そよ風と静電気
「それでは二回戦……対雷山でのオーダーを発表します。第一ダブルスは先ほどと同じく天野・花光。第二ダブルスは松下・羽代。そして第一シングルス小夜川、第二シングルス松下、第三シングルス羽代。この体制になってからメインで使ってきたこのオーダーで行きましょう。相手は攻撃的なスタイルを得意とするチーム。主将の地田君を中心に強力なスマッシュを使ってくる選手も多いです。しかし、毎日小夜川君や松下君のスマッシュを見てきた君達なら問題ありません。最初は速さに焦ることもあるかもしれませんが、いずれは慣れます。相手が攻めてくるからこそできるカウンターは常に頭の片隅では意識しておいてくださいね」
『はい!』
客席で小さな輪になってオーダー発表兼戦略会議。
動いていないのに首筋からは汗が伝う。
雷山高校。
昔は学校対抗の運動会やらなにやらがあって、それの勝敗で大盛り上がりするくらい晴風と雷山はお互いライバル意識が強かったらしい。それでも時がたつごとに行事を通した交流も減って行って、今じゃ全くなくなっている。だからそこまで「ライバル」って意識を持ってる奴はいない。
それでも学力、進学率その他もろもろが不思議なくらいどっこいどっこいだから、地元の人たちには未だ比較されることの多い。
そして奇妙なことに、バドミントン部の実績がここ最近ないのもお揃い。
そして今日新たなお揃いを見つけてしまった。
それは、旗。晴風は青地に白文字で「疾風迅雷」。対して雷山は、黒地に黄色の文字で「迅雷風烈」。俺たちの席から見てちょうど向かい側だったから、朝席に着いてからすぐ気づいた。「そこまで似てるのかよ?!」と思わず声に出しそうになったけど、周囲は皆公式練習に向けて集中力を高めていたからグッと飲み込んだ。
さっきコーチに聞いてみたら、初代応援旗ができた時偶然文言が似た感じになって、それ以降「迅雷風烈」なんてありえない。晴風の「風」が先だ!いや、「疾風迅雷」こそありえない。雷山の「雷」が先だ、こっちだ、いや我々だ、どっちが上だ、どっちがかっこいい、なんて互いに言い合うのがお決まりだったらしい。
それから詳しくは知らないが、あっちの主将と天野さんは何か因縁があるらしい。春風杯途中で離脱したから細かい状況はわかっていないけど、天野さんからすげえ気合を感じる、気がする。
中学時代大会には全くといっていいほど出られなかったから、こういう公式戦は今回がデビューといっても過言ではない。さっきの桃文珠戦は、羽代に助けられるどころか頼り切りだった。データを生かした戦いも今後強化していきたい。そう思っていたのに、結局事前のリサーチありき。その場その場で臨機応変な対応なんで全然できなかった。結局この三か月と少しで自信をもってできるようになったのは、打てるときに全力でスマッシュを打つこと、そしてどんな球でも全力で拾いに行く事。たったこれだけ。でも次はシングルス。自分で勝利をつかむしかない。ゼロか百か、極端なことしかできない自分が嫌になることはよくあるものの、いきなり器用になることなんてないのはわかってる。だから、自分が持ってるもんで戦うしかない。
競技人生約三年と少し。長いような短いようなどっちともいえないような、そんな期間だけどたまに逃げながらもバドミントンと向き合ってきて、俺は今日ついに、公式戦のコートに一人で立つのだ。それもチームの代表として。
「ナイッショー!」
聞こえてきた大音量の声援で考え事から引き戻され周囲を見回すと、各々他校の試合見に行ったり集中力を高めたりしている。
「うーん……、結構暑いし今のうちに氷補充してくるね」
南さんは記録していたであろう桃文珠戦でのスコアを眺めていたが、汗を拭うと動き出した。
そーいや俺もドリンク無くなりそうだから今のうちに買ってくるか。部費も限られてるから、用意してもらってる飲み物に頼りっぱなしってわけにもいかない。
自販機を目指して階段を降りていくと、一段ごとに熱気が少しずつマシになっていくのを肌で感じる。フロアへと続く下の階は、体育館とは壁や扉で隔たれているからか空調を使えるようで少しひんやりして心地良い。壁一枚あるだけで、今も熱い戦いが繰り広げられているコートの声は随分遠くに感じる。まるで別の世界のようだ。
さて、スポドリは……よかった売ってる。
ピッ!ガコンッ!
手のひらに感じる冷たさも、きっと上に戻ったらすぐ失われてしまうだろう。
もうしばらくここで涼んでいこうか?そう魅力的な選択肢も頭をよぎった。しかし。試合に向けて少しでも復習をしておきたい。集めたデータはすべて頭に入れてある。それでも、何か出来ることをしておかないと落ち着かない気がした。
階段に引き返そうとしたちょうどその時だった。
「おー、君晴風―?」
知らない声で学校名を呼ばれて振り返ると、誰かが柱に寄りかかっている。少なくとも知り合いではない……が、見たことがある。確か……?
「雷山の……稲生……サン?」
「あっれー?晴風さんが俺なんかのこと知ってるん?それは光栄だなー。ここで会ったのも何かのゴエン?ってやつだと思うし、ちょっとお話してかない?」
黒地に黄と灰のライン。次の対戦相手の色。
そのユニフォームに身を包んだ人と、こんなところで遭遇するなんて。
柱から体を離した稲生は、目の前にすると想定していた以上に体格が良い。そのせいか、身長は俺の方が少し高いはずなのにやけに圧を感じた。
「話……?わざわざ試合前に初対面の奴と話すことなんて無いと思うんですが」
「いやいや、だって久しぶりの雷山VS晴風だよ~?せっかくこんな運命の出会いあったんだしさ、こう、因縁の戦いーって感じで盛り上げたいし気合い入れたいじゃん?」
「昔はライバルだったのは知ってます。でも今は違う。お互い全国どころか県内上位からも遠のいていますし。ここで対抗意識燃やしている余裕なんてないでしょう」
「そ、れ、は、どーかなー?お宅と違ってうちは小学校からやってるような筋金入りの経験者なんて地田しかいない。みーんな中学や高校から始めた奴らばっか。それで三年前から地田の父ちゃんがコーチしてくれるようになってやーっと希望が見えてきた。なのにお宅は二年生は松下幹人筆頭に当然筋金入りだし、聞けば一年生だって去年関東行ったような奴がいるんでしょ?残りだって筋金入りに決まってる。強くてニューゲームなんてうらやましい限りだよ。お宅は昔の貯金を使って優雅な戦い。その点うちは、必死こいて努力を積み上げてきた。練習試合に行ってはボコボコにされたり、大会で笑いものにされたりしてもね。だから全部持ってる君らがすっごくうらやましくて憎たらしい。だ、か、ら!この後しーっかりおれらが正しいって事証明しちゃうから」
やけに一方的だ。
素直にそう思った。経験者だから楽してる?そんなはずはない。先輩方や羽代の強さだって、これまでの積み重ねで出来ているものだ。さらに、皆それにおごることなく毎日練習してる。俺だってそりゃ、もっと早くバドミントン始めてたらなんて思うこと何度もあった。でも過去は変わらないから、今死ぬ気で練習するしかない。経験者の背中が遠すぎることは、コートに立っていればいつか気づかされることになる。それでも、進み続ける奴らとの距離を少しでも離されないように、あわよくば追いつくように、自分だって走り続けるしかない。
バドミントンをするのに、経験者が偉いとか初心者がダメとかない。そこは、人と比べるところじゃないだろ。
「昔はさーあおれたち『雷神』『風神』って呼ばれてたのに、最近じゃその異名どうなってるかしってるぅ?……こ、た、え、は!『そよ風』と『静電気』。中々失礼なこと言ってくれちゃうよね」
黙り込んだ俺を気にすることなくなおも一人しゃべり続ける稲生。
『そよ風』、か……。そりゃ進学を考え始めた頃晴風について調べる中で聞いたことあったけど、あまり気分が良いものでもないしわざわざ反応したくない。かつての晴風や雷山を知る人がふざけて呼んだ程度のもので、そんな有名じゃないから俺みたいにわざわざ深掘りしなきゃ知る機会なんてなさそうなもんだけど。それに、雷山が『静電気』なんて呼ばれてるのは知りもしなかったし。
『そよ風』なんて知ってる人、いま高校でバドミントンやってる奴らでもほぼ居ないんじゃないか?もはやうちでも知らない奴いるくらいだ。例えば羽代は続ける気なくて高校バドミントン界に興味なかったことに加えて、ここしばらく晴風のバドミントン部の成績が低迷していたからか、『そよ風』どころかバドミントン部が存在しているとすら思わないまま進学してきたらしいし。羽代は噂や評判なんかに人一倍無関心でやりたいことにゴーイングマイウェイだから極端な例かもしれないが。ちなみに高校から始めた青葉も、勿論そんな異名知るよしもない。
さらに晴風バドミントンの衰退に拍車をかけることとなった一連の流れを知る先輩方も、「あー、たまに揶揄い混じりで対戦相手に言われたかもー。後幹人に負けた腹いせとかであったよねー」くらいのリアクション。勝手に言わせときゃいいって感じだった。
南さんも、「もはや『そよ風』どころか『無風』だったのは事実だし、悪い意味の異名すらあまり浸透しないくらいに晴風は衰退してたから」って苦笑いしてたっけ。
そのあと「悪名だろうと何だろうと、インハイ予選で晴風高校ここにありって見せつけたい、また風を吹かせたい」って珍しく固い声で話していた。優しそうな目元を険しくして、口元にもいつもの笑みがなかったから驚いたのをよく覚えている。笑っていない南さんを見たのはあれが初めてだった。それだけ、「晴風」に対する憧れや誇りが人一倍強い人なんだと思う。
「……別に、俺たちは俺たちで相手が誰であろうと風を吹かせるだけなので」
「ふーん。かっこいいこと言ってくれちゃうじゃん。さっすがケイケンシャサマはおれらなんか眼中にないって感じですねー。ま、センセンフコクできたしいっか。ぜえーんぜん言い返してこない石頭だからつまんなかったけど。じゃ、ばいばぁーい!」
言葉だけ聞くとすげえおちゃらけているように感じるが、前髪の隙間から覗く目つきは鋭いものだった。天野さんに聞いてた主将といい、雷山はやけに好戦的な奴が多いんだな。
「……戻るか」
さっきの桃文珠といい、下の階に来るたびに今日は変な奴に遭遇するな。ここはそういうダンジョンみたいなもんなのか……?
祝!100話!!
見てくださる方のおかげでここまで楽しく書き続けることができました。本当にありがとうございます。
今後も完結に向けてマイペースに走り抜けるので、よろしければお付き合いください!
活動報告にてもう少し長いご挨拶とちょっとした裏話があるので、もしご興味があればそちらもチェックしていただけたらと思います。




