6-1 知識は力なり
朝食を取り、ダイニングルームでいつも通りのミーティングが始まった。
「今日はちょっと別に話したいことがあるんだがいいか?」
「私はかまわないけど、改まってどうしたんだい?」
コアさんを筆頭に4人の視線が俺に集まる。
「ああ、先日の虫怪人の襲撃について俺なりにいろいろ回想してたんだが、ちょっと思う所があってな」
「ううー。今でも思い出したくないですー」
思い出したくなくても苦戦したあの戦いからのフィードバックは、今後を生き抜くためにも必須だろ。
「それでマスターは、あの戦いから何を得たんだい?」
「まぁ、あの戦いだけからじゃないんだけどな」
と、一言前置きを入れて、
「今の俺たちには圧倒的に経験。というか知識が不足してると思ってな」
「訓練不足なら前にご主人から言われたけど、それとは違うの?」
オルフェからの質問にうなづいて肯定する。
「例えばおまえは格闘術のスキルがあるから基礎的な動きは完璧だ。でも、経験や知識がないから応用ができてない。違うか?」
「うっ!?」
オルフェの魔力を消す体質は直接触らないと効果がないことに気が付いてから、模擬戦では肌を露出しないようインナーとタイツに手袋をつけてもらっている。
これでなんとかオルフェとの模擬戦をこなすことができていたが、本来の身体能力の差を考えれば障壁があってもオルフェと互角にこなすことはとても無理だ。
「ちなみにこれはククノチとアマツにも言えるぞ。ククノチは植物操作を成長させる事しか使ってないし、アマツも電気を垂れ流してるだけだ」
「むぅー。確かにー」
思う所があるのかククノチがうなづく。
「まぁ、俺も人の事をあまり言えないけどな」
「言われてみれば、今まで私も大した術は使ってないね」
俺にも障壁魔法があるがあの使いやすさを見る限り、考えつかないだけでもっと便利な使い方があるはずだ。
コアさんも幻術はともかく、妖術は狐火しか使ってないし。
「というわけで、知識をつけるためにいろんな本を出していきたいと思う」
全員日本語なら問題なく読めるので、和書なら不便はないだろう。
迷宮の胃袋を書庫として利用すれば経年劣化で痛むこともない。
俺の提案は皆の拍手によって可決された。
「承認ありがとうございますっと、それじゃあ今日中に書庫を作って本を仕入れておくぞ」
「マスターなら私がほしい本は大体わかるだろうしお任せするよ」
「私はどんな本があるか知りませんし、おまかせでー」
うわぁ、センスが問われる注文がきた。みんな賛成してくれたし責任重大だな。
「それじゃ俺の話はおしまい。今日も一日頑張りましょう」
「おー!」
ミーティングは終了し、各々が持ち場に向かっていく。
さて、久々のインフラ整備だ。張り切って作るとするか!
♦
書庫自体はあっさりできた。迷宮の胃袋の中に棚をつければ完成だからな。
机やイスは後回しでいい。それよりも早速メインである本を出そう。
まずはコアさんの分だ。まぁ彼女の場合は間違いなく料理本一択だろう。
とりあえず和洋中華レシピ、後は調理技法の本があればいいかな。
コアさんの料理研究は車輪の再発明をしている事も多々ある。先人の知識があればコアさんの腕前も飛躍的に伸びるな。楽しみ!
次はオルフェのために格闘技の指南書をいくつか仕入れてみるか。
あいつはなぁ。良くも悪くも真っすぐだから駆け引きがヘタなんだよなぁ。 フェイントができるようになるだけでもオルフェは相当強くなる。
後は体を動かすのも好きだし、スポーツ誌も置いてみるか。
で、アマツにはどうするかな? あの子はお風呂が好きだし温泉雑誌とか入れたら読むのかな?
後は雷魔法が使えるから、一応電気工学関係も入れてみるけど読まなそう。
それよりもスイーツ誌の方が喜びそうな気がする。ねだられるけどそれはそれでいいものだ。
最後にククノチか、コアさんと被る部分はあるが飲み物、特に酒造関連の本が1冊はいるだろう。
それから、植物図鑑を一冊出しておくか。勝手に品種改良するあいつに栽培関連は必要なさそうだけど、こっちはあってもいいはず。
これで四人が好みそうな本は仕入れた。ここからが本題だ。
「さ~って、どんなマンガを入れようかなー!」
そう! 召喚ウィンドウで出せる本の項目にはたくさんのマンガもあった! この世界の召喚された代償として、もはや地球のマンガを読むことはできないと諦めていたが神は俺を見捨てていなかった!
おっと、これはもちろんあらゆる作者の中二病的な妄想技が書かれた参考書たちである!
ゆえにこれらは俺たちが新技の発想を得るために必要なものなのだ。よし、大義名分はたった!
冒険・格闘・探偵・科学・異世界・異能力・日常物・経済物etc――
俺だけじゃなくてケモミミ娘にも読んでほしいので、できるだけジャンルは幅広く偏らないように……
「あっ!」
これはっ! 続きが気になっていた歴史漫画の”クイーンダム”じゃないか! 一時期はこれの続きを読むためだけに地球に帰りたいとホームシックになったほどなんだよなっ。これはもちろん全巻出すしかない!
まとめて出せない事は面倒だが、苦にはならない。一つ一つ巻数を重ねていき――
「んん?」
出した巻数が七十をこえた時、違和感が生じた。
俺が異世界に召喚されたのは2019年、連載中だったこのマンガの単行本数はちょうど五十巻だったはず。
この漫画は年に二回くらいのペースで最新刊が出てたから、七十巻が出るには大体十年かかる。
うん、奥付を見たら2028年初刊だ。
この世界に来てから正確な日数は数えていないが、まだ十年は絶対に経っていない。どんなに長く見積もってもせいぜい三年だ。
それにこの漫画、結局完結巻まで出せてしまった。
うわ! 完結巻の西暦見てみたら俺はいい歳のオッサン……どころか初老と言ってもいい歳だぞ!?
一体どういうことだろう? この世界は地球と流れてる時間の速度が違うのか?
……。
ま、いいか! こまけぇことは気にしなーい!
というか、もうガマンできねぇ! 俺は早く続きを読みたいんだ!
♦
「マスター、熱中してる所に悪いけど晩御飯の時間だよ」
「んなっ!? もうそんな時間か!?」
思わず時計を探して……ってこの書庫にはまだ時計がなかった。
本を棚に戻し、部屋の入口に立っているコアさんに目を向ける。さらに後ろには三人が不思議そうな顔でこっちを見ている。
「こっちの棚にあるのが料理関係かな?」
「その通り、あんまり数は多くないけどな」
「まぁ被ってもしょうがないし、最初はこんなもんじゃないかな?」
一冊取り出してパラパラめくり、内容を確認するコアさん。
「うん、いろいろなレシピがある。これでまた新しい料理ができそうだよ。ありがとうマスター」
「うまい飯が増えるのは俺としても嬉しいから気にすんな」
コアさんは本を閉じ、元にあった場所に戻すと、
「内容は気になるところだけど、今はまずご飯の方が先だよ。三人もそう思うよね?」
「「「ふぁい!?」」」
適当にマンガを取り出し、読みだした三人にコアさんがくぎを刺す。
ビクッとおびえ、一斉にコアさんのほうを向く三人がちょっとかわいくみえた。
とにかくこれで俺たちが勉強するための書庫はできた。
四人それぞれの人間にはない視点からの発想に期待だな!
新施設「書庫」が追加されました!