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コントラクトカクテル  作者: 八猫宰相
8/8

7 羊の皮を被った狼は

 深夜のローズアヴェニューに昼間の賑やかさはない。

 夜間開いている店は少なく、民家から離れているこの通りには街灯以外の明かりはなかった。

 人通りの少ない静まり返った街の中を、フィルは一人走っていた。

 彼女がマリアの両親から電話を貰ったのが数時間前。

 それはマリアが夜になっても帰ってこないという内容だった。

 フィルがマリアと別れたのは夕方頃。フィルと別れた後に寄り道しているのだとしても帰りが遅すぎるし、連絡の一つもないなどマリアに限っては考えにくいことだった。

 何かあったとしか考えられない。

 そう思ったフィルは受話器を放り投げる勢いで家を飛び出したのだった。

 当てもなく街中を走り回ったが、マリアの姿を見つけることは出来なかった。

(今何時だろ……)

 マリアを探すのに必死で時間を忘れていたが、気付けば周囲に人気は無く、かなり夜も更けていることが分かった。

 マリアを見つけるまでは帰らないと自分の気持ちを奮い立たせて走り回って来たが、人一人通らない暗い夜道に、一人でいるのはさすがに不安になってきた。

「どこいっちゃったのよ、マリア……」

 フィルは遂に足を止め、激しく息を切らしながらその場にしゃがみ込んだ。

 立ち止まると頭の中に嫌な予感が浮かぶ。

 マリアは何かの事件に巻き込まれたのではないか。

 誰かに連れ去られてしまい、もうこの辺りにはいないのではないか。

(もしかしたら、もう……)

 次々と浮かんでくる悪い予感を振り払うように、フィルは立ち上がり、再び走り出した。

「あれ、この店……」

 フィルは見覚えのある建物の前で立ち止まった。

 既に明かりが消えている店内に昼間の華やかな雰囲気は無いが、そこは確かに今日、マリアと訪れたアテイスタアジールだった。

 願いが叶う、という噂がきっかけで訪れた店だが、もしもここを訪れずに真っ直ぐ帰っていたら、こんなことにはならなかったのではないか、とフィルは今更どうしようもないことを考えた。

「ほんとに願いが叶う店ならいいのに……」

 ぽつりと零した言葉は夜の闇に吸い込まれて消えていく。

 溜め息を一つ零し、ここにいても仕方ないと踵を返したところで、フィルの耳に人の声が届いた。

 耳を澄ませてみると、それは男の声で、何か話しているようだった。

(こんな時間に?)

 表通りには誰一人いないこの時間に、A&Aの裏から声が聞こえてくる。

 不思議に思ったフィルは、そっと声のする方へ向かった。

「………なんかあった………来たって事………」

 建物の影から路地を覗くと、アテイスタアジールの裏口らしき場所に、人影が二つあった。

「あの人、昼間のウェイターさんだ……」

 一度見たら忘れようにも忘れられない容姿の男。名前はゼストと言っただろうか。

 ゼストと話している相手は黒いローブを纏い、人目を避けるようにフード目深に被っている。フィルの位置から顔を見ることは出来ないが、かすかに聞こえる声でその相手は男なのだろうと判断した。

 ぼそぼそと小さな声で何かを話しているのだが、よく聞き取れない。

(こんな路地裏で何の話をしてるのかしら……。相手の男も怪しい格好してるし…)

 フィルは建物の影に隠れながら聞き耳を立てる。

 盗み聞きするのは良くないとは思ったが、マリアの情報が何か手に入らないかと、藁にも縋る気持ちだったのだ。

「……行方不明…が………なのですが、女が十数人……」

(行方不明?……女って…何?何の話をしてるの……?)

 行方不明と聞いてフィルが結びつけるのは、もちろんマリアのことだった。

 もしかしたら彼等はマリアがいなくなったことに関係しているのかもしれない。関与とまでは行かずとも、何かを知っているのではないかとフィルは考えた。

 男たちの会話をもっと近くで聞こうと思ったフィルは、息を殺して歩を進めようとした、その時──。

 突然肩を掴まれ、強い力で後ろに体を引かれた。





 クラートに言われ店の裏口に向かうと、目の前には黒いローブを被った人影。

 明らかに怪しい風貌の人物を目にするも、ゼストは特に驚きはしない。

 それもそのはず、ローブの人影はよくA&Aを訪れる情報屋で、ゼストがここで働き出して以来の長い付き合いだ。

 情報屋が裏口から尋ねてくるのは、仕事の時だけだ。

「あんたが裏口から来るのは久しぶりだな」

「ええまあ。最近は特に大きな事件も無く、穏やかでしたので」

「つまり、なんかあったから来たって事でいいんだな?」

 情報屋が訪れる時は大抵、この街に関する重要な情報が入った時だ。

「ええはい。先程自警団に入った情報によりますと、昨夜から行方不明者が続出しているようで。被害の程は男性が数名なのですが、女性が既に十数名に上るようで……」

「昨夜から?って事は現在進行形か?」

「ええそうです。現在、自警団に住民からの捜索依頼が寄せられているようで──」

「きゃあ!ちょっとなんなのよ!放して!」

 表通りの方から聞こえてきた女の悲鳴が、情報屋の言葉を遮った。

「ちっ、誰だこんな時間に……」

 ゼストはあからさまに不機嫌な顔で舌打ちをした。

「女性と、男が数人いるようですね」

 逸早く状況を察した情報屋は、表通りに背を向けて言う。

「話の続きはまた後日という事で……。私は失礼させていただきますよ」

「ああ、わかってる。早く行け」

 ゼストに会釈をした情報屋は小さい体を隠すように背を丸め、路地裏の暗闇の中へ消えていった。

 そうしている間にも表通りからは、男女の争うような声が聞こえてくる。

「……ったく、めんどくせえなあ」

 放っておこうかとも考えたが、店の前で問題が起きている以上放っておくわけにも行かず、ゼストは溜め息をついた。

 気配から察するに大方、夜歩きしていた女が男に襲われているとかの類だろうと予想はついたが、ゼストは焦る素振りもなく仕方なさそうに現場に向かった。

 表通りに出ると、四人の男が一人の少女を取り囲むようにして立っており、予想通りの光景にゼストは深く肩を落とした。

(こんなもんの為に情報屋の話聞き逃したのか……)

 普通の人間ならば「女の子が襲われている。早く助けなければ」と考えるかもしれないが、ゼストは「こんな時間に一人歩きするなら、自分の身くらい自分で守れよ」と思っていた。

「おい。そこの馬鹿共」

 ここでようやく第三者の存在に気付いたらしい四人の男が、一斉にゼストを見た。

「ああ?誰だお前……?」

 男達は敵意むき出しの目でゼストを睨むが、当の本人は全く意に介した様子は無い。

「そこの店で従業員をやっている者でね」

「俺達はこの嬢ちゃんに用があんだよ」

 そう言って男の一人がフィルの腕を引き、体を引き寄せる。

 乱暴に引かれた腕が痛んだが、構わずフィルは男の腕を振りほどこうともがく。

「──ウェイターさん!助けてください!」

 フィルはこの窮地に現れたゼストに、咄嗟に助けを求めるが……、そこでゼストが放った言葉は信じ難いものだった。

「うちの店の前で騒ぎを起こされると面倒だ。やるなら他所でやれ」

(………───え?)

 フィルは我が耳を疑った。

(今……なん、て……?)

 昼間のゼストを知っている者からすれば、にわかには信じられない発言だった。

 あの何があっても完璧なまでに紳士的な振る舞いを崩さなかったウェイターなら、至極当然といった流れでこの窮地を救ってくれると、そう思っていた。

 予想外の発言に頭が真っ白になったフィルは、男達に捕まっているという状態にも拘らず抵抗することも忘れ、その場に呆然と立ち尽くしてしまった。

 男達も一瞬何を言われたのか分からず、その言葉を理解するまで数秒の間を要した。

「お前、ふざけてんのか!」

 先程の言葉はゼストの本心だったのだが、彼等は馬鹿にされていると感じたらしい。

「別にふざけてなんかないが」

 激昂する男達を前に、怯えることもなく逃げる素振りどころか警戒する様子もないゼストの態度が、なおさら彼等の勘に触る。

 怒りのままそのうちの一人が懐からナイフを取り出した。

 暗闇の中で僅かな光を浴びて銀色に光る刀身。

 一般用に出回っている物とは違い、刃渡りの長いもので、まともに当たれば致命傷は避けられないものだ。

 武器を持って優位に立った男がにやりと笑みを浮かべるが、その緊迫した空気の中、ゼストは男達に聞こえるように、肩を竦めながら大きな溜め息をついた。

「全く……。脅しが通じない相手に、最初から自分の得物見せてどうすんだって話だ。こういう場合、手の内は隠しておくのが懸命な判断だと思うんだがな……」

 言葉を続けながら、ゼストは無造作にナイフを持った相手に近づいていく。

「ナイフ持ってますって予告するのとしないのとじゃ、当てれる確立に雲泥の差があるなんてこと、考えなくても分かると思うんだが」

「けっ!偉そうなこと抜かしやがって!んなことは避けてから言うんだな!」

 言うが早いか、男は無防備なままのゼストの顔めがけてナイフを突き出した。

「そのお綺麗な顔傷だらけにしてやるよ!」

 繰り出されたナイフを顔を傾けるだけでかわしたゼストを追うように、男は空振った腕をそのまま横に薙ぎ払うように動かす。

 後ろに一歩後退したゼストの眼前を銀色の刃が横切る。

「的が小さい頭を狙うのはお勧めしないぜ?狙うなら胴体にしたほうがいい。それとも当てないようにわざとやってんのか?」

 ゼストは明らかに嘲笑を含んだ声で言いながら、男が振り回すナイフを難なくかわす。

 動きを止めたゼストは、自分の左胸を親指で指し示して言った。

「ほら、俺の心臓はここだぜ?」

「なめやがって!」

 怒りに任せて男が突き出したナイフが、ゼストに触れようかというその瞬間。

「ぐあああぁぁ!」

 静まり返った夜の街に響いたのは、ナイフを手にしていた男の叫び声。

 男の手から放り出されたナイフが宙を舞い、音を立てて地面に刺さる。

 男は何が起きたか分からないまま、だらりと下がった右腕を押さえ、地面に片膝を着いた。

 その様子を離れた場所から見ていた他の男達は、辛うじてゼストの動きを捉えていた。

 ゼストは左胸に向かってくるナイフを上体を反らしてかわし、そのまま後方に手を着いてバック転しつつ男の右肘を蹴り上げていた。

 掌に付いた砂を掃いながら、ゼストは痛みに呻きながら蹲る男を見下ろした。

「一応加減はしておいた。さっさと医者でも行くんだな」

 医者じゃねえから治るのかは分からないがな、と物騒なことを告げるゼストを、男は忌々しげに見上げていた。

 彼は下っ端とはいえ裏の人間なのだ。一般人、それも自分より若い相手にここまで虚仮にされるなど、あってはならないことだった。

 男は痛みを堪えながらぎりぎりと奥歯を噛みしめ噛みしめ、傍らに突き立ったナイフを左手で掴んだ。

「医者に行くのはてめえの方だ!」

 叫びながら握り締めたナイフを突き出した。──が、それは左腕の内側に入り込んできたゼストの右手に逸らされ、彼の服を引き裂くだけに終わった。

「あーあー。新品のシャツだってのに……」

 肩の辺りがばっくりと裂けてしまったシャツを見て、呑気に溜め息をつきながら、ゼストは左手で男の首を掴んだ。

「失礼極まりないうちの常連客からは非力だ何だと言われている俺は、奴らみたいに片腕だけで人間の首へし折るなんて馬鹿げた芸当はできねぇ、が極一般的なことはさすがにできる」

 昼間の紳士的な笑みとは真逆の笑みを浮かべて、ゼストは左手に力を込める。

 気道を塞がれて顔色を変えた男は、ナイフを振り回してあがくが、ゼストの右手が難なくそれを押さえ込んでしまう。

「あ……──かっ……」

 男が気を失う前に見たものは、ゼストの破れたシャツの隙間から覗く刺青。肩に刻まれた翼の生えた狼だった。

 それで、男はすべてを理解し、意識を手放した。

「で、どうすんだお前ら。まだやるってんなら相手になるが…」

 気を失った男を離し、残った三人に向き直ると、男達は息を呑んで後ずさった。

 その視線が自分の肩に向かっている事に気がついたゼストは、苦い顔で右肩を押さえた。

(チッ…。最近平和だったせいか、すっかり忘れかけてたな……)

 ゼストは内心で舌打ちをする。

「お、お前……、その刻印、まさか……!」

 黒い翼狼の刻印。

 この国の裏の人間で知らぬ者はいない。

「アラル────」

 その忌まわしい名を口に出すのを遮るように、ゼストは気を失った男を突き飛ばし、言いかけた男にぶつける。

「…………さっさとこの場から消えろ」

 鋭いその声に、先程男を相手にしていた時の余裕は消えていた。

「お、おい、いくぞ!」

 我先にと逃げ出した男を追って、残りの二人が倒れた男を引きずりながら縺れるようにして走り出す。

 いつの間にか右肩を掴む手に力が篭っていた事に気が付いたゼストは、深く息を吐いてその手を放した。

 気を落ち着けて店に戻ろうとした所で、ゼストは忘れていたことを思い出した。

「おい、お前」

 成り行きとはいえ、自分は見知らぬ女を助けたのだった、と思い出し、地面に座り込んだまま呆然としている女に声を掛ける。

「…………」

 しかし、最初のゼストの予想外の発言に衝撃を受けたフィルは未だ放心状態であった。

 それもそのはず。恋など未だしたことは無いが、恋にただならぬ憧れをもつフィルが想像する、パーフェクト紳士に助けてもらう予想、もとい妄想は三パターンあった。

 選択肢その一、彼は颯爽と男達の前に飛び出し華麗に障害を排除。

 その二、フィルの手を引いて危険からの逃避行。

 その三、(少し格好悪いが)自らの手には負えないと判断しせめて救援を要請する。

 この三択だったのだが……現実はこうだ。

『やるなら他所でやれ』

 その一言。

 ゼストが男達を蹴散らしている間、その光景を呆然と眺めるフィルの頭の中は衝撃の一言がエコーし続けていた。

「おい、そこの女!起きてるなら返事しろ!」

 気が付けば、紳士だと思っていた男が目の前に近づいてきて、宝石のように綺麗な瞳が怪訝そうにフィルを見下ろしていた。

 自分の想像とは真逆の出来事にフリーズしてしまったフィルだが、真っ白だった頭に次第に怒りが湧いてくる。

 自分でも理不尽だと思うが、勝手に妄想を膨らませすぎた自分に落ち度があることもわかってはいるが、目の前の男の昼の姿とのあまりの落差に怒りを発散せずにはいられない。

 正気に戻ったフィルは、すくっと立ち上がり、ゼストの顔をにらみつけた。

「ちょっと!あなた何なのよさっきからお前とか女とか!私にはフィルって名前があるのよ!」

 一応助けたはずの女に恐ろしいほどの剣幕で詰め寄られ、さすがのゼストも後ずさりしてしまった。

「ていうかあなた、さっき私のこと見捨てようとしたでしょ!レディを見捨てるなんて男として恥ずかしいと思わないの!」

 こんな深夜に大声で叫んだら近所迷惑だろうと思ったが、食って掛かられると反射的に言い返してしまうのがA&Aのバーテンダーである。

「自分でレディだって言うんなら、もう少しレディらしく大人しくするべきなんじゃないのか」

「なによ!自分だって昼間紳士ぶって女の子騙してたじゃないの!この詐欺紳士!」

 まさに火に油。加えて私の純情返せ!と訳の分からない事を言われた。しかし昼間紳士ぶるという事に関しては身に覚えがある。

「お前なあ…、昼に店に来たのか何か知らねえが、騙してるとか人聞きの悪いこと言うんじゃねえよ」

 そもそも、ゼスト本人でさえ不本意でやっていることだ。それに対して文句を言われてもゼストにはどうすることもできない。

「あ!そうよ!あの男達のせいで邪魔されたけど、いいわ。この際だからあんたに直接聞くわ!」

 まだまだ言いたいことはたくさんあったが、そんなことよりフィルには今聞かなければならないことがあった。

(まだ言うことがあるのか……)

 げんなりしながらもゼストは様子を見ることにした。

「あんた、マリアのこと何か知ってるんじゃないの?」

「はあ?」

 予想外の展開で思わず素っ頓狂な声が出た。

(つーか、マリアって誰だよ……)

「残念だが、そんな名前の知り合いは俺にはいねぇよ」

「嘘よ!だってあんたさっき怪しい人と行方不明の女がどうのって話してたじゃない!」

 その瞬間、フィルは自分の周りの空気が凍ったような感覚に襲われた。

「見てたのかお前、あいつを…」

 先程までとは打って変わって、鋭い眼を向けられフィルは息を詰まらせる。

「何を見て、どこまで聞いたか言え。場合によっては──…」

 このまま帰しはしない、とゼストの眼が言っていた。

 向けられる視線の鋭さに、フィルは自分の体が震えていることにも気付かない。

「え…と、あ……の…」

(どうしよう、何か言わなきゃ…)

 早くこの男の問いに答えなければ、と思うのに上手く言葉が出ない。

 焦燥と極度の緊張で開ききった瞳に涙が滲みそうになった、その時。

「ゼスト君ストーップ!レディを泣かせてはいけません!」

 声を出すことすら憚られる緊迫した空気に、割って入って来たのは長い銀髪の男。

 A&Aのマスター、クラートだった。

「もー、表が騒がしいから何かと思って来てみれば……。なにやってるの、ゼスト君」

 クラートは美麗な容姿の眉を寄せ、ゼストを窘めるが、ゼストの顔は険しいままだ。

「なにって、その女は……!」

「ゼースートー君!レディにそんな言葉遣いしたら駄目だって、いつも言ってるでしょ」

 男達を圧倒し、フィルを硬直させたゼストの視線に全く気圧される事のないクラートは、逆に異質な存在である気がしたフィルだが、クラートから敵意は微塵も感じられず、密かに胸を撫で下ろした。

 そこでようやく、先程までの緊迫した空気が無くなっている事に気付く。

「その女はあいつを見てるんだが……」

 いいのか、とゼストは険しいままの視線で問いかけるが、クラートは柔和な笑みを浮かべて返す。

「うーん、まあそれは問題だけど……。まあ大丈夫だよ、きっと」

 まったく根拠の無い返答にゼストは溜め息をつく。

「俺はあんたの為に言ってるんだがな……」

 納得できない様子のゼストは、眉間に皺を刻んだまま、フィルに視線を向ける。

 冷気を帯びたままの目を向けられ、フィルは咄嗟にクラートの後ろに隠れた。

「ふふ…、ゼスト君は優しいね。心配してくれてありがとう」

 ゼストより長身のクラートは、子供を宥めるようにゼストの頭をよしよし、と撫でる。

「……っとに、あんたは。……もういい、好きにしろ」

 すっかり毒気を抜かれてしまったゼストは、諦めたように言い捨てると、踵を返した。

(あんなに怖かったのに、マスターの前じゃ子供みたい)

 クラートの後ろから様子を覗き見ていたフィルには、二人の関係がただの雇い主と従業員ではないように思えた。

 先程A&Aの裏での会話は何だったのか、相手は誰だったのか。更にはクラートとゼストの関係だとか。この短時間でフィルの頭は疑問で埋め尽くされてしまったが、それを口に出せば再びゼストの不興を買うような気がして、今は黙っていることにした。

 背後で大人しくなってしまったフィルにクラートがにこりと笑い掛ける。

「うちの子が怖がらせちゃったみたいで、ごめんね。こんな場所で立ち話もなんだから、こちらへどうぞ、レディ」

 こうして少女は夜のアテイスタアジールへ足を踏み入れた。

今書いてる猫と魔女の方ひと段落したら続きを書くかもしれません。

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