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病床の王女は、  作者: ゆずこ
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「お嬢様。アリアお嬢様。おはようございます」


 ぱちり、とアリアが目を覚ますと、侍女のジェニーが微笑んでいた。

 夢ではない、現実だ。アリアは胸に手をあてる。



「おはよう、ジェニー」





 アリアはジェニーの手伝いのもと、身支度を整える。ジェニーはアリアのダークブラウンの髪を、ふんわりとまとめ、黄色の小花柄のリボンで結い上げてくれた。鏡の前には、可愛らしい少女が座っている。

 

 朝食の席につくと、両親が座っていた。ヴァネッサ伯爵と伯爵夫人。アリアの実の両親である。

二人はアリアに朝の挨拶とハグをし、朝食を始めた。他愛のないいつもの食風景である。アリアは口にする食事ひとつひとつを噛みしめる。

 昔は…晩年の頃はほとんどまともに食事はできなかった。咀嚼する力もなく、ひたすら栄養剤の投与のみだったのだ。おいしい食事…家族ととる食事に、なんだか目頭が熱くなる。アリアは両親との会話に笑顔で相槌をうちながら暖かな食事の時間を過ごした。



「ああ、アリア。今日の体調はどう?昨日具合が悪いと言って早くに眠ったでしょう」


 母のメリアが心配そうに眉をひそめて問うてくる。アリアは一瞬何の話かわからなかったが、すぐに思い出した。


「ありがとうお母さま。一晩眠ったらこの通り元気よ。念のため今日はお部屋にいるわ。お父様、書斎にも行っていいかしら?」

「アリアは本が好きだね。あまり無理はしないように」

「ええ!もちろんそのつもりよ」



 アリアは自室に戻り、自室の本や書斎を調べ始めた。そう、地図と歴史書だ。チェルシーとして生きたのはいつの話か、ユース国は今どうなっているのか、それを調べるためだった。

 調べることに夢中になり、ジェニーが淹れてくれたお茶に口をつけないことが多かった。申しわけないと思い、今日は自室と書斎にしか行かないから、という理由で控えてもらうことにした。

 昼食もほどほどに、アリアは歴史書をひたすら読む。



 今アリアが生きているのはアルロン国のヴァネッサ領。アルロン国は農産物が豊富で、とりわけヴァネッサ領は果樹が盛んである。四季折々の果樹は近隣諸国に人気で、ヴァネッサの果物、と定評がついているほどだ。

 ヴァネッサ伯爵夫妻は、王都で農学博士となってから領地へ来た。長年の土壌改革を経て、現在の豊かな領地になった。規模は大きくないが領民に愛されており、アリアの自慢の両親だ。

 なお、アリアには両親の他に歳が10離れた兄がいる。兄は父の跡を継ぐべく、王都で領主代理として仕事をしているのだ。会うことは少ないが、会う時は歳の離れた妹のアリアを随分と可愛がってくれるのだ。

 アリアはふと思う。この時代の自分も、昔の自分に負けず家族に愛されているのだ、と。願わくば、この世界で愛する人と家族を持ちたい、そう思っているアリア。


チェルシーが一番願ったことだ。





 さて、ユース国の名前は見つけるが、詳細はなかった。とりあえず同じ世界で生きているようだ。地図にもある。アルロン国とはずいぶん離れているし、海を渡ることになる。実際に赴くのは難しいだろう。

 時間軸はチェルシー没から100年の経過だった。

 

 アリアは、チェルシーの両親・兄弟たちの笑顔を浮かべ、静かに本を閉じた。






 集中しすぎて目も肩も疲れた。だが、アリアは楽しかった。

昔は何をしてもすぐに疲れてしまうし、すぐに熱をだした。すぐに発作が起きて安静生活だった。

些細なことだが、部屋と書斎を自由に行き来し、興味のある本をどんどん読み進める、そんな自由で楽しい時間がとても幸せに感じていたのだ。



「アリア、今日はローデリア伯夫人とご子息が来る予定だが、体調はどうだい。ここ最近顔色も良さそうだ」



 あれから一週間。ひたすら本を読んで過ごした。書斎にある本も読み尽くしてしまったので、領内にある図書館に行かなければ、と思っていたころだった。多少寝不足ではあるが、とても元気である。アリアはその旨を父に伝えた。


「ご子息って、シャルル?グエンお兄様?」

「シャルルだよ。グエンは王都だよ」

「騎士団も忙しいのね」



 ローデリア伯夫人は、母の友人だ。ローデリア領はヴァネッサ領と隣接しており、王都に騎士を多く輩出している領地である。夫人には二人の息子がおり、長男グエンは王都の騎士団で活躍している。次男シャルルはアリアと同じ年で、幼馴染だ。



 ジェニーに着飾ってもらい、来客を待つ。アリアは内心浮足立ってた。

何せ昔は立場的に仲の良い異性はいなかった。「仲良くなりたいお友達候補」ばかりだったからだ。それもチェルシーの体調が悪くなってからは、そのお友達候補も気を遣って訪れなくなった。

手紙だけのうわべだけのやりとりだ。だから「幼馴染」という存在が楽しみで仕方がない。


 執事が来客を告げた。母と共に応接間で出迎え、挨拶もそこそこにアリアとシャルルはさっそく退屈しのぎに庭へ出た。母たちの長話から逃げるためだ。


 庭師自慢の花が咲き誇る。二人はベンチに座り、一息ついた。


「アリア、体調悪いって話を聞いたけど」



 普段無口で表情筋が硬いシャルルが、口を開いた。

以前母がアリアの体調を心配していたことを思い出す。

確かにチェルシーとしての自分を思い出す前は些細なことで動悸が激しくなり、謎の体調不良に見舞われることが多少なりとあった。

思い出してからは、動ける体に感動して随分快活に過ごしていた。両親は笑顔で見守ってくれていたが、侍女からは時々お叱りを受けた。伯爵令嬢らしく、と懇願された。

そして気候も関係してか、温かい紅茶よりも冷たい果実水を料理長にこっそりもらって飲むことが多かった。そのおかげだろう、随分健康的になったものだ、とアリアは思う。



「ありがとうシャルル。すっかり元気になったのよ。今はちょっと調べ物をしていて、部屋と書斎の往復しかしていないわ。時々お庭の散歩よ。今度領内の図書館へ行こうと思っているの」

「元気ならいいよ。でもなんか変わったね。」

「あら…どう変わったように見えるの?」

「なんか、急に大人びた」



 どきり、と手先が冷えた。そよそよと初夏の風が、シャルルのブロンドをなびかせる。碧の瞳にアリアが映っている。

 シャルルは口数は少ないが、よく周りを見ている。家族はアリアとチェルシーがひとつになったその日から、変化には気づいていないようだが…会って半刻足らずで、この幼馴染は変化に気づいたと言うのか。さすが赤ちゃんの頃からの付き合いだ、とアリアは納得する。



「そんなことないわ。でも、もうすぐ16歳になるもの。お子様は卒業よ。それに16歳になったらアカデミーに行かなければいけないし、婚約者だって決まってくるでしょう」

「そう?」

「そうよ」


 

 自分がチェルシーとして生きた記憶があることを、シャルルにはまだ言わないでいよう。

彼は信じてくれるだろうが、アリアの心の中でユース国の行く末がどうなっているのかしっかり確認してからが一区切りだと思っている。

知りたいことを知ってから、アリアとしての人生をしっかり歩もうと思っていたのだ。



 ジェニーが準備してくれた紅茶と焼き菓子を頬張りながら、最近の話に花を咲かせる。ジェニーの淹れるお茶は久しぶりだ。果実水だけではなく、紅茶もいただくようにしよう。



「シャルルは婚約者の話とかどうなったの」

「さあ」

「アカデミーは?貴族科?」

「騎士科」

「え!?あ、でもそうよね。シャルルは王都で騎士になるの?戻ってこないの?」

「まあね。俺は次男だしいずれ戻って来るグエン兄さんが爵位を継ぐ。それなら騎士になって王都で働くのが一番いい」



そうか、シャルルが騎士になったらこうやって気軽に会えなくなってしまうのか。

寂しさを感じながら、アリアは飲みかけの紅茶をソーサーに戻した。


「そうだ、さっき話した、図書館の話なんだけど、一緒に行かない?」



図書館はローデリア領から馬車で半刻ほどだし、無理な距離ではないはずだ。


顔に「いやだ」と書かれていたが、押し通して承諾を得た。




 が、約束は延期になる。アリアの体調がまた悪くなったのだ。






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