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コントラクトカクテル  作者: 八猫宰相
3/8

2 厨房の妖精

 厨房へ続く扉を開けると、空気の流れに乗って甘い香りが漂い出す。

「ウィアさん。ラズベリーフロマージュとガトーショコラのオーダーが入りましたが、大丈夫ですか?」

 厨房に入るなりゼストは、ここから姿は見えないが奥にいるであろう人物に声を掛ける。

「んー、だいじょーぶなのだよー。さっき作ったのが冷蔵庫に入ってるからいくらでもどーぞー」

 子供のような暢気な声の主は、銀色のボウルを抱えながらゼストに近づいてきた。

「いや、一個ずつでいいんで」

 ウィアの持つ独特な雰囲気に呑まれ、僅かにゼストの素が出た。加えて、ここには客の視線が無いからというのも理由の一つである。

「カットはもう終わってるのだー」

 にぱっと愛らしい笑顔を浮かべ、ウィアはゼストを見上げる。

 子供のような幼い容姿のウィアは背丈もゼストの胸の下あたりまでしかない。ちなみにゼストの身長はアリーヴァ王国の男性の平均より少し高いくらいだ。

 たまに女の子と間違われることもあるほど可愛らしいウィアだが、実のところ彼はゼストより年上らしい。(クラート談)

(もしこれで三十過ぎとか言ったら詐欺だよなあ……)

 生クリームの入ったボウルを抱えているウィアを見下ろすゼスト。とはいえ詐欺の度合いで言うなら彼も引けを取らないわけなのだが。

 冷蔵庫からケーキを取り出しトレーに乗せ、厨房を出ようとしていたところで、ウィアが脚立に乗って棚から小麦粉を取り出そうとしているのが視界の横に入った。

「あの……ウィアさん?何してるんですか?」

「小麦粉が切れたから、取ろうと思ってるのだよ」

 一段登る度にがたがたと揺れる脚立。

 どう見ても危なっかしい、と作業を代わろうとしたゼストはケーキを作業台に置いたが、既に遅かった。

「────わ!」

 小麦粉に手を伸ばし袋を掴んだ矢先、脚立がぐらりと傾き、ウィアの体が宙に放り出される。

 咄嗟に走り出したゼストがウィアの体を抱き止めて救助したが、一拍の時差で落ちてきた小麦粉の袋がゼストの頭に直撃した。

 ばふっと空気の抜ける音と共に、ゼストの体に小麦粉が降りかかり、きっちり手入れされた黒髪と、汚れ一つ無い黒い制服は一瞬にして白くなる。

 そのまま床に落下しそうになる袋を、ゼストは小麦粉を被りながらも空中でキャッチした。

「………………」

 ゼストは無言のままウィアを床に降ろし、もう片方の腕で掴んだ小麦粉を手渡す。

「あう、ごめんなのだ、ゼスト……」

 致命的な失敗にゼストが怒っているのではないかと思い、ウィアは俯きながら謝罪する。

「いえ。それよりウィアさん、怪我はありませんか?」

 無表情のままゼストが口にした言葉は、ウィアの予想とは違ったものだった。

「だ、だいじょうぶなのだ…」

「小麦粉の方は?」

「ちょっと零れただけなのだよ…」

 抑揚の無い声がかえって恐ろしい。ウィアはいつゼストの怒りが爆発するのかと内心びくびくしながら答えた。

「それなら良かったです」

 ゼストは僅かに笑みを浮かべ、俯いたままのウィアの頭を撫でる。

「お、怒ってないのか……?」

 ウィアは恐る恐る顔を上げ、ゼストの表情を窺う。

「怒ってないですよ。ただ、次からは無理をせずに私に頼んでほしいところですね」

「うう、ごめんなのだよ。ゼストは忙しいから、このくらい自分でやらなきゃって思ったのだよ……」

 子供のような見た目に反して、大人の気遣いを見せるウィアに思わず顔が緩む。

「そのくらい苦でもありませんから、気にしなくていいんですよ。それより、普段はどうしてるんです?」

 ゼストは明らかにウィアでは届かない高さの棚に視線を移して問う。

「いつもはヴァローナに取ってもらってるのだ。今日はまだ起きて来てないだけなのだ」

 ヴァローナはウィアと同じ厨房担当の従業員なのだが、今日はまだ姿を見せていないらしい。

「そういえば昨夜は遅くまで大量の酒を飲んでいましたね……」

(……ったく、二日酔いでダウンなんて使えねえオッサンだな。その無駄にでけえ身長こういう時に使わないでいつ使うってんだバカ。そもそも昨日の夜、客と飲み比べなんて馬鹿な事してっから──…)

 ゼストは接客用の笑顔を浮かべたまま、胸中でヴァローナにつらつらと文句を述べる。

「役立たずへの制裁は後ほどとして、ウィアさん…、申し訳ないのですが私の代わりにケーキを運んできて貰って宜しいでしょうか?」

 さすがに小麦粉まみれのままでホールに出るわけにはいかないし、かといって客を待たせるわけにもいかない、とゼストはウィアを見る。

「そのくらいお安いごようなのだよ!」

 ゼストが怒っていないことにホッとしたのか、ウィアは満面の笑顔で頷き返した。

 ゼストは他の従業員のミスには厳しいが、ウィアに対しては大目に見ることにしている。

 それは贔屓目に見ているというわけではなく、他の従業員に比べればこの程度の失敗など可愛いものだからだ。

(ウィアさんが何かやらかすこと自体珍しいしな……。別に怒るほどのことでもない)

 ウィアがケーキを持ってホールへ向かうのを確認した後、ゼストは店の裏口から外へ出た。

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