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ジェニーの話です。
ガリグ、というハーブの存在は知っていた。
見た目はミントと大差ないが、葉の裏に茶色く小さな斑点がある。そしてミントのような香りもしない。無味無臭だ。
なのでハーブというより染料として使用されることが多い。あざやかな緑に染まるのだ。
注意書きとして、ガリグを長期にわたり摂取すると、動悸、眩暈、意識混濁。果てには心臓が止まる…と。それも毎日一定量を摂取することで体調不良が引き起こされる。
しかし、毎日摂取しないと体内から出ていくのも早い。なのでこれを悪用するには根気が必要なのだ。
ジェニーはハーブを育てるのが好きだった。それでいて紅茶を淹れるのも得意である。
ヴァネッサ伯のお屋敷に勤め始めたのは、ジェニーが15の頃だった。商家の3女であり、教養があった。ハーブが好きなのでハーブの認定試験も通った。
それが功を奏し、伯爵家の使用人に採用された。
ジェニーが淹れるお茶はおいしい、そう屋敷で話題になり、ヴァネッサ夫人の友人であるローデリア夫人とご子息がいる席でお茶をふるまうことになった。
緊張して手が震えそう。茶器を温めていると、窓の外でアリアとローデリア伯の下の息子シャルルが庭を駆け回っている。けらけらと楽しそうな声に、ジェニーは安心してお茶を淹れることができたのだった。
「まあ、とってもおいしいわ」
「そうでしょう。ジェニーのお茶は本当においしいのよ」
夫人がにこやかに談笑している姿を見て、安堵の息を漏らした。するとローデリア夫人の横にいた、グエンに声をかけられる。
「これは何の茶葉かな。とてもおいしい。淹れ方に秘密がある?もし秘匿してないならぜひ教えてほしい。僕は次の春から王都へ行くんだ。せめて自分でおいしいお茶くらい入れたいだろう」
ローデリア夫人とよく似た、ピンクベージュの髪が輝いている。ジェニーはグエンの笑顔から目を離せず、声も思うように出ない。こくこくと頷くだけで精一杯だった。
「すまない。急に話しかけてしまった。それだけお茶がおいしかったんだ」
グエンはにっこり笑って謝罪した。ジェニーは顔が熱くなるのを感じ、自分が赤面していることすら瞬時に悟った。
グエンが王都へ行ってしまうまで、ジェニーは何度かお茶を淹れる係として直接会うことがあった。言葉を交わすことはないが、時折グエンがこちらを見てニコリとほほ笑んでくれたような気がして、ジェニーは心が満たされた。
それを恋と呼ぶのに時間はかからなかった。
ジェニーの淡い恋心に影がさしたのは、アリアが13歳の頃だった。
結婚適齢期を迎えていたジェニーだが、恋心に蓋をできずにいた。
グエンは休暇になると王都からローデリア領へ戻ってきて家族と過ごしている。その時に必ず、ヴァネッサ伯の屋敷にも来てくれるのだ。
その一度の逢瀬だけで姿を見られただけで、ジェニーは会えなくても頑張れた。
一目見るだけでいい。それだけで幸せだった。
でも家族からも結婚を打診されている。ジェニーだって幸せをつかみたい。
グエンに想いを告げるべきか、いやきっと迷惑だろう…そう思い悩んでるときだ。
使用人仲間が、ある話を始めた。
「さっき奥様とローデリア夫人の話を聞いたんだけど、アリアお嬢様の婚約者にグエン様を勧めていたわ」
「え!シャルル様じゃなくて?」
「シャルル様は次男だし、家督を継ぐのはグエン様だからじゃない?アリア様もグエン様になついているし」
「10歳は離れているわよね」
「20歳を過ぎればそんなこと気にならないわよね~」
グエンは王都でも話題になるほどの美丈夫であったが、アリアも負けずに美しい令嬢であった。歳の差はあれど、見目麗しい二人はさぞ絵になるだろう。
誰もがそう思う。
ジェニーもそう思った。自分の容姿はどうだ。比較対象がすごすぎるだけで、自分だって悪くはない。最低限の身だしなみは気を付けている。
グエンの婚約者…今までそんな話がなかった方が不自然だ。地位も権力も未来もある。アリアが羨ましい。
そう思った瞬間に、愛護対象であったアリアに急にどす黒い感情が向かう。
彼はわたしの淹れるお茶をおいしいと褒めてくれた。
笑いかけてくれた。
王都でもわたしがお伝えしたお茶の淹れ方でお茶を飲んでいる。
彼に近いのはわたし。
では、アリアが嫁げないようにすればよいのでは?
命までは奪うことはない。体調が悪くなり、伯爵夫人としての仕事ができなくなればいい。
ジェニーは染料店にて、ガリグを手に入れた。白いハンカチは一瞬にして綺麗な緑になる。
無味無臭のこのハーブを、毎日アリアお嬢様の紅茶に入れてみよう。毎日、毎日。少しずつ。
アリアは何の疑いもなく、ジェニーのお茶を飲んだ。
毎日。
そうして、体調に変化が出てきた。
それを目の当たりにしたジェニーは、アリアを憐れんだ。
ああ、可哀想なアリアお嬢様。グエン様の婚約者にはなれませんね。
そうして今日もアリアにお茶を淹れるのだ。
「さあお嬢様、お茶ですよ。冷めないうちにどうぞ」
ガリグはフィクションです。