5-27 フードラボ
コアさんのうまい朝飯を食ってから、食後のお茶の香りが漂うダイニングルームで今日もミーティングが始まった。
今日の議題は”新しく欲しいダンジョン設備”である。
そこで俺は研究室を提案してみた。研究室は秘密基地と並んで男のロマンだからな!
だが、それをそのまま言ってもケモミミ娘達は納得してくれないだろう。
そこで研究室がある事で、今俺たちがしている面倒な作業を自動化する方法が見つけられるとアピールしてみた。
「うーん、自動化なんてしなくても私たちがやればいいと思いますがー」
ククノチが首をかしげながら、あまり乗り気ではない返事をしてきた。
ありゃぁ? ケモミミ娘達はいまいち自動化の素晴らしさがわかってないようだな。日々の作業が自動化できればその分自由時間が増える。つまり、ケモミミを愛でれる時間が増えるんだぞ!
「まぁ、ご主人がそこまで言うならあってもいいんじゃないかなぁ」
積極的とは言えないが賛成は取り付けた! どんな研究室作ろうかなー?
「ちょっと待った。それなら私の研究室も作ってくれないかな?」
賛成の挙手をしながら、そのまま提案の挙手になったコアさんがそう発言する。
「コアさんも欲しいのか、何を研究するんだ?」
「私が研究するものといったら、調理手法やレシピの研究しかないだろう?」
「聞くまでもなかった。じゃあ今回は俺の研究室で、次にDPがたまったらコアさんの――」
「異議あり!」
上げた右手でそのままこちらに向けて指をさすコアさん。
「マスターは次に何を研究するのか決まっているのかい?」
「いや、特にまだ何も決めてないけど」
「そう、マスターの研究室はどんな成果がいつ出るかはわからない。でも、私の研究室なら一週間以内に新しい料理を出して見せるよ」
即効性とわかりやすさでアピールしてきたか!
「私はコアさんの研究室が先の方がいいですー」
「ウチもコアさんのほうがいいっちゃねー」
「新しいドレッシングも作ってくれそうだし、コアさんに一票かなぁ」
「ふふ、これで1対4だね。何か反論があるかな?」
あああ! 票を奪われちまった!
コアさんは指をさしたままドヤ顔であおってきた。少し腹が立つが、ぐうの音もでない。
だが現状を考えると、その方がいいのは間違いない。もうすぐ米や小麦が収穫できるからな。精米機や製粉機が近いうちに必要になる。
ん? 精米機や製粉機も自動化の一種じゃん。その辺をアピールすればよかったか? まぁいいや。
「いや、わかった。コアさんの……というか食材の加工と研究に特化した施設を作ろう。それでいいか?」
両手で大きなマルを作り笑顔を返すコアさん。ちろっとのぞく八重歯がかわいらしい。
他の三人もサムズアップを返してきたので、異論はないようだ。
「よし、他になければミーティングおしまい。今日研究室を作るついでに、ダイニングルームのリフォームもやっちまうか」
「いいね! 私も今日はとことん付き合うよ!」
コアさんは尻尾をブンブン振りながら、こちらに抱き着きかねないテンションで立ち上がる。
そして他のケモミミ娘たちを追い払うように送り出すと、こちらにぐるりと首を向け、
「じゃあまずは何から作ろうか!?」
「お、おう。とりあえず研究室用の部屋を作って、設備を移すところから始めようか」
完全に瞳孔が開いて、期待に満ちた目を見せるコアさん。
食べ物が絡んでる時にこういう姿を見せるのは珍しくはないが、さすがにちょっと引くわ。
とはいえ一番使用頻度が高い人の意見を無視するわけにはいくまい。
なんとか手綱を取りながら改装を進めていく事にしよう。
♦
「マスター、次はここに調理台があるケースでシミュレーションさせてもらってもいいかな?」
「ああ、いいぞ。もう好きなだけやってくれや」
ミンサーなどの機材を研究室に移し、ダイニングルームの改装を始めてから数時間は経過したことだろう。
だが、いまだに調理台の位置すら決まっていない。
なんつーか、ここまでコアさんが凝り性だとは思わなかった。なまじダンジョン機能で作ってるから何度でも作り直せる。
そのせいで作ってはコアさんがシミュレートし、また作り直すということを繰り返している。
コアさんがしっぽを振りながら楽しそうに料理のシャドーをするのを見ているのは悪くない。
とはいえ、数時間も進展がないこの状況はさすがにストレスがたまってくる。
「なぁ、コアさん。せめて調理台の場所くらいは決めたらどうだ?」
「いやいや、調理台こそが調理の起点、まさに土台だよ。だからこそ、こだわりたいんだ」
さようですか。それはいいんだけどさー。
「コアさんさっきからずっとあんな感じですよねー」
「ウチがお風呂にいく前から何も変わってないっちゃねー」
「今日はご飯ないのかなぁ」
そう、数時間経過したってことは各自の仕事をしていた三人も作業を終えてダイニングルームに戻ってきているのだ。
三人はイスに座り、テーブルに肘をついたり突っ伏したりしながらコアさんの挙動を眺めている。
いつもならとっくに夕食を取っている時間帯なのだが、今日はずっと改装につきあっていて昼飯も取っていない。
本来は逆なんだが空腹をDPで補えるダンジョンモンスターと違って俺は腹が減ったぞ。
だが、調理場は見ての通り改装中で使えない。作り置きや木の実を食うのも悪くはないが……ここはそうだな。
「よし、今日はインスタントラーメンでも食うか。お湯があればできるからな。おまえらも食べるだろ?」
俺の問いかけにコクコクうなづく三人。
アマツの水魔法でヤカンに水を満たし、床にワナで小さいコンロを作って火にかける。
待ってる間は暇なので、今のうちにチキン味のラーメンを4つDPを使って召喚する。
ラーメン自体この世界にきて、一度も出したことがない食べ物である。すなわち――
「マスター、私の分のラーメンは?」
ダンジョンコアを経由して、4つしかないカップ麺に気が付いたウチの狐が食いつかないはずがない。
「欲しけりゃ、さっさとレイアウトを決めろ。でないとコアさんの分はないぞ」
沸いた湯を4人分のカップ麺に注ぎながら、ぶっきらぼうに答える。
「ラーメンができるまでの三分間待ってやる。それまでに決めろよ」
「ちょっと!? 三分間は短すぎないかい!?」
「今まで散々考えてたじゃないか、十分だろ?」
コアさんの抗議を却下して、インテリアを兼ねて新しく出してみた時計をちらっと見る。
「んー、いいにおいがするよぉ」
二分が過ぎたころ、香りに敏感なオルフェがウマミミをピコピコ動かしながら時が過ぎるのを楽しんでいる。
コアさんは必死に考えているようだが、ラーメンが気になって集中できていないようだ。調理台のほうに向かいつつもちらちらとラーメンの方を見ている。
秒針はそんなコアさんのことなど構うことなく、一定の間隔で軸を中心に回転していく。
そして……
「時間だ。答えを聞こう」
ダイニングルーム全域にチキン味のラーメンの香りが充満したころ、三分が過ぎ去ったのだった。
コアさんはややうつむいていたが、顔を上げると、
「決めたよ。あのあたりにね」
そう言いつつ、ダイニングルームの一点を指さす。
そこにはほのかに床を照らす魔法の明かりしかないが……
「フラーッシュ!!」
コアさんが叫んだ!
同時に指をさされた場所の明かりがまばゆく光る!
くそっ! コアさんもダイニングルームの光量調整ができるから、俺がゴブリンにやった手をマネしてきやがった!
「目が! チカチカするっちゃよー!」
「ちょっと! 何するのぉ!?」
「びっくりしましたー!」
3人も直視してしまったらしく、戸惑いの声を上げている。
「目がぁ! 目がぁ!」
そのフラッシュはもちろん俺にも直撃している。目元を手で覆い隠す。
「マスターが悪いんだよ。私の分を用意してくれないから」
コアさんの声が徐々に近づいてくるのがわかる。ラーメンを取る気だな。
指のすきまからこっそりと、コアさんの様子をうかがい……
ラーメンに伸ばしたコアさんの右腕をしっかりつかむ!
「っ!? マスター!?」
腕をつかまれ、驚いたコアさんがこちらを向き、さらに驚く。
俺の顔には犯罪者に入れられる黒い目線のようなものがある。
別に犯罪者になったわけじゃない、とっさに黒い障壁で作った即席のサングラスである。
「くっ。やるじゃないかマスター」
「いつも鍛えてもらってるから、これくらいはやらないとな。それよりもだ」
「な、なんだい?」
問答中でもコアさんはこっそりつかまれた腕を振りほどこうとするが、しっかり捕まえて離さない。
「おいたする狐にはお仕置きが必要だと思わないか?」
「いや、だからこれはマスターが――」
「そうだよねぇ。ご主人もそう思うよねぇ」
コアさんの言葉をさえぎり、回復したオルフェが後ろからコアさんの耳をしっかりつかむ。
「んふふー。うちも思いっきり、コアさんのしっぽをもふもふしてみたかったとよー」
アマツがはい寄ってコアさんのしっぽを両手でぎゅっと抱きしめる。
「コアさんー。覚悟してくださいねー?」
ククノチが笑顔で自身の体からツタを出し、コアさんを絡めとる。
「え!? あの? みんな?」
「ラーメンは伸びないように迷宮の胃袋に置いておくからな」
困惑するコアさんを無視して障壁をトレイ代わりに作りだし、ラーメンを乗せて立ち上がる。
「存分にモフった後に各自勝手に食べてくれ。というわけで、オルフェ、アマツ、ククノチ。やっておしまいなさい!」
「おー!」
合図と同時に、一斉にコアさんをいじりだす三人。
コアさんの悲鳴をBGMに迷宮の胃袋に向かう。
「ちょっとオルフェ! そんなに乱暴に耳をいじっちゃ……んっ! 痛いから! アマツ! そこはダメだ! ふぁっ! くすぐったいからやめて! あっ! ちょっとククノチ! そんなとこにツタをはわせないで!」
さて、三人分のラーメンは置いてきたから、自分の分のラーメンを食べながら4人がじゃれつく様をじっくり鑑賞するとしよう。
久しぶりのチキン味のラーメン美味しいです!