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第十三話

一通り泣いて落ち着いたカナは泣いたせいか痛む喉に軽く手を添えながら朝食を終えた。食器を返したらパック牛乳を飲んでいる刑事の隣に座る。


「……やっぱり、おまわりさんってアンパンと牛乳お好きなんですか?」


父母が死んだショックと、そのショックがそこまで大きくないというショック、その二つはカナの頭に話題転換を促していた。しかし、両親の死をそんな簡単に頭の隅に追いやれる訳もなく、ドツボにはまっていく。


「餡子あまり好きじゃなくてね……クリームパンは食べるよ」


刑事は気を紛らわしたいのだろうと思って話に乗る。同時にこの歳の女の子がそんな考えを抱くだろうかと経験を漁りながら。

カナはそれからしばらく刑事ドラマの定番を元にしたくだらない質問を投げかけ、刑事はそれに素直に答えた。隣に座っていることで薄らと伝わってくる他者の体温に、カナはアイに会いたいと強く思い始める。


「…………あの、電話……していいですか」


「昨日言ってた友達かい?」


「……はい」


「特に止める理由はないよ」


早朝という訳でもない、通勤通学のラッシュも過ぎて落ち着いてくる時間帯。昨晩のような問題はない。

病院備え付けの電話の使い方に戸惑いつつ、ボタンを押していくカナに刑事が背後から尋ねる。


「この時間なら学校に行っているんじゃないか?」


「え……あっ、が、学校……?」


カナは今日が火曜日であることと、もうとっくに始業の時間を過ぎていることを思い出す。


「ど、どうしようっ……すぐ家に帰って準備しないと……」


「えっ、いや、今日は休みなさい」


「でも……」


「忌引なら欠席扱いにはならない……じゃなかったかな?」


刑事は遠い昔の学生時代を思い出すが、忌引で休んだことがなかったためふんわりとした常識で物を言った。


「……ぁ、あぁ、ほら、電話、出たみたいだよ」


カナは慌てて受話器を持ち上げ、電話の礼儀を必死に思い出す。


「ぁ、も、もしもし……私っ、釘谷カナと言います。優利谷様の……お電話、でしょうか……」


この言い方で合っているのか不安になって、刑事を見上げる。


「ご要件はなんでしょう」


「あっ、えっと、アイちゃん……その、私アイちゃんのクラスメイトで、少し……話が。アイちゃん……ぁ、アイさんは、ご在宅ではない……ですよね」


「いえ、居らっしゃいます。繋ぎますね」


「へっ? ぁ、ありがとうございます……」


カナはアイが家に居ることに疑問を抱いた。そして風邪でも引いたのではないかと心配し、もしかしたら父母のように誰かに襲われたのではないかとまで不安を膨らませた。


「もしもし? カナ? かけてくれるなんて嬉しいわ」


しかし、元気そうな声にその不安は萎んだ。


「……あっ、アイちゃん? ごめんね、電話大丈夫?」


「ええ、ええ、もちろん!」


カナからの電話なら何よりも優先する。


「アイちゃん……その、学校は? 風邪とか?」


「えぇと……家の事情よ」


「え、だ、大丈夫?」


「ええ、その……昨晩から今日の昼までかかる予定だったけれど、想定より早く終わってしまって、退屈していたから」


本当は父母を失ったカナが電話をかけてこないかと淡い希望を抱いて休んだ。本当にかかってくるとは思っていなかったので咄嗟に理由を考えたアイは不審がられないかと緊張していた。


「そっか……」


「カナは? どうしたの?」


「……ぁ、あの、ね……私の、その、お父さんとお母さんが……」


カナは涙声混じりに父母の死をアイに話した。父は出張先で事故にあったと、母はそれに対応しようと出かけて襲われたと、刑事に肩を叩かれるまで詳しく話そうとした。


「………………そう、そんなことに」


「うん……それで、ちょっと不安で、アイちゃんの声聞きたくて」


アイは電話の子機を持ったまま大きなベッドの上をゴロゴロと転がった。声が聞きたいなんて、カナと話していない間アイがずっと考えていることだ。


「そう、そうなの……私の声、どうかしら。ご期待に添えた?」


「う、うん、ちょっと、落ち着いたかも」


「そう……それで、カナ、今どこに居るの? 親戚の人のお家とかかしら」


「ぁ、病院……なの。その、お母さんが運ばれたところ。私……その、親戚付き合い悪くて、誰も……番号、知らなくて」


知っている。アイは受話器の向こうでほくそ笑んだ。

もしカナの家が親戚付き合いをしっかりと行っていたならば、死者が増えていたかもしれない。もしくはその親戚に圧力をかけたか。


「あら……なら、今日は病院に泊まるのかしら。それともお家にひとり?」


「おまわりさんがね、その……大人の人、居ないとダメって。親戚の人、私は知らないけどおまわりさん達が探してくれるみたいで、見つかるまでは……病院? でも、ずっと泊まるのも……迷惑だよね」


アイは笑顔を浮かべ、それを声に滲ませないように気を付けながら、ずっと前から温めていて練習までしていた言葉を紡いだ。


「なら、私の家に来る?」


「え……?」


「少し前からお父様とお母様に話していたのよ。とても仲の良い友達が出来たから、いつか連れて来たいって、泊まらせたいって……いつ誘おうか迷っていたの。ちょうどいい……なんて言えないけれど、私の方は都合がついているわ」


突然の提案とまくし立てられた提案を丁重に断る理由を塞ぐ話に混乱して、カナは返事ができなくなった。刑事を見上げ、服の裾を引き、友達の家に泊まらないかと誘われたと吃りながら話した。


「……貸してもらっていいかな」


刑事は受話器を受け取り、改めてカナの父母が死んだ……殺されたことを説明した。


「彼女の引き取り先がいつ見つかるかは分からないし、家族をいっぺんに失った彼女の精神はとても不安定だ。学友が少し困っているから……なんてものじゃない。君は、君の家族は、不安と絶望の中の歳頃の女の子の生命を預かることになる」


「……私に何か問題があるの? 病院や警察、施設に置くよりもカナの心のためになるわ。学友なんて言わないで、私とカナをそんな言葉に収めないで、私はカナのためなら何でもできるの。カナの不安は解消するし、カナの希望になってみせる。衝動的な自傷行為に対応出来る者も家に居るわ、私がずっと傍で手を繋いでいるからそんなことにはならないけれど」


刑事は脅しに近い文言にハッキリと言い返す少女の声に驚いた。目の前で震える幼い少女と同い年とは思えない、恐怖すら覚える受け答えの上手さに、刑事は形容しがたい違和感を覚えた。


「…………私は優利谷アイよ。分かる? 優利谷グループの優利谷よ。世界を先導する若神子家の分家、その筆頭、若神子に次ぐ資産と権力を持つグループの令嬢なの。分かるわよね、私が同い年の女の子の精神状態に振り回されるような器じゃないって。何があっても対応出来るって」


「……優利谷。そう……です、か。それなら、信頼出来ます……」


「あら……出世するわ、あなた」


刑事ならもう少し突っ込んでくるも思ったのに、カナは言外にそう含ませて笑う。とても親友が家族を失ったと聞いた少女の笑い声ではなかったけれど、刑事は何も言わずにカナに視線を落とした。


「……信頼できる人のようだね。すぐに引き取り先が見つかると思うから、数日、泊まらせてもらいなさい」


「あっ、ありがとう……ございます……」


カナは断ろうと思っていた、心情はともかく迷惑をかける訳にはいかないと考えていたのだ。刑事に判断を任せたのは学生の一友人を一時的とはいえ預け先として認めてくれるとは思わなかったからだ。


「それじゃあおまわりさん、車を回すからカナを病院の駐車場まで送ってもらえるかしら」


「……分かりました。その前に、ひとついいかな」


「…………何?」


「年上には一応敬語を使いなさい」


「……ごめんなさい。私、目上の人にしか敬意を表してはいけないのよ」


刑事は深いため息をつき、カナに受話器を渡した。受話器に拾われないために後ろを向いて舌打ちをして、振り返って驚いた顔のカナに拙い微笑みを向けた。


「あ、あの、アイちゃん? 迷惑じゃない? 急に泊まるなんて……本当に大丈夫なの?」


「私から泊まらないかって言ったのよ、大丈夫に決まってるでしょう?」


「でも……悪いよ。ご家族にも……迷惑で」


カナは受話器越しに面倒臭そうなため息を聞き、身体を硬直させる。


「大丈夫、大丈夫なのよ、カナ。あなたはいつもいつも気にしすぎなの。こんな時くらい横柄に甘えなさい」


「…………分かった。じゃあ……泊まらせてもらうね。でも、着替えとかなくて……ぁ、そうだ、着替え……家に取りに帰っていい?」


「服もタオルも歯ブラシも全部用意してあるわ。そのまま来なさい。そろそろ車が着くでしょうから、おまわりさんに送ってもらって」


用意する、ではなく、用意してあるであることを不思議に思ったが、わざわざ指摘するのは揚げ足取りに思えて嫌だなと、車が向かっていることに驚きつつ「分かった」と返した。

名残惜しい別れの挨拶と楽しみな再会の約束、二つを交わして電話を切り、刑事と共に病院の駐車場へ向かった。



前回の投稿日見てびっくりしました……遅くなりまして申し訳ない。

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