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コントラクトカクテル  作者: 八猫宰相
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4 学校帰りのご褒美は

「来た!ついに来たわよ、A&A!」

 時刻は夕方に差し掛かる頃、A&A入り口前で少女がこれでもかと言わんばかりに拳を突き上げた。

「フィル…、お店の前だから静かにね」

 今にも店内に走りこんでいきそうな少女フィルを、隣に並ぶ友人のマリアが窘めた。

「だって、あの噂のA&Aよ!もしかしたら何かあるかもしれないじゃない!」

 学校にいる時からずっと楽しみにしてたんだから!と興奮気味のフィルは、早く入ろうとマリアの腕を引く。

「もう。子供じゃないんだから、あんまりはしゃがないの。他のお客さんの迷惑になるでしょう」

「……大人でもないわよ」

 至極真っ当な注意をされ、フィルは拗ねたように口を尖らせ屁理屈をこねる。

 もう子供といえる年ではないのだが、かといって成人しているわけでもない微妙な年頃のフィルとマリア。

 幼馴染の彼女達は、どこに行くのも一緒の事が多いが、元気が取り柄で活発なフィルは、誰が見ても美人で落ち着きのあるマリアと並んで歩くと、妹と間違われることが多い。

 容姿だけ比べても、マリアのさらりとした長い銀髪に対し、フィルは所々くせのある赤毛で髪を伸ばすことも難しい為、時折マリアが羨ましくなることもある。

「ほら、そんなこと言ってると置いてっちゃうわよ?」

「あ!ちょっと待ってよマリア!」

 先に歩き出してしまったマリアの後を、慌てて追う。

 勢いのままばたーん、と盛大に開けてしまった扉の先でフィルが最初に見たものは……。

「いらっしゃいませ。アテイスタアジールへようこそ、お客様」

 彼女の今までの人生で目にしたことのないような端整な顔立ちのウェイターの、紳士的な笑顔だった。

「……………………」

 先程までの騒がしさはどこへ行ってしまったのか、フィルは目を見開いたまま絶句していた。

 すでにここを訪れたことがあるマリアは、隣で硬直してしまったフィルの予想通りの驚きぶりに、口元を掌で隠し、笑いを堪えていた。

「本日はこちらでお召し上がりでしょうか?」

 フラワーズガーデンではあまり見かけることの少ない黒髪に、透き通る翡翠色の瞳を持つ青年は、首を少しだけ傾けて問う。右目を隠すように下ろされた前髪がミステリアスな雰囲気を増張させている。

「は、はい!こ、ここ、こちらでお召し上がります!」

 滅多にお目にかかれないような美青年を目の当たりにしたフィルは、自分が変な言葉遣いをしていることにも気付かないほど動揺していた。

 しかしウェイターは、明らかに挙動不審なフィルの様子を気にする素振りもなく、相変わらず笑顔を絶やすことが無い。

「お好きな席へどうぞ」

「ほら、フィル!ぼーっとしてないで行くわよ」

「…────あ!うん!」

 マリアに声をかけられて、ようやく我に返ったフィルは、空いている二人掛けの席に腰を下ろした。マリアもその向かい側に座る。

「ご注文がお決まりになりましたら、従業員をお呼び下さい」

 そつの無い動作で水の入ったグラスとメニューを置き、ウェイターは軽く会釈をしてカウンターへ戻っていった。

「────っ……、はぁー…」

 その背中を眺め、フィルはようやく緊張のあまり詰めていた息を深く吐き出した。

「ほら、フィル。水飲んで落ち着きなさい」

 面白いくらい動揺している幼馴染に、マリアは苦笑しながらグラスを差し出した。

 目の前に置かれたグラスを掴み、自棄酒を煽るかの如く勢い良く水を飲み干し、フィルは空になったグラスをテーブルに置き、言った。

「なに?なんなの、あの人!凄い、かっこいい!」

「初めはみんな驚くのよね」

「マリアも…?」

「ええ。フィルほど大騒ぎはしてないけど」

 マリアは口元を手で隠しながら優雅に微笑んだ。

「ローズアヴェニューじゃ有名なのよ。ウェイターのゼストさんに、マスターのクラートさん。ウェイトレスのアウラさんもね」

 マリアに言われて店内を見渡し、フィルはこの店の従業員が美男美女揃いであることに気がついた。

「うわぁ、ほんとだ。みんな綺麗な人ばっかりなのね……」

 忙しそうに動き回っている従業員に見惚れるフィルだが、美麗な笑顔の裏側でウェイターが罵詈雑言を並べていることや、同姓でも惹かれてしまいそうなウェイトレスが先程まで食器を割っていたことなど知る由も無い。

「この店の人気はそれだけけじゃないんだけどね。すみません、注文いいですか?」

 そう言ってマリアは近くを通りかかったアウラを呼び止めた。

「あ、はい。ご注文はお決まりですか?」

「レアチーズケーキとローズヒップティーを。フィルは?」

「え、え!ちょっと待って!ええーと……」

 慌ててメニューを見ると、フィルの見知った名前から見慣れない名前までずらりと並び、急に決めろと言われても、目移りしてしまう。

「えっと、ローズケーキとロイヤルミルクティーで!」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 暫くして、ケーキと飲み物を乗せたトレーを持ってアウラが戻ってくる。

 その様子をゼストがはらはらと気を揉みながら伺っていることには誰も気付かない。

「お待たせいたしました」

 ゼストの祈りが通じたのか、珍しく何のミスもなくケーキと飲み物を出したアウラは、優雅に一礼してその場を離れた。

「うーわー!なにこのケーキすっごい可愛いっ!」

 バラの花に模られた薄いピンク色のケーキを目の当たりにし、フィルが目を輝かせて歓声を漏らす。

「もちろん味もお墨付きよ」

「ほんとだ、すっごく美味しーい!あー…これは人気にもなるわ……」

「納得した?」

「噂が立つ店って、やっぱりそれなりの理由があるのね……」

 早々とケーキを間食してしまったフィルはミルクティーを飲みながら呟く。

「噂と全く同じってわけじゃないけど、フィルの願いは叶ったんじゃない?」

 マリアに笑顔で問いかけられ、フィルは昨日自分が言ったことを思い出した。

 おいしい物が食べれて、素敵な人との出会いもあり、そしてマリアと楽しく過ごせた。

「確かに、わたしの願いの半分くらいは叶っちゃったなー…」

 結局嫌いな授業は無くならなかったけどね、とフィルとマリアは笑いながら席を立つ。

「これであとは偶然にも街でウェイターさんと再会!なーんてことになって、ゆくゆくはお付き合いとかに発展したら完璧なんだけどなー」

「素敵な話ではあるけど、妄想はほどほどにねフィル」

 今まで男性との交流の少なかったフィルは乙女の妄想を爆発させるが、付き合いの長いマリアは冷静に釘を刺す。

「ひどー!ちょっと言ってみただけなのに!」

「はいはい、言うだけならタダですからね」

 会計を済ませ、二人は会話を弾ませながら出口へ向かう。

「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」

 深々と礼をしたゼストに見送られ、二人は店を出た。

 色々な噂はあれど、紳士淑女の集まる癒しの店、アテイスタアジール。

 ──その、昼の姿であった。

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