5-26 プライベートガーデン
コアさんのうまい朝飯を食ってから、食後のお茶の香りが漂うダイニングルームで今日もミーティングが始まる。
今日の作業と人手の要不要を確認し、何か報告事項がないか確認しあう簡単なものだが、
「あ、ご主人様ちょっといいですかー?」
ククノチが手を上げてこちらを見てきた。
「お? なんだどうした?」
「はいー、そろそろ”プライベートガーデン”で育ててる子達の成長を見てほしいと思いましてー」
「えーっと。ああ、そういえばあそこは完全に任せてたな」
任せきりにしてたから、今の今まですっかり忘れてた。
「プライベートガーデンってなんね?」
「アマツとオルフェの歓迎会をやった時、ククノチが水玉のキュウリもってきたの覚えてるか?」
「それってククノッチが地球のキュウリを勝手に品種改良したやつだったっけ?」
オルフェの解答にうなづいて肯定する。
「そう、あれはもう別物といってもいいシロモノだった。だからククノチに自由に品種改良してもらうエリアを作ったんだ。なんかおもしろそうなものができそうだからな」
「みなさんが満足するようなものを、最低一つは作る事が条件ですけどねー」
だってその条件を付けないと、酒のつまみに合うような品種改良しかしなさそうだし。
「まぁ、そんな場所を作ってたってわけだ。というわけで俺の予定は決まったけど、コアさんはどうする?」
コアさんは少し考えるそぶりを見せ、
「んー、私は味見ができれば十分だから。今日もいろいろ試したい調理があるからパスするよ」
「了解。それじゃ他に何もなければミーティングはおしまい。今日も一日ゼロ災で頑張りましょう」
「おー!」
アマツとオルフェが立ち上がり、自分の持ち場エリアに向かっていく。
「それではご主人様ー。私たちも行きましょうー」
「晩御飯までには帰ってくるんだよ」
子供か。昼飯に一度帰ってくるっつーの!
コアさんの見送りを受けて、一路ククノチのプライベートガーデンに向かおう。
♦
プライベートガーデンへのポータルを潜り、目に入った光景に俺はぼうぜんと立ち尽くす。
「ここが……ククノチのプライベートガーデン……なの?」
「はいー。ようこそですー」
いや、プライベートガーデンなんて言うからもっとこう、オシャレな花壇や畑があったり奇麗な花が咲いてる光景を想像してたんだけど……
今、俺が見ている光景を一言で表すなら……魔境? 太陽のない青空は見えるものの、右を見ても左を見ても緑が生い茂っている。
「あのなんか、一つの茎でつながってるでっかいのは何だ?」
「あれはアマツちゃんのために育ててるイチゴですねー」
え? あれがイチゴ!? 俺の身長よりでっかいんだけど?
「伸び伸び育てたら、あんなに大きくなりましたー」
いやいや、伸び伸び育てるってそういう意味じゃないはずだろ?
まだ実はつけてないが、あのサイズだと1個1個がメロンくらい大きくなりそうだ。
「全部の苗に茎がつながってるのは何かの改良か?」
「いえー。あれはもともとイチゴがもってる特徴ですよー。あの茎を伸ばして地面についたところに子供を作るんですよー」
へぇー。イチゴってそうやって増えるんだ。知らなかった。
「でもその茎って、あんな風に電信柱くらい太くなるものなの?」
「あの子は過保護ですからねー。なかなか子離れできないどころか、どんどん栄養を分けてるみたいなんですよー」
困ったような顔でククノチが解説してくれたが……そうなんだ、過保護になるとそうなるんだ。
さすがに植物の家庭環境に関しては専門外だ。その辺はククノチに丸投げして話題を変えよう。
「ところで、あの正面に見える、火山が噴火したように地面から葉っぱが生え出てるあれは?」
「あれはニンジンですよー。オルフェさんのために育ててるやつですねー」
あれニンジンなんだ。イチゴもでっかくなるならニンジンもでっかくなるよね。
「あの子は背伸びしたい年頃ですからねー」
ニンジンって背伸びしたくなると、葉っぱが大きく育つの?
「ちょうど食べ頃ですし、持って帰りましょうかー」
ククノチはそういうと、ニンジンの根元を持つ。さほど力を込めたようには見えないが、ニンジンはするする地面から抜けて……
「あんなに葉っぱはデカイのに、根の部分は通常サイズかい!」
思わずつっこんでしまったが、頭でっかちっていうレベルじゃない!
どれだけデカイニンジンなのか期待してしまっただけに、肩透かし感が半端ない。
背伸びしたいってそういうことなのか!?
「この子は栄養をためこんでますからねー。味は期待できると思いますよー」
なるほど、そういう事ならコアさんやオルフェじゃなくても期待しちゃうな。葉っぱの部分もコアさんなら何かしら調理するだろうし、なんなら飼料として使うのもよさそうだ。
「他にもいろんな子がいますから、順番に紹介しますねー」
「うん、なんていうかどんな進化を遂げたのか楽しみになってきた。よろしく頼む」
ニンジンをポータル付近に置き、ククノチの説明を受けながら、プライベートガーデンを探索する。
「あれはすっぱいキャベツですねー。おつまみとして日本酒に合うと思いますー」
「見た目の違いがほとんどないけどいいのか? 普通のキャベツと間違えないかな?」
「そうですねー。じゃあ色を変えてもらいましょうかー」
ククノチはそういうと屈みこみ、キャベツをポンポンたたきだす。
「赤くなーれ、赤くなーれ」
そんな言葉を添えて。いや、いくらお前が植物操作できるっていっても、そんな事でキャベツが赤く……なってる!?
リトマス試験紙が赤くなるように根の部分から徐々に赤くなり、葉っぱの先の方まで赤くなるのはある意味感動したわ。すげぇ。
「これもちょうどいいですし、持って帰ってコアさんに何か作ってもらいましょうかー」
「あ、ああ。そうだな」
「ですからー。ご主人様一つお願いがあるんですけどにゃー」
ククノチがしっぽを振り、上目遣いでこちらを見る。ついでに俺の左腕を抱きしめるようにぎゅっとつかんで豊満な胸を押し付けてくる。 誘惑のレベルをあげたな!
「このキャベツに合う日本酒が欲しいんだろ? ちゃんと約束を守ってるみたいだしいいぞ」
「やったー! ありがとうございますー!」
そのまま頭を擦り付けるように俺の肩に押し当ててきた。やっぱ猫だなこいつは。
ちょっと歩きにくいが剥がす理由もないので、そのままククノチの柔らかさを堪能しながらガーデンを見て回る。
「あ、そうですー。ご主人様が希望してたものがあっちにありますよー」
ククノチが指をさした方に顔を向けると、緑でおおわれたキャンバスに、そこだけ絵具を塗り忘れたかのように白くモコモコでフワフワした物体を身につけた植物が存在感を放っていた。
「お、もしかしてワタか?」
「そうですー。どうぞお手に取って見てくださいー」
近づいてモコモコに触れてみる。地球と違いバレーボールくらいの大きさがあるソレは、見た目通りのフワフワした触感を返してくれた。
そのままぐっと握ると、確かな弾力をワタが返してくれた。これは明らかに地球にあるワタとは違う反発力を持っていた。
「おー、これこれ! いい感じじゃないか! こういうのが欲しかったんだよ!」
「ふふー。喜んでもらえてよかったですー」
これで何が作りたかったって言うと、布団が作りたかった!
ウチのダンジョンは食料事情こそかなりよくなってきているが、寝具に関してはいまだにマントにくるまって寝ているのである。
この世界で生まれて、初めからマントを使っているケモミミ娘達にとってはこれが普通だったが、元地球人の俺としてはそろそろ寝具もレベルアップさせたかった。
いずれちゃんとした布団を作るにしても、今はマントの下にこの綿を敷き詰めるだけでも、大分改善されるだろう。
「よし、早速収穫して寝心地を確かめたい。ククノチも手伝ってくれないか?」
「いいですよー。その代わり私にも試させてくださいー」
その後。専用の部屋を用意して、そこにワタを敷き詰めた寝所を作ってみたところ、俺やククノチだけじゃなく他のケモミミ娘達にも好評だった。
だが、あまりに好評すぎて奪い合い寸前にまで発展してしまった。やっぱりみんな少なからず不満を抱えてたのか。
そこで緊急会議の結果、布団はすぐにDPで用意する事になった。ちょっとした出費だが、みんなが欲しがった以上は必要経費である。
ワタはクッションやその他もろもろ用途はあるし、布団いがいはゆっくり作っていけばいいか。
寝具が布団にレベルアップした!
野菜を品種改良できるようになりました!