6-4 強化の限界と進化
コアさんのうまい晩御飯を食べた後、ひとっぷろ浴びてから座敷に腰を下ろす。
壁を背もたれにし、強化ウィンドウを開く。
オルフェに対抗するためにDPを使って自身を強化するためだ。自分の項目を開いてDPを振ろう。
――これ以上は強化できません――
ありゃ? なんかこんな警告が出てきた。
一度ウィンドウを閉じて、座敷の畳に横になっているコアさんに視線を移す。
コアさんは湯上り特有の脱力感を楽しんでいるようだ。しっぽがゆらゆら揺れているのがその証拠である。
「なぁ、コアさん。なんかこれ以上強化できないって出たんだけど」
「んー? 肉体がDPの強化についていけなくなったようだね。何事にも限界はあるさ」
まじかー。オルフェはまだ上げられるのに、俺はここが限界かー。
いや、ただの人間だった俺がここまで強くなれただけでも、御の字と思わないとダメだな。
しかし困ったなー。これ以上強化できないとなると、ますますオルフェとの差が広がってしまう。
「でも、まだまだ強くなる方法はあるよ」
「え? あるの?」
なんだ、まだ強化できるならそこまで心配する必要ないじゃん。
「でも、マスターは強くなるために人間をやめる覚悟はあるかい?」
「は?」
間の抜けた返答を返すと、コアさんはゆっくり起き上がり正座する。
「マスターがさらに強くなりたいなら、”進化”できるよ」
進化、それはトカゲが竜になったりするアレですか!?
でも人が進化したら何になるんだろう?
「ん? でも進化って強化と何が違うんだ?」
「厳密に定義すると違うかもしれないけどね。進化は今までの記憶を持ったまま類似する別の種族になれるのさ」
「類似ねぇ、具体的にはどの辺までいけるんかね?」
「マスターなら、私から聞くより進化ウィンドウを見た方が早いんじゃないかな?」
それもそうか、パソコンのデスクトップのようなトップページから進化ウィンドウを探しだす。
あれ? 今までこんなアイコンがあったかな? しっかり意識しないと見えないから見落としてただけかな?
まぁいいや。進化ウィンドウから自分の項目を探し出し、リストアップされている種族を見てみる。
妖狐、コボルト、鬼、天狗などなど 結構種類は多いが、基本的には人型だな。
進化にかかる必要DPは、人間に近いほどお安いようだ。
一度進化ウィンドウを閉じてコアさんの方を見直す。
「教えてくれなかったのは、例によって聞かれなかったからか?」
「それもあるけど、進化は危険をともなう。なんせ肉体を根本的な部分から変えるからね」
強化は基本的に失敗はないけど進化はリスクがあるのか。
「ちなみに失敗するとどうなるんだ?」
「臓器の喪失や脳の破損、肉体が再構成されずに崩れるとかあるね」
うへぇ、失敗するとほぼ再起不能かぁ。そりゃ気軽にはできんわ。
「でも、マスターは初めてだしDPで十分強化されてるから、近しい種族をえらべばまず失敗はしないよ」
俺の心を見透かしたように補足を入れるコアさん。
そして、正座した状態から手を使い、ずいっと俺の方に詰め寄ると、
「さて、改めて聞くけどマスターは人間をやめる覚悟はあるかな? もちろん失敗のリスクも許容した上でね」
値踏みするようにこちらにほほ笑みかける。
答えるように俺もわらい返し、
「考えるまでもないな、失敗のリスクが少ないならさっさと進化しよう」
そう言い放ってやった。
「即答だね」
「俺にとって人間であるかないかは、さほど重要な事じゃないってこった」
例え何になっても、この日常が変わらないなら種族の差なんか誤差みたいなもんだ。
「それで、マスターは進化先の種族は決めたのかい?」
「いや、それはこれから決めるさ。こっちは重要だからな」
進化先をある程度えらべるとか、なんて中二心をくすぐられるんだ!
このさい邪気眼とか追加してみるのもいい。
「さてさて、どんな種族にしようかなー?」
目を閉じて進化ウィンドウを開きなおし、じっくり考えよう。
♦
「よし、決めたぞ」
「あ、主さんが動いたっちゃー」
んぉ? 進化ウィンドウを閉じて目を開けると、こっちを見ていたアマツと目が合った。
さらに視界を広げてみると、ククノチとオルフェもいる。コアさんが呼んできたのか?
彼女たちは先日作った座敷用のローテーブルをかこみ、一口サイズにカットされたチキンサラダを夜食に何かしゃべっていたようだ。女子会だな。
話していた内容は気になるが、そこには触れないでおこう。
「ようやく決めたようだね。それでマスターは何に進化するんだい?」
「それはなってからのお楽しみということで」
みんな居るし、ちょうどいいだろう。
特に意味はないが立ち上がってみる。
「さてさて、それでは早速進化してごらんに入れましょう!」
ケモミミ娘達の歓声を受けて目を閉じ、進化ウィンドウから自分が進化する種族を選んで承認っと。
これでやることはやった。ゆっくり目を開ける。
俺の周りに光の粒子がポツポツ浮かび、やがて包まれる。
優しくほほ笑むコアさんの姿を最後に粒子に包まれ、何も見えなくなった。
足元から徐々に感覚がなくなっていく。いや、光の粒子と一体になっているかのような不思議な感じだ。
先ほどから呼吸がなくなっているのに気が付いた。肺を意識して呼吸しようとしても、横隔膜が消えたかのように反応しない。でもまったく苦しくはないな。
光に包まれ何も見えない。というより目があって見えているかもわからない。まるで夢を見ているかのよう。
いや、なんか……本当に眠く。眠く? 眠くはないのに意識が遠く……脳も……なくなる?