6-8 会談
「まずは改めて自己紹介させてもらうよ、カイニス部族連合に所属する白犬族。族長アルダスの娘マナミです」
「同じく族長アルダスの娘、アイリと申します」
改めてのご紹介ありがとうございますっと。こっちは何て紹介しようかねぇ。
なんていうかマナミさんはダンジョンの事を”聖域”って言ってたし、ここと外で認識が違うっぽいんだよなぁ。
ここはダンジョンなので、マスターと名乗るのが正しいんだろうが、なんとなくコアさん以外にマスターと呼ばれるのは何か嫌だ。
結局、自分の事は俗世にうとい仙人という事にしておいた。その方が何かと情報も得られるだろう。
「さて、まずはここに来れた経緯から話そうかねぇ」
マナミさんはそういうと、コアさんが持ってきたおかわりのお茶を口に入れる。
「かなり前の話だけど、ここに二足歩行する狼みたいな連中がこなかったかい?」
「二足歩行する狼……あー、筋狼族の事か? そいつらなら確かにここにきたな」
すごい懐かしい名前がでてきた。でも、どういう関係があるのかはまったくわからんな。
「ああ、やっぱりあいつらここに来たんだね」
「問答無用で襲ってきたから撃退してやったがな」
「で、族長を取り逃がしただろ?」
確かに一匹だけ、腕をハリネズミにしてこのダンジョンから逃げきったヤツがいたが そいつ族長だったんか。
「さっき部族連合って言ったろ? あいつらも連合の一部でね。まぁ乱暴者が多くてうちらの中じゃ嫌われてたがね」
「せっかく織った服も、すぐ破くんですよ」
不満げにつぶやくアイリさん。そうとううっぷんがたまってたんだなぁ。
そういえばあの連中、服を着てなかったなー。
「で、ある日の事、連中がいつもどおり狩りに行ったら、戻ってきたのが族長だけだった」
「へぇ、あいつあの傷で本拠地まで戻れたのか」
「ひん死だったけどねぇ」
マナミさんは笑いながらお茶を口に入れ、喉を潤す。
「あんたらの事はさんざん言ってたよ。卑怯者とかいってたけど一体何したんだい?」
「なーに、崖で完封してやっただけだ。負け犬……いや狼の遠吠えだな」
「マスターはその遠吠えに挑発されて、危ういところだったよね」
コアさん……かっこよく言ってやったのにちゃかすのやめてよ。
「あんたらの事はその時にいろいろ聞いたわけさ。カタキを取ってやるって言ったらペラペラしゃべってくれたよ」
「へぇ?」
「おっと! もちろんカタキをとるつもりなんてないから。だからそんな顔はしないでおくれよ」
コアさん、悪い顔をするなぁ。
「まぁ、そんなわけであたいらがここに来れた理由はそんな感じさ」
話が一息ついたためか、マナミさんは目を閉じてゆっくりお茶を飲む。
つられるように、俺も一口茶を飲んで――
「なるほど、ここにこれた理由はわかった。でも、よくここに来ることを決めたなー。俺たちが危険人物だと思わなかったのか?」
「他に取れる選択肢もあまりないし、半分賭けみたいなもんだったけどね。本来話し合いが通じるのに筋狼族の連中が先走った可能性に賭けただけさね。一応最初は会話を試みてたらしいじゃないか」
あいつらの手の早さを考えれば、分は悪くない、か。
「オッケー、納得した。次はここに来ることになった理由を聞きたい」
マナミさんは襲われたって言ってたし、こっちの理由の方が俺たちにとっては重要だろう。
「その理由は実に簡単さね。戦争がおっぱじまったから逃げてきたのさ」
「戦争か、穏やかじゃないなぁ」
「あたいらが望んでなくても、向こうがふっかけてきたからねぇ」
この世界でも争いは避けられないんだな。まぁ、ダンジョン防衛もある意味戦争ではあるけど。
こっちに飛び火しないことを切に願う。
「父さま……族長と部族の戦士たちが食い止めてる間に、私たちは財産を持って荒野に逃れてきたんです」
「本来ならあたいも戦うはずだったんだけどね。族長代理を押し付けられて、こっち側のまとめ役に祭り上げられちまったのさ」
族長がどういう人なのかは知らないが、その判断は間違ってないと思う。
極限状況において、スパッと判断ができるリーダーがいるいないは生死に直結するからな。
「うう……虫たちに備蓄を食べられて、それでもみんなで頑張って生きていたのに」
「気を落とすんじゃないよアイリ、生きてりゃなんとかなるって」
うつむき、気を落としたアイリさんを抱きしめて慰めるマナミさん。
虫たちって虫怪人がいたあいつらの事だよな?
あのクソ虫共、やっぱり大被害を出してやがったか。戦争が始まったのもそいつらが一役買っているのだろう。
食料問題はいつだって戦争の引き金になる。そのへんは地球と変わらんな。
「ああ、しんみりさせてすまないねぇ」
「すみません……」
アイリさんが落ち着いたのを見て、マナミさんがこちらを見てわびをいれてきたが、正直かける言葉が見つからん。
こういう時は適当な慰めの言葉よりも、黙って物資援助するのが俺の流儀なんだが、
「ここに来ることになった理由はそんなとこさね。で、ここからがあたいらにとって重要な話なんだけど」
マナミさんはここであえて話を区切り、お茶を一口入れる。
この話の流れからだと、次の話は大体予想がつく。
「どうか我々をここに置いてもらえませんか? できる限りの事はさせて頂きます。ですからどうか」
どこまでも真剣な目でこちらを見つめながら、言葉を発するマナミさん。
そしてゆっくり、だが今までで一番深く頭を下げる。
「どうか……どうか助けてください」
アイリさんも深く頭を下げ動かなくなる。これで話のボールはこちらに渡された。
コアさんの方を見る。だが、コアさんはこちらに向けてゆっくり手を差し出し何も語らない。
どうするのかは俺が決めろという事だな。まぁ、マスターを名乗らせてもらってる以上、こういう時に決断するのが義務ってもんだろう。
誰も動かないまま時間だけが流れる。唯一動いていたであろう俺の脳みそが口を動かせたのは、3分ほどたった頃だろうか?
「無理だ。ここにあなた方を迎えられるだけの食料や生産設備はありません」
結論を聞いたマナミさんがピクリと震える。
間が悪い事に虫怪人の襲撃以後、ダンジョン経営方針を食料増産から俺たちの戦闘力強化に変えたため、余剰食糧はDPにして俺たちの強化にあてているのだ。
それでも俺たち5人分なら、毎日腹いっぱい食っても余裕であまるほどには貯蔵してある。だが、いきなり300人以上増えたらもつわけがない。
ククノチの植物操作でむりやり収穫量を増やすこともできなくもないが、本来の成長速度を無視した操作は、植物の寿命を縮めてしまうので食料の前借りにしかならない。
せめてここ以外に食料が確保できる場所があればサポートもできるんだが、現状他に知らない以上、白犬族に見つけてもらうしかない。
後は……人数を減らしつつ食料を確保する方法はある。だがそれはさすがに提案したくない。
「……すまない」
「いや、さすがに無理がすぎたお願いだったようだね」
頭を上げて微笑むマナミさん。やつれた顔の上に、貼り付けたような作り笑いが痛々しい。
「じゃあ、せめて今日一日分くらいの食料は恵んじゃくれないかねぇ?」
無理をしているがマナミさんの明るい声が、重くなった空気を払う。
こちらも仕切りなおすように、コップを口に付けお茶をすする。
「もちろんタダとは言わないよ! アイリをあんたの妾にやるからさ!」
「ブフォ!!」
「姉さま!」
いきなり何言ってるんだこの人は!
ああ、コアさん、背中をさすってくれてありがとう。進化しててもこういうことは人間と変わらんな。
「隣の別嬪さんがあんたの嫁なんだろ? アイリだって今はちょっと痩せすぎてるけど器量はいいし、ガサツなあたいと違って細かいとこに気が付くタイプだからお妾さんには――」
「姉さま! いい加減にしてください!」
抗議されても一向に止めないマナミさんの口をアイリさんがふさいで止める。
ケモミミ姉妹漫才はいいものだ。
「姉さま。私だって族長の娘ですから、私だけ助けようとするのは駄目ですよ」
あ、そうか。お妾という立場でもここに残れれば飯と安全はある程度保証される。
むろんマナミさんがこちらを危険集団ではないと値踏みした上での判断だろうが――
美しいケモミミ姉妹愛を見た、やはりこの人たちは助けてあげたい。
「ウチの食料はみんなで作ってるから、自分だけ得をするその提案は飲めないな」
「そうかい? でももう他にアタイ達に出せるものなんかないよ?」
マナミさんはそういうと、うつむいて黙ってしまった。言葉ではそう言っているが、なんとか食料を引き出せる材料がないか考えているのはなんとなくわかる。
「あなた方の持つ情報を買いたい、それで1日分の食料を提供しましょう」
「え? そんなんでいいんかい? それならいくらでも出すよ!」
「本当に、ありがとうございます!」
こちらの提案にパッと明るい顔になる二人。
こっちとしてもこれで根掘り葉掘りじっくりねっとりしつこく何聞いても許される免罪符ができる。
これで日本語を話した事、聖域の事その他いろいろ聞けるな!
飲み物を口に含んでる時に衝撃的な発言をされて吹き出すのは様式美だと思うんだ。
だよね?
まぁ、もうわかると思いますが、主人公さんの名前を出す気はありません。
「提督」とか「王子」みたいなそんな立ち位置の人でお願いしまっす