以外にも新しい事始める人が沢山いるだろうから、頑張りたいって気持ちはもちろん大切だけど、きっとあんまり気負わずもっと肩の力を抜いてもいいんだよ。0から何か始めるために一歩踏み出しているだけでも十分凄い事だから」
なんだか、頑張らねばとガッチガチで重たかった気持ちが軽くなった。小鈴さん、最初はクールな人かと思っていたけど、実は細かな事にも気がつく繊細な人なのかもしれない。でも、それを指摘するとさっきみたいにはぐらかされそうだから黙っておこう。
「あっ!天野先輩と花光先輩がもう一ゲームとってる!?」
「本当だ。これで、羽代君たちの第二ダブルス以外は一ゲーム先取したね。流れはだいぶ晴風にきてるから、このまま押し切りたい」
見ているだけの僕の肩にこんなに力が入りまくっているのに、先輩方は良い意味で本当に普段通り。こんなに頼もしい人たちがいるんだから、僕が心配することなんて何にもなかったな。




