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暗黒騎士の幸せな末路  作者: つー
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暗黒騎士

 漆黒の甲冑を身に着けた暗黒騎士が周囲を見渡した。漆黒の禍々しい盾を左手に持ち、不気味な黒い瘴気がまとわりついた片刃の長剣を腰に吊るしている。表情は兜の面頬で分からないが、面頬の細い切れ目から鋭い眼光が覗いている。彼は16歳の若さで北の帝国軍、最強と呼ばれる暗黒騎士団の団長に抜擢された最強の暗黒騎士。その名はエイト。

 エイトの視線の先には、彼の配下である千人を超える暗黒騎士たちが直立不動で隊列を組んでいた。


 暗黒騎士とは、闇の力を自在に操るダークサイドの騎士。闇の力を秘めた魔剣や邪剣、呪われた装備を使いこなし、その戦闘力は絶大だ。一つの戦で百人を葬ると言われる。この暗黒騎士を団長として束ねる、エイトの力は計り知れない。


 隊列から1人の暗黒騎士がエイトの前に進み出た。闇と血が混じったような赤褐色の甲冑に身を包んだ、この暗黒騎士は騎士団の副団長だ。暗黒騎士になるだけでも立派なエリートである。16歳で団長になったエイトは異常な存在だが、副団長も20代前半の若さで昇進し続ける怪物の1人だ。副団長が片膝を地面に着け、エイトに報告する。


「エイト団長、攻撃の準備が整いました」


 エイトは不気味な黒い瘴気がまとわりついた長剣を抜き放った。鞘から抜かれた長剣から、不気味な空気が漂う。大空に剣先を向け構えた。


「攻撃開始」


 エイトは不気味な空気ごと、長剣を振り下ろして命令を下した。エイトは騎士団の先頭に立ち、攻撃目標に向かう。団員たちも、剣、大斧、矛槍・・・各々の武器を構えながら、ゆっくりと前進を始めた。攻撃目標は前方の廃村だ。もともと10軒程度の住居と教会しかない小さな村だったが、数年前に住人がいなくなり放棄された村。この廃村に帝国の新兵器研究所から逃亡した、危険な魔物たちが潜んでいるらしい。今回のミッションはこの魔物たちの殲滅だ。魔物の数や種類、戦力についての情報は一切ないが、ミッションは皇帝陛下からの絶対命令。失敗は許されない。


 村の周囲は簡単な木の塀で囲まれている。魔物が修復したのであろうか、木の塀は所々に補修の跡が見えた。今回のターゲットは、知性がある魔物なのかも知れない。罠や待ち伏せの可能性もあるだろう・・・しかし、塀の前で長剣を構えたエイトは、


「ダークスラッシュ!」


 大声と共に長剣を塀に叩きつけると、「ドカーン!」と大きな破壊音と共に塀は粉々になって吹き飛んだ。エイトの強烈な斬撃は、塀と共に罠や待ち伏せの可能性もまとめて吹き飛ばした。だが同時に村への奇襲攻撃のチャンスも失っている。村への奇襲を台無しにするエイトの無駄な大声、大音量の破壊音に副団長は頭を抱えたが、他の団員たちは黙々と進行を続けた。団長の行動はいつものことであり、自分たちの強さに絶対の自信を持つ、彼らは奇襲など不要と思っていた。


 粉々になった塀を踏み越え、村に侵入したエイトは村で一番大きな建物である教会に向かう。レンガ作りの教会は、村の規模にしては立派な作りで村人たちの信仰心の厚さをしのばせた。エイトは教会の中から、微かな気配を感じた・・・扉の前に立ったエイトは、


「ダークキック!」


 微かな気配に構うことなく教会の扉を蹴り破った・・・扉の先は薄暗い礼拝堂だ。礼拝堂の小さなステンドグラスから差し込む光が神秘的に内部を照らしていた。ズカズカと中に入っていく。


「これが危険な魔物なのか?」


 礼拝堂には、10人程度の少年少女たちが肩を寄せ合いながら潜んでいた。正確には、人間の子供と他の生物が混ざった人型の生き物・・・鳥の翼と人間の顔、体を持った少年。顔は猫、体は人間の少女。モグラの大きな両腕に巨大な爪を持った少女・・・子供たちは不安そうにエイトを見つめている。


「こんな姿を見られて恥ずかしい・・・私たちは合成獣(キメラ)の実験体です。もう、いじめないで下さい。殺さないで下さい。私たちは静かに暮らしたいだけ・・・」


 猫の顔を持った少女は悲しそうに呟いた。他の子供たちも不安そうにエイトを見つめる。いきなり隠れ潜んでいた教会の扉を蹴り破られ、恐怖で涙を浮かべる子供もいた。今回のミッションは危険な魔物たちの殲滅のはずだ。エイトの目には、子供たちが危険な魔物には見えなかった。子供たちは、殲滅の対象では無く、救済が必要な守るべき対象だとエイトは思った。そして、行動に移す。


「情報の行き違いがあったようだ。安心しろ、君たちの安全は保障する」


 子供たちは合成獣(キメラ)になってから、人間扱いされたことがなかった。新兵器研究所では、子供たちへ毎日のように苦痛をともなう実験が繰り返された。運良く研究所を逃げ出した後も軍人たちに追われ、逃亡中に出会った旅人や行商人も、合成獣(キメラ)となった異形の姿に恐怖し悲鳴を上げて逃げて行く・・・子供たちは、エイトの力強い言葉に安堵の表情を浮かべた。今回のミッションは何かおかしい・・・この程度の標的、10人程度の子供の合成獣(キメラ)に対して、帝国軍最強の暗黒騎士団が総動員されている・・・何か裏があると感じる・・・エイトはミッションの中止を決断し教会から表に出た。



 教会の周囲は暗黒騎士たちに囲まれていた。廃村に散らばる10軒程度の住居の捜索は終わり、残すは教会内の探索のみになっていた。どうやら子供たちは教会に集まっていたようだ。周囲の住居では戦闘は起こっていなかった。


「ミッションは中止だ。情報に間違いがあった。子供たちを保護し、帝都に引き返す」


「団長・・・何を言っているのですか?今回のミッションは魔物たちの殲滅です。教会内に魔物がいるようですね。すぐに殲滅しましょう」


 副団長がエイトを押しのけて教会に入ろうとする。蹴り破られたドアの中から、心配そうにエイトを見つめるたくさんの顔が見える。合成獣(キメラ)を確認した暗黒騎士たちは、武器を構え戦闘態勢をとった。


「ダメだ。こいつらは危険な魔物ではない。殲滅対象の魔物はいないんだ。ミッションは中止だ」


「ミッションは皇帝陛下の絶対命令ですよ。団長は中止されるおつもりですか?」


「そうだ」


 副団長は芝居がかった仕草で天を仰ぎ、団員たちへ大声で訴える。


「暗黒騎士団のみなさん、団長はご乱心めされた。皇帝陛下の命令は絶対です。団長を排除し、教会の内の魔物を皆殺しにしましょう!」


 暗黒騎士団を構成する各小隊の隊長たちが、一斉に副団長に呼応し口々に隊員たちに命令を下した。


「団長を排除し、魔物を皆殺しにせよ!」

「皇帝陛下に忠義をしめせ!」


 副団長、隊長たちの命令に、千人を超える騎士団全員が従いエイトに敵意を向け臨戦態勢をとった。 エイトを取り囲む暗黒騎士たちは、次々に呪文の詠唱を始めた。暗黒騎士は剣技だけではなく、魔法を使いこなすものも多い。完成した呪文は『闇球』。闇の力を束ねた球状の塊を放出する闇魔法だ。闇球はゆっくりとした速度で狙った相手を追尾していく。その数、数百。数百の『闇球』は、壁のようにエイトを包囲し逃げ場は無い。『闇球』の壁は徐々にエイトに迫ってくる。高レベルの魔法ではないが、集団で一斉射撃された魔法は、闇魔法への耐性がある暗黒騎士でも耐えられないだろう。


「ダークシールド!」


 エイトは叫ぶとともに、左手に持った盾でゆっくりと向かってくる闇球を受け止める。受け止められた闇球は、次々に何事もなかったように消滅していった。漆黒の禍々しい盾は、魔法を受け止める度に徐々に赤みを帯び始め、全ての闇球を受け止めた盾は真っ赤に変わり、表面に怒り狂う鬼の顔が浮かび上がった。


「魔法攻撃は中止して下さい!あの盾は、呪われた武具『怒りの盾』です!ダメージを蓄積し、限界を超えると大爆発を起こします!魔法は『弱体化』に切り替えて下さい!」


 周囲の暗黒騎士たちは、闇魔法『弱体化』の詠唱を始める。この詠唱の間も、エイトに休む間は与えられないようだ。4人の暗黒騎士が、エイトを包囲し同時に切りかかった。4人とも、エイトも認める剣技に優れた隊長格の団員たちだ。4本の剛剣が迫るが、エイトは構わずに1人の暗黒騎士を切りつけた。


「ダークミネウチ!」


 エイトは片刃の長剣の刃を返し、峰打ちで暗黒騎士の1人を吹き飛ばす。残りは3人・・・残り3本の剣はエイトの漆黒の甲冑に当たった。しかし、「カーン!」と甲高い金属音とともに、暗黒騎士たちの剣は跳ね返された。エイトは無傷のようだ。


「これが、噂に聞く『死の女神の鎧』ですか・・・並みの魔剣では歯が立たないようですね」


 副団長が溜息交じりで呟いた。エイトが身に着けた漆黒の甲冑『死の女神の鎧』は、死者の霊が憑依した呪われた鎧だ。鎧自体の性能も高いが、憑依した死者の霊はエイトに代わり一定のダメージを肩代わりする能力がある。今回の攻撃によるダメージは、死者の霊が肩代わりしたようだ。エイトは3人の暗黒騎士たちも、次々にダークミネウチで吹き飛ばした。


「みんな、戦闘を中止しろ!危険な魔物は、ここにはいない!ミッションの情報の間違えについては、俺自身で皇帝陛下に問い合わせる。とにかく剣を収めろ!」


「団長・・・今回、団長が受けたミッションは魔物の殲滅ですが・・・我々は、皇帝陛下から別のミッションも授けられています・・・それは、団長がミッションを中止した場合は、団長を殺すというものです・・・解っていましたが団長は強い・・・装備も超一級品ばかりですね。さすが、この若さで暗黒騎士団長に抜擢された方ですね・・・」


 副団長はフーっと大きなため息をつくと、


「時間稼ぎの長話は終わりにしましょう。みなさん、闇魔法『弱体化』を放って下さい」


 周囲を取り囲む暗黒騎士から、次々に『弱体化』の闇魔法が放たれた。『弱体化』は対象の能力を下げる闇魔法で、攻撃力、防御力、素早さを下げる効果がある。そして、呪いの効果までは怒りの盾でも、漆黒の甲冑でも防ぐことは出来なかった。10回、20回、30回・・・重ね掛けされていく『弱体化』の効果で、エイトの動きは明らかに鈍っている。エイトの話を聞く気配がなく、一糸乱れぬ連携で攻撃を続ける暗黒騎士団たち・・・皇帝陛下から、エイト以外の団員に下された別のミッションの存在・・・エイトがミッションを中止した場合のエイトの殺害命令・・・きっと十分な時間をかけ、綿密に裏切りの準備を進めていたのであろう。エイトは騎士団たちの説得を諦めた。子供たちと「安全を保障する」と約束した。この約束は、なんとしても守りたい。


(俺って、部下全員に裏切られるなんて相当嫌われ者かも!しかも、裏切りの準備に気づかないなんて相当のおまぬけさんだ!)と、エイトは暗い気持ちになり、ちょっぴり涙が出た。ゴシゴシと涙を拭う


「ふふふっ・・・団長も暗黒騎士団を総動員した『弱体化』の重ね掛けには、勝てなかったようですね。悔し涙を浮かべる姿を眺めていたい気持ちもありますが、そろそろ終わりにしましょう・・・」


 副団長が強烈な斬撃をエイトに打ち込む。同時にエイトも斬撃を放ち、2人の剣が空中で交差し火花を散らす。「キン!」と甲高い金属音と共に1本の剣が宙に舞った。宙に舞ったのはエイトの剣であった。剣を失ったエイトに副団長は容赦ない斬撃を繰り返す。エイトは『怒りの盾』で必死に防御を固めるが、『弱体化』で動きが鈍ったエイトの盾を掻い潜り、副団長の斬撃は漆黒の甲冑『死の女神の鎧』に命中する。


 一撃、二撃、三撃、副団長の連撃がエイトを打ちすえる・・・『死の女神の鎧』の持つ、ダメージを肩代わりする効果が限界を迎えた。斬撃のダメージがエイトを打ちのめす。ダメージに耐え切れず、エイトは膝を地面についた。


 四撃、五撃、六撃、連撃はさらに続く・・・エイトの手から盾が滑り落ち地面に転がった。


 七撃、八撃、九撃・・・エイトの動きは完全に止まった・・・副団長も攻撃を中断し、息を整えながら力をためる。そして、


「団長、死んでもらいます!」


 副団長は必殺の突きを放つ。剣はエイトの胸に当たった。甲冑を貫き、胸に突き刺さる。どう見ても致命傷だ。副団長が剣を引き抜くと、大量の血が噴き出た。エイトの体が前のめりに倒れ始めた・・・最後の力を振り絞り、地面に転がる『怒りの盾』に・・・


「ダークパンチ・・・」


 倒れこみながら『怒りの盾』に拳を振るう。真っ赤に変わり、怒り狂う鬼の顔が浮かび上がった盾から、大量の蒸気が噴出した。これは、大爆発までのカウントダウンだ。


「無駄な足掻きですね・・・もう団長に戦う力はないでしょう。暗黒騎士団のみなさん、爆発に巻き込まれる必要はありません。全軍後退してください」


 『怒りの盾』の爆発は、この廃村を消滅させるだけの威力がある。暗黒騎士団は一斉に後退を始めた・・・

エイトはヨロヨロと立ち上がり、子供たちが隠れる教会に戻った。致命傷を負ったエイトを子供たちは心配そうに見つめている。エイトの足元は、噴き出る血で血だまりがどんどん広がっていた。


「みんな、申し訳ない・・・安全は保障すると約束したが、守ることができなかった・・・出来るだけ、遠くに逃げるんだ。爆発の混乱で、包囲を突破するチャンスがあるかも知れない・・・とにかく逃げてくれ!」


 エイトの言葉に子供たちは、にっこりと微笑んでいる。そして顔は猫、体は人間の少女が言った。


「謝る必要はありません。命がけで私たちを守ろうとしてくれたことが嬉しいです。私たちを人間扱いしてくれたことが嬉しいです。でも、私たちは普通の子供ではありません。強い強い魔物です。だから、逃げ延びることができるでしょう。だから、あなたは安心してお休みください・・・」


 子供たちの微笑みのなかで、エイトは意識を失った。そして、『怒りの盾』の大爆発が起こり、教会を、他の家々を爆風で吹き飛ばした。この爆発で廃村は完全に消滅した。

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