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─――ああ。
今日命の灯が消えるのか。
病床にいるチェルシーは漠然とそう思った。17年という短い人生。思い残すことは多々あった。思えば思うほどあふれてくる。
だが、自分のこの痩せた四肢、起き上がることすらままならないほど衰弱した身体。もうどうすることもできない。
もう、瞼すらも重かった。きっとこれを閉じれば再び瞬くことはない。ぼんやりと人の影が見える。父か母か、優しい兄弟か、侍女か。それすらも区別つかない。
チェルシーは、ユース国の皇女であった。優しく聡明な両親、活発な兄弟に囲まれていたが、心臓に病を抱えていた。数ある名高い医師に診てもらったが、現在の医学では対症療法しかない。時折おこる発作を落ち着かせる投薬のみで17年を生きていた。
チェルシーも両親に似て聡明であった。皇女らしく朗らかで、ブロンドの髪が太陽の光に当たれば、光輝いて美しかった。家族からも民からも愛されていたチェルシー。
王宮の医師からは、成人することはない、と言われていたが病床で無事に16歳の成人を迎えることができた。
その日を境に発作の回数は増えて、この1年はずっとベッドの上で過ごしている。もともとベッドで過ごすことの多かったチェルシーは、王宮内の本を読みつぶす勢いで読書に集中した。
本はいい。自分の知らないことを教えてくれる。
本はいい。自分の行きたい場所へ連れて行ってくれる。
いつか病が治ったら、本の登場人物のように焦がれるような恋をしたい。そう思っていた。
そう、思っていたのだ。
ゆるゆると、瞼が閉じる。
手を握るのは誰?温かい。
頬に触れるのは?
最期の瞬間まで家族の愛に包まれるのを感じ、チェルシーは瞼を閉じた。
***
「――っはっっ!」
ぶわりと湧き上がる何かに押されて、少女は瞼を開いた。真っ暗である。どばっと汗が噴き出るのを感じ、額の汗がこめかみを伝う。ばくばくと早鐘を打つ心臓に手をあてた。これは発作とは違う?圧迫感はあるが苦しくはない。深呼吸をして瞬きを繰り返す。
ようやく呼吸が落ち着いてきたところで、暗闇にも瞳が慣れてきたようだ。真上は天蓋。だが見慣れた自分のものではなさそうだ。
左右を見渡すと、見覚えのあるような、ないような、そんな調度品。不思議に思って上肢を起き上がらせようと力を動かすと、スムーズに動くではないか。手も足も、自分の思うままに動く…一体どうなっているのか。ベッドから足をおろし、鏡台を探す。
ずっしりとした重みを足に感じながら鏡台の前に立ち、少女は目を見開いた。
「え?誰?」
月明りで鏡に映るのは、見覚えのない少女だった。いや、見覚えはある。
自分だ。アリア・ヴァネッサ。この少女の名前である。
汗で張り付いた髪を手櫛で整える。深みのあるダークブラウンの髪は、ふんわりと波打っている。見慣れたはずのブロンドではない。そうだ、わたしはアリアだ。ヴァネッサ伯爵の娘である。
ふう、と深呼吸して、もう一度鏡の自分と対峙した。
年齢は15歳。自分で言うのもどうかと思うが、快活な方である。好きなものは読書、苦手なものは虫と両生類。幼馴染が良かれと思って見せてくれたのがきっかけで苦手になったのだ。
そこまで冷静になって、アリアはとりあえずベッドに戻る。
昔読んだ本の中に「命は巡る」「転生」という文面があった。だがそれは空想の話であって、現実にはなかったのではないか。だがしかし、アリアの中にある「チェルシー」としての記憶は一体何なのか。むしろ、アリアではなくチェルシーとしての意識がこの体を占めている。アリアとしての記憶ももちろんあるが、ほぼチェルシーだ。
だから違和感がある。昔よりも小さい手足、細いが痩せこけてはいない、まだ健康的な体。本当に自分は転生したのか。
なぜ?そこまで考えて、アリアは考えることをやめた。
とりあえずもう寝よう。
明日まとめて考えよう。