1-8 命の危機というものは割とどこにでも転がっている
今回流血表現があります。
苦手な方はご注意を。
気づくな……気づいてくれるなよ……
そう念じながら集落跡をこえて森林エリアをゆっくり進む。
片目を閉じて監視ウィンドウからあいつの動向を逐一チェックする。
相手の情報を一方的に知ることができるのはかなりのアドバンテージなので徹底的に利用していきたい。
それによるとあの熊はまだ爆睡中だ。むさぼるように木の実を食っていたことからも、やはりダンジョンの外は食い物がない世界なんだろう。
コアさんとの相談の中にはあいつの寝首をかく案もあったが、においやらなんやらで接近する前に気づかれるだろうという事で却下された。
「多分その辺が気づかれない限界かな?」
コアさんの助言を受けて歩みを止める。草が生い茂っていて寝ているあの熊を、肉眼では見えないが障害物となりそうな物は何もない距離まで接近する。
座りながら設備ウィンドウを開いて準備を……よし、後はあいつが気づかないことを祈る以外やることがなくなった。
ただ待つというのは長いもんだ、しかもそれが生死をわける状況だとなおさらな。
ただただ、時間が過ぎる。そして素人の俺が緊張感を保ち続けるのに限界を感じていたころに、のそりと熊が起きあがるのが見えた。
のそりと身を起こし「くぁ~」とあくびをかます。腹いっぱい食った上に熟睡できて満足そうだ。
そのまま鼻をひくひくと動かす、おいおいまた食うのかよ、食える時にくうという精神なのか?
そう思って見ていたのだが……
突然奴が立ち上がり何かを警戒するように周りを見渡している。
まさか、気づかれた!?
そう思った時、俺の後ろで草を倒す音がした!
反射的に首を向ける!
視界に写ったのは倒れた草とそれを踏む自分の右足。
――え? なんで音を立てた!? 怖気ついて後ろに下がったのか!?
いや、それより熊の様子を見ないと!
急いで目を閉じて監視ウィンドウから見てみれば、熊の視線が真っすぐ俺がいる方向を向いている。
まずい!
「グオオオオォァァァァァァ!!」
――! 悲鳴はなんとか抑え込んだが、体がまったく動かねぇ!
おまけに冷や汗が噴き出る。
呼吸が浅く荒くなるしあごが震えて歯がカチカチと音をならす。
絶叫マシーンとかで味わうのとは段違いだ! これがガチで殺されるかもしれないという本当の恐怖なのか!?
まずい! まずいまずいまずいどうするどうするどうすれば――
「――――!! ――――!!」
ぎゅっと目をつぶる。
脳が体に逃げろと命令を送りまくっているが、目を閉じて以降まったく体が動かない!
「――――!」
どうやらあいつはまったく動きがない俺の様子をみてはるかに格下だと確信したらしく、こちらに向かって突進を始めた!
障害物は何もない、あの熊は草をかき分けてこちらに真っすぐ突撃してきた!
嫌でもどんどん突進する音が近く大きくなる! 苦しい!
「グアアアアアアアァァァァ!!」
再び走りながら雄たけびを上げてくる!
だが、あいつが右手をついた瞬間、地面が崩れて抜ける!
熊は大きくバランスを崩した!
勢いがついたまま左手も地面に手をついて――
その地面も崩れて前のめりになる。
「グオオオァァァ!?」
勢いがついたまま頭から穴に突っ込む!
このまま地面に頭から強打してくれれば、死んでくれるかもしれないが……
大熊が穴の底に胴体を打ちつけ鈍い音と地響きが起こる。
半回転したため頭から着地とはいかなかったようだ。
だがあいつが地面に体を打ち付けた事で第2の罠が作動する!
鉄がはじける音が響き、穴の底に仕掛けておいたトラバサミが落ちた熊を襲う!
普通トラバサミといえば相手を逃がさないように足を挟んでおくものだが、今回俺たちが用意したブツはあの熊を殺すためだけにカスタマイズした特別性!
まず歯の部分、普通ならギザギザの刃がついているが、それを爪のような刃に替えて食い込むように変更し、さらに歯を3重にした!
そして最大の違いは大きさだ!
奴の胴体を挟めるくらいに大きくしてある。
それらは狙い通りに作動し、倒れこんだ熊を挟み込み、刃を食いこませる。
「ガァァァァァァァァ!!」
もがいてなんとか脱出をはかろうとするが、もがくほど傷口が広がり出血が増える。
自慢の右腕も出血量が増えたことで、もうろくに力も出せないらしい。
「グァァ……」
やがてもがく力もなくなり、小さく悲鳴を上げる。
最後まで抵抗していた右腕が力なく地面に横たわる。
穴の中に大量の血をまき散らし、完全に動かなくなった。
♦
「……ぶはぁ!! ……ゼェ! ゼェ!」
熊が落ちて動かなくなった頃、ようやく息をすることができた。
どうやら無意識で止まってたから苦しかったようだ。
呼吸と一緒に目を開けると、眼前には監視ウィンドウで見た大きな穴が空いていた。
のぞこうにもまだ体が動かないし冷や汗が止まらない。口もカチカチ動いて言葉が出ない。
今まで冗談で殺すとか言われたことはあったけど、本物の殺気を浴びるとこうなるのか。怖ぇ!
「お疲れさま。やったじゃないか、やつは完全に死んだよ」
コアさんの声が響く、その声にようやくあの熊を倒したんだという時間がわく。
「ああ、やったよ。今回もまたコアさんに助けられちゃったな」
「矢面に立ってもらってるんだ。これくらいのサポートはさせてもらうよ」
そう、恐怖に駆られながらもなんとかあの熊をハメる事ができたのは、コアさんの助言があったからだった。
元々設備に関する消費DPは召喚に比べて安いコストで設置できるメリットがあった。
そこで当初の案ではギリギリまでDPをためた後、木の実であいつを誘い出してトラバサミの落とし穴に呼び込むという作戦だった。
しかし、あいつの索敵範囲を甘く見た結果警戒させてしまい、それにビビッて音を立ててしまった事で作戦が失敗してしまった。
だが、コアさんは俺をオトリに作戦は継続できると励ましてくれた。
さらに恐怖で思考が飛びかける中、落とし穴とトラバサミを設置できるまで俺がするべき事を教えてくれた。
おかげでコアさんの言う事に従うだけでなんとかトラバサミを設置することができた!
それにダンジョンの管理方法が念じるだけで本当によかった。
これが手で操作するタイプだったら頭ではわかっていても体がすくんでできなかっただろう。
「まぁ、漏らさなかっただけ自分を褒めてやりなよ」
「イベント前にはトイレには行っておけってばっちゃが言ってたからな」
会話して大分恐怖は薄れてきたようだ、まずは指をゆっくり動かし次に手足を動かす。
立ち上がるのはまだ無理なので、四つんばいになり震える腕でゆっくり進む。
穴にたどり着き、そっと見下ろす――
「……うぇ」
倒し方がアレだったので予想はしていたが、かなりスプラッタな光景が広がっている。
このまま埋めてしまおう、そうしよう!
「よし、じゃあそれを迷宮の胃袋まで運んでDPにしようか。かなりの量のDPが期待できるよ!」
これ……運ぶんスか? ああ、熊肉か。
しかし、かなり出血して軽くなっているとはいえ元があのずうたいだ、1回では運びきれないので解体する必要がある。
でも解体道具も知識もないしどうしよう。
うーん、しょうがない。時間はかかるが石槍で地道にちぎってもっていくしかないか。