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ジェニーが屋敷を去ったのは、シャルルと庭で話をしてから3日後のことだった。
アリアの話は、自分だけで留めておいてはいけないと判断し、シャルルはアリアの父に面会を希望する。もちろんアリアも連れてだ。
ただならぬシャルルの様子に、ヴァネッサ伯爵は人払いをする。
シャルルとアリアが先ほどの話を伯爵にすると、すぐにジェニーへ監視をつけた。
「久しぶりにジェニーの淹れるお茶が飲みたいわ。誰かに淹れてもらうのってとてもおいしいのよね」
「承知しました。とっておきの茶葉で淹れますね」
ジェニーが専用の茶葉の入った瓶を取りに行く。
手慣れた様子でお茶を淹れている様子をアリアは見ていた。
「どうぞ」
綺麗な色の香り高い紅茶が、アリアの前に出された。いつもの穏やかな微笑みの裏で、ジェニーは何を思ってアリアにお茶を飲ませていたのか。
お茶に紛れる狂気。
そのお茶は手を付けられることはなかった。父や警備騎士が数人部屋へ入ってきて、お茶関連は押収。
監視していた者がジェニーが庭でガリグを育てハーブティとしてアリアに提供しようとする瞬間まで見ていたのだ。
現行犯としてジェニーは拘束された。
ジェニーは抵抗しなかった。あっさりガリグの使用を認めたのだ。父と母の背中に守られるように立ち尽くすアリア。
この件は公にはならなかった。ヴァネッサ伯爵は厳重に箝口令を敷いた。家のため、家族のため、何よりも命を脅かされたアリアのためだ。
アリアもそれを望んではいなかった。長年付き添ってくれた侍女だ。何を思ってそんな行動に移したのか。それだけは知りたいと思ってしまう。
ジェニーの件の翌日、シャルルが早馬でアリアを訪ねた。
「シャルル!」
「アリア、体調は?無理はしていない?」
シャルルは、ぎゅう、とアリアの両手を握った。すると、アリアの手も、シャルルの手を力いっぱい握り返した。
「わたし、命が消えかける感覚は、怖いほどわかるの。でも、命を脅かされるってとても怖いことだわ…」
「どっちも経験したくないほど怖いことだよ。アリアは…もう少し誰かをすぐに頼って。僕じゃ頼りないとは思うけど、王都にはグエン兄さんだっているんだし」
いつになく饒舌なシャルルに、アリアは思わず笑いがこぼれたが、すぐに瞳に影が差す。
「ジェニーがね、丁度庭からガリグを収穫したであろう瞬間に遭遇したの。他にもハーブはあったけど、ミントに混ざってガリグがあったことには驚いたわ。もしかしたらあのガリグは染料として使用するのかもしれない。でも違う、おかしいって一瞬思ったの。そう思ったら怖くなった。でも確証がないから家族には話せない…一番に浮かんだのはシャルルだったの」
やっぱりシャルルはわたしの騎士だわ、そう笑ったアリアを、シャルルは思わず抱きしめる。
だけど、すぐに離れた。
「ごめん、思わず」
「いいの、誰かに抱きしめてもらうのも、触れてもらうのも好きよ。でもそれは、シャルルであってほしいと思うのは、いけないかしら」
まただ。雰囲気が…少し大人びた笑顔。
よく知るアリアとは、また違う。
「…反則だ。まいったな。アリア、君の婚約者に名乗りを上げていいだろうか。ずっと考えていたんだ…。あ──…君の体調が落ち着いたら告げようと思ってたんだけど、まさかこんなことになっているとは」
「本当!?そうだったらいいなって思っていたの!覚えてる?グエン兄さまの婚約者にわたしの名前が出たけど、わたし猛反対したのよ。シャルルがいいって」
「猛反対したのは聞いたけど、そこで僕の名前が出たのは初耳だな」
「きっとお父様よ。グエン兄さまの件ですら渋い顔をしていたもの」
アリアの婚約者の話をしに行こうと思うが、まず反対されるんだろうか。
苦い考えになりそうになったシャルルは、気になっていたことをアリアに尋ねた。
「そういえば、ここ最近の君は、本の趣味も変わった?」
「なぜ?」
「以前は、物語や旅行記ばかり読んでいたじゃないか。物語の主人公って素敵って。なのに、急に歴史書や、地図…まさかその手の人しか知らないようなガリグの別の使用法まで…」
「チェルシーのおかげよ」
「チェルシー?」
シャルルには聞いたことのない名前だ。
アリアはにっこり笑って、シャルルの手を取った。
「さあ、これから図書館へ行くわよ!シャルルに聞いてもらいたい話もあるし!」
まもなく終了です