9
留置所にいるジェニーとアリアとシャルルの兄たちの対峙です。
直接的ではありませんが、保険として残虐表現に近い文ありです。
ここへ来て、もうどのくらいの時が経ったか。
ジェニーは王都の騎士団管轄の罪人留置所にいた。事件のことは公にはならないよう手配してくれたようだが、家族には縁を切られた。たとえここを出たとしても、彼女には行く場所など修道院以外にはないのだ。
静かな留置所に、カツン…と革靴の音が響く。取り調べでは嘘偽りなく話した。他に何も話すことはない。
ガリグは自然発生していたのを見つけて、伯爵家のハーブ園にこっそり植えたのだ。誰が関与していることもない。
「君か」
聞き覚えのある声。聞き間違えるはずのない声。
ジェニーは心臓が早鐘をうつのを感じる。
「あ、あ…」
柵越しではあるが、まさかの面会に名前を呼ぶことすらもできずに、目の前のグエンに魅入ってしまう。何年ぶりだろうか。記憶の中のグエンは、少年と青年の境目にいた。そんな記憶だ。
「ちょっとグエン、先に行くなって」
「レオンが遅いんだ。この程度の暗さ、すぐに慣れろ」
グエンの後ろから現れたのは、ヴァネッサ伯爵の長男レオンだった。彼は王都でヴァネッサ領の管理をしているが…なぜこんなところに。
ジェニーが視線をレオンに向けると、レオンと目があった。
「ああ、ジェニー。まさか君がこんな愚行を図るとは誰も思わなかった。可愛いアリアに長期にわたって毒を盛るなんて、君はよほど刑に処されたいとみた」
「あ…」
言葉にならない声しか出ない。ジェニーは震えていた。
どちらも、伯爵邸で働いていた時に何度も会う機会があった。いつだってにこやかに対応してもらった記憶しかないのに、なんだ、罪人の自分を見る瞳は、今にも腰についている剣で切りかかってくる、そんな印象をうける。
「理由は聞いたよ。君、グエンに好意を寄せていたんだね。わかるよ。グエンは人当たりいいから、君も少し優しくされたんでしょう。大丈夫、他にも沢山いるから、君みたいな人」
「人聞きが悪いな」
「ほら、こっちが素のグエンだよ。あんなにこにこして愛想を振りまくグエンなんて…」
おえ、と吐くジェスチャーをするレオン。見かねた女性騎士の看守が、レオンを咎める。
「まあいいや。君の処罰は国が決めるし、僕らは可愛いアリアに害をなした底辺の人間を見に来ただけだ。そう、食事には気を付けなよ。誰が君に悪意を持って、食事に何か入れるとも限らないから」
じゃ、とレオンとグエンは踵を返してジェニーの前から去った。その瞬間、こみあげたものを吐き出してしまう。
先ほどとは違う意味で、心臓が早鐘を打っている。脂汗も冷や汗も出てきた。看守の女性騎士はレオンたちについて行ってしまい、ここには誰もいない。ジェニーの荒い息遣いだけが独房に響いていた。動悸と手足のしびれで、姿勢を保てない。冷たい石畳が頬に触れる。
ああ、何を間違ったのか。
生理的な涙がこぼれる。
呼吸が苦しい。
ジェニーは考えることすらできなかった。
思い出されるのは、初めてあの人にお茶をお出しした日。遠い昔のことだ。
思い出そうとして、ジェニーは意識を飛ばした。
「そもそもさ、聞けば君が諸悪の根源だと思わない?」
地下の留置所から出て、外の空気を吸う。あんな場所は二度と行きたくない。
レオンは、ぐっと伸びをして、隣を歩くグエンに尋ねた。
「ジェニーは、君とアリアの婚約の話を聞いて犯行に走ったそうだけど…」
「そんなのは母たちが勝手に盛り上がっていただけだ。事実確認もしないで使用人が広めた話。そもそも、その話はアリアから断られている」
「えっ!!!」
「シャルルがいいって」
「えっっ!!!」
その後、アリアとシャルルの婚約の話でレオンは卒倒することになった。
ラスト1話になります。