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第十一話

親友との買い物を終え、家に帰ったカナは部屋で一人アイに買って貰った服を眺めていた。

今までは入りたいとすら思えなかった店の、見られるとすら思っていなかった服。そんな服が今、自室にある。


「……嬉しい、けど…………やっぱり、ダメだよね」


カナは一人になった事で冷静になり、こんな高価なものを与えられるなんて良くない事だと思い始めた。明日学校で返そうか、それとも自分で返品して代金を渡すべきなのか。

頭を悩ませていると、母が帰ってきた。

カナは母に服が見つからないように、毛布の中に包んで隠した。平静を装って「おかえり」を言い、出迎えの為に立ち上がった。




夕食を終えて浴室へ。カメラが仕掛けられているなんて知らないで、アイに全て見られているなんて知らないで、カナは無防備な姿を晒す。

髪も身体も洗い終え、鼻歌交じりに湯船に浸かっていると自分を呼ぶ母の怒声が耳に届いた。

慌てて浴室を後にする。父が居ないということもあってタオル一枚で。


「……カナ。これ、何」


母は自室に居た。アイに買って貰った服を持って。


「ぁ……それは、その……」


「買ったの?」


そんな金を渡していないことは分かっているだろうに、母はわざとらしくカナを問い詰める。

カナは正直にアイに買って貰ったと話した、断りきれなくてという言い訳と返すつもりだという旨も添えて。

カナの弁明は年齢を考慮すれば完璧と呼べるものだった。



数時間後、カナは自室の扉の前に蹲ってすすり泣いていた。

どんな言い訳をしたとしても母の怒りが収まる訳がないのは分かっていたが、何時間も頬や頭を叩かれ暴言を吐かれるのには耐えられなかった。

お前なんかうちの子じゃないと、出ていけと、それらがカナに一番深い傷を残した。


翌朝学校へ行く足取りも重かった。頬の腫れはまだ引いていないし、泣いたせいで目も腫れている。そんな顔をアイに見せるのは嫌だったし、買って貰った服を取り上げられたなんて言いたくなかった。


「おはよう、カナ」


「……おはよ」


席で手を振るアイに小声で返事をして、その隣に座る。自分の机が無いことにはもう慣れてしまっていた。


「あら、カナ……その顔どうしたの?」


アイは昨晩の光景を全て見ていた。カナへの仕打ちが許せなくて、モニターを一つ壊してしまった。


「…………なんでもない」


転んだなんて言い訳が通じる傷ではない。

カナは髪で顔を隠し、俯いた。アイはそんなカナの肩を抱きしめ、髪に隠れた耳に囁く。


「大丈夫よ、カナ。もう終わるわ。何もかも……もう、心配しなくてよくなるの。大丈夫、大丈夫よ、私が一生幸せにしてあげる……」


カナにはアイの言葉の意図は分からなかったが、慰めてくれている気持ちを誤解して微笑んだ。



頬を叩かれた時に口内が切れ、いつもは美味しいアイのお弁当にも嫌な味が混じった。水を飲むのだって苦痛になる。カナは昼食をあまり噛まずに飲み込んで、謝罪を隠し「ごちそうさま」と呟いた。


「…………カナ」


「……何?」


「ご両親のこと、好き?」


カナは突然の質問に面食らった。そして、本心ではないはずの回答が口をついて出た。


「大嫌いっ……!」


自分を産んでくれたのに、育ててくれたのに、そんなことを言ってはいけないと普段のカナなら思っただろう。けれど今は、追い詰められた今だけは、そのストッパーが消えていた。

虐められていると相談も出来ない両親なんて、頼りにならない父親なんて、ヒステリックに暴力を振るう母親なんて、大嫌いだ。

カナはアイに抱き締められながらそう叫んだ。


「……そう、分かったわ」


カナはアイの背中を優しく撫でながら、ポケットに入れていた携帯を取り出す。計画を早めろとメールを送り、カナに気付かれないうちにまたポケットに入れた。




学校が終わり、アイと別れ、カナは登校時以上に重い足取りで家路を行く。

まだ母は帰っていないだろうからと自分を励まし、いつもより重たい気がする玄関の扉を開ける。


「カナ! あぁやっと帰ってきた」


予想とは違い、母は既に家に帰ってきていた。

仕事は? と聞く暇もなくまくし立てられる。


「よく聞いてカナ。お父さんが出張先で事故にあったらしいの。今病院で、容態は……危ないって。それで、お母さん今からその病院に行ってくるから、カナ留守番お願いね」


「えっ? え……? わ、私も行く……」


「ダメ! その病院まで何時間もかかるのよ、向こうにも何時間も居なきゃいけないだろうし……カナは学校があるでしょ」


「でも、お父さん……」


「カナが行っても治るわけじゃないの! 学費いくら払ってると思ってるの!? お父さんが死んだって、学校は休ませないからね!」


母はそう言い放ち、カナを突き飛ばして家を飛び出した。

カナは呆然と開け放たれた扉を見ていたが、ふと意識を戻し扉を閉め鍵をかけた。


父が心配だ。けれど、行くことは出来ない。

とにかく落ち着こうと自室に行き、制服を脱いだ。

母から連絡があるかもしれないし電話の近くに居ようか。母は父の葬儀にも出さないと言ったがそんなことが行えるとも思えない、もしもの時のため早めに晩御飯を済ませておこうか。

カナはそんなことを考えて、固定電話がある部屋でインスタントラーメンを食べた。



食事を終えて数時間後、扉を叩く音がした。

今行きますと返事をして、不用心に扉を開ける。


「……釘谷さん、で間違いないね。娘さん?」


「あ……はい、釘谷カナです」


そこに居たのはスーツ姿の男性数人。


「おじさんこういうものなんだけど」


前に出ていた男は懐から取り出したものをカナに見せた。


「……おまわりさん?」


それは警察手帳だった。



カナは本物の警察かどうか疑いもせず車に乗り、そこで何故来たのかを尋ねた。


「……君のお母さんがね、ルンペ……あぁいや、浮浪者、うぅん、ホームレスの集団に襲われてね」


「え? えっと……お母さん、大丈夫ですか?」


カナは状況をよく理解できないまま、母の安否を心配する。

男は重苦しい表情で首を横に振った。

車が止まり、扉が開く。カナは言われるがままに男の後に続いた。病院に──霊安室に。


「……お母さんで間違いないよね?」


冷たい部屋の真ん中に横たわった人。薄い布をかけられていてその顔やらはよく分からない。

男は部屋の端の棚に並べられた鞄を手に取り、カナに見せた。


「お母さんのっ……」


カナは部屋の真ん中に横たわった人間を母だと確信し、布に手を伸ばす。だが、男がその手を掴んだ。


「見ない方がいい」


「え……? で、でも、お母さん……なんですよね?」


「……ご飯食べられなくなっちゃうよ」


遺体の損傷が激しい。

カナは隠された言葉を察し、手を下ろした。




同時刻、優利谷邸。

アイは豪勢な食事を取っていた。使用人がそっと耳打ちし、アイは深い笑みをたたえる。


「何かあったの?」


隣に座った少し年上の少年がアイの顔を覗く。彼はアイの遠い親戚で、本家筋の者だ。近くに用事があって遅くなったからと優利谷邸に押しかけていた。


「……カナ。私の大好きな人がもうすぐ手に入るの」


「この間言ってた友達?」


「ふふ、すぐに家族になるわ」


アイは食器を机に置き、少年を真っ直ぐに見る。


「お金を持ってない人って凄いわよね。刑務所から出た後いい暮らしをさせてやるとか、家族に一生遊んで暮らせる仕送りをしてやるとか、そう言ったら殺人でもなんでもしてくれるのよ」


「……流石は悪評高い優利谷家、ってとこかな」


「若神子家の跡取りに言われたくないわ」


「僕はちゃんとお金を払って手に入れたよ。言うだけで払う気のない君と違って」


カナの母を襲わせたのはアイだった。当然、父の事故も、出張すらもアイの差し金だ。元からカナの両親は消してしまうつもりだったが、カナの様子を見て少し早めた。


「好きな人が出来たらユキさんも真似すれば?」


「僕がアイちゃんみたいなやり方で問題起こしたら一族郎党路頭に迷うよ。それにもう手に入れてるし、何度も電話したはずだよ?」


「へ……? あぁ、ペットって……ふふっ、やっぱり、若神子家の方が悪どいわ」


「優利谷家と違って地位があるからね、ちょっと誤れば大問題な手は使わないよ」


二人は決して仲良くはない。

だが手段を選ばないという点では同調する。


アイは久しぶりに顔を合わせた従兄弟に上機嫌でカナの可愛さを語り、少年はそれに適当な相槌を打って食事を続けた。

今日の優利谷邸の夜は長い。




お久しぶりです。毎度毎度投稿遅くてすいません。

二ヶ月以上更新しないとトップに警告出るんですね……


ラストにちらっと出てきた若神子君は買い物の時に電話してきてた子です。一応名前はありますが話の本筋には絡みませんので、覚えなくていいです。

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