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5-25 百万円の風呂

 穴から吹き出すジェットが湯船の水をかきまわす。

 

「おー! これもなかなか乙なものっちゃねー」


 唯一湯船に入っていたアマツがジェット水流を受けて楽しそうにゆられている。

 地球でこんなヒノキのジェット風呂をつくろうもんなら、すぐにヒノキが削られて使い物にならなくなるんだろう。だが、このヒノキは削れてもダンジョン保全機能ですぐ元通りになる。

 むしろ削られる事でヒノキの香りが辺りにまき散らされ、さらなるリラックス効果も期待できるんじゃないか?


「んー。いい感じっちゃ~」


 アマツが体を伸ばし、ぷかぷか浮かびながらジェット水流に身を任せている。

 この風呂も、少なくとも今いる人数は全員足を延ばして余裕ではいれるくらいのサイズはあるからな。

 

「ねぇ、主さん。みんなも一緒に入ろうとよー」


 よくぞ言ったアマツ! そのセリフを待っていたんだ!


「そういえば最近みんな一緒には入ってないし、アマツが言うならしょうがないなぁ」


 ぼやくふりをしながら衣服を脱ぎ、たたんで隅に置いておく。

 温泉を24時間稼働にしてるせいか、みんな好きな時間帯に入ってるようで、一人二人と一緒に入ることがあっても全員一緒はなかなかない。

 

 アマツの水魔法でシャワー代わりに流してもらい。水流がうねるジェットバスに入る。

 今日の激戦で疲労し緊張した筋肉が、ほどよい温度の水流にもまれてほぐされていく。

 ククノチの大樹の治療程ではないが、これもなかなかに気持ちいい。


「よし。じゃあ私も仲間にいれてもらおうかな」


 コアさんもその場でするすると脱ぎだし、俺の隣りに入浴する。

 湯につかっても、モフモフしている尻尾が水流に合わせてねこじゃらしのようにゆらゆらゆれる。

 目を閉じて、狐耳が気持ち良さそうに少しピクピク動いている辺り、評価は悪くなさそうだ。

 

「私も入りますけど、先におかわりのワイン持ってきていいですかー?」


 手に持っていたワインの残量を見て、ククノチがそう提案する。

 あー、風呂でワインを飲むのはやってみたいかも。 


「あ、じゃあ俺の分のグラスも持ってきてくれ」

「せっかくだし私の分もお願いするよ」

「はいー。ではこれを先に飲んじゃってください―」


 ククノチはそういってワイン瓶とグラスを浴槽のヘリに置くと、新しいワインを取りに行ってしまった。

 入浴中の飲酒は危険とされているが、DPで散々強化されてるおれたちは問題ないだろ。


 そして3人の視線がオルフェに集まる。オルフェは少しためらっていたようだが、


「オルフェは一緒に入ってくれないんか?」

「う、わかったよぉ」


 結局オルフェはアマツの少し悲しそうなおねだりを断り切れず、オルフェも服を脱ぎ、恥ずかしそうに胸を隠しながらジェットバスに入っていった。



竹林に一陣の風がそよぎ、竹がそよそよと独特の音色を奏でる。

高山温泉の滝の音もいいが、静かに流れるこの音も、時間がゆっくり流れるようで心地よい。


「ねぇ、マスター」

「ん、コアさんどうした?」


 竹がそよぐ音に混じってコアさんが俺を呼ぶ。

 

「いい機会だから聞いてみるけど、マスターはなんでそんなに異世界転移したかったんだい?」


 そういえば俺がここに来たのも、俺自身が転移することを熱望してたからだったっけ?

 コアさんの質問に合わせて、オルフェとアマツの視線も俺の方に向く。

 空をあおぎ見ながら考えてみる。


「そうだなぁ。やっぱり地球にはケモミミ娘はいないからじゃないかな?」

「やっぱりそこに行きつくんだねぇ。ご主人らしいといえばらしいけど」


 自身のウマミミをいじりながらオルフェが苦笑交じりに答える。


「俺だって初めからケモミミが好きだったわけじゃないぞ。俺がケモミミストになったのは当時はやったマンガの影響だな」

「マンガって、物語が絵で書かれた本の事でしたっけ?」

 

 オルフェの質問にうなづいて肯定する。


「そこから俺はケモミミ娘にあこがれた。当時は他種族間交流法が施行されて、猫又や妖狐のバウンティハンターが現れるんじゃないかと本気で思ってた」


 地球でやったら間違いなく黒歴史の暴露にしかならないが、その辺の事情を知らないオルフェやアマツは思っていたより真剣に話を聞いてくれている。

 コアさんは哀れむようなまなざしを俺に向けているが、それは気が付かない事にする。


「図書館に行って地球のどこかにケモミミ娘が住んでないか探したりもした。そして……」


 わざと区切り、空を仰ぎ見る。


「どんなに周りを見渡しても、地球にはケモミミ娘がいないことを知った」


 ゆっくり視線を落とし3人を、正確には3人のケモミミや尻尾をながめる。

 アマツはケモミミではないが、立派なエラミミがある。


「だからケモミミ娘がいるこの世界に呼ばれた時、天の粋なはからいだと思ったね」


 コアさんの優しさに満ちた視線が痛くなってきた時、ククノチがバスタオルを巻いた姿で、自身のツタにグラスと何本ものワイン瓶を巻いて戻ってきた。


「お待たせしましたー」

「お、きたな。この話はこれで終わりにしよう」


 コアさんの視線にちょっと耐えられなくなってきたので、話題を変えてしまおう。

 いや、それにしても……


「おまえ、それ全部のむきか?」

「え? いえー、飲みますけどちょっとやってみたいことがありましてー」


 こんなところでやりたいこと? 一体なんだろう?

 俺が黙ってみてるのを許可と受け取ったのか、ククノチはワイン瓶の一つを自身の胸元によせると、


「えいっ!」


 掛け声とともにコルクがつまったフタの部分を手刀で切りとばす。

 このくらいなら武闘派じゃなくても、ウチの連中は全員できる。


 そのままククノチはワイン瓶を横に傾ける。ヒノキの香りにブドウの甘い匂いが混ざり、浴槽に入ったワインが水流にかきまわされて湯水を薄紫に染めていく。


 なるほど、ククノチがやりたかったのはワイン風呂か、確かに地球でもサービスとしてやってるところもある。

 だがな、おまえが入れたワインの銘柄は一本百万のアレだぞ。ワイン愛好家が見たら憤死する事間違いなし。


「それじゃあ、私も入らせてもらいますねー」

「ああ、百万円の風呂だ。心してはいれよ」


 少し場所を移してスペースを開けてやると、オレの隣にするりと入るククノチ。百万円なんて言われても日本円の価値なんかわからないか。

 彼女は空気中に漂うワインの香りを吸い込むように大きく一呼吸すると、


「んー。いい香りですー」


 そう一言つぶやき、そのままぷくぷくとアゴまでどっぷり湯につかって目を閉じる。

 ククノチの猫耳からもリラックスしきっているのが丸わかりである。

 こうなるともう彼女は何を話しても、しばらくは生返事しか帰ってこない。しばらくはジェットバスを堪能してもらおう。


 ククノチが持ってきてくれたワインを開け、俺の反対側に座っていたコアさんと目が合う。

 ほんのり赤みがかっている頬や少し汗ばんだ狐耳が実に色っぽい。


 それを肴にワインを一気にあおる。風呂で温まった体にワインの酔いが心地よく回ってくる。


「いい飲みっぷりだね。マスターも戦いで疲れただろう? ほら、もう一杯どうだい?」

「ん、ありがとうコアさん」

 

美人のケモミミ娘にお酌されて飲む酒は格別だな!


「コアさんこそ、今回は俺の指示で大ケガさせてすまなかったな」


 水面ギリギリまで頭を下げる。

 コアさんにこうして酌をしてもらったのも、地球じゃありえない回復薬があったからこそだ。

 でなきゃ、今頃コアさんはベッドの上。治っても一生涯の障がいが残ることは想像にかたくない。


「何かコアさんにもご褒美をあげなきゃな、何か欲しい物はあるか?」


 あの虫怪人に決定打を与えた要素の大本はコアさんだからな。

 今は酔いが回って気分がいいから、よほどDPが必要なものじゃなければ出してもいい。

 コアさんの事だから食べ物関連だと決まってるだろうけど。

 

 だが、コアさんはゆっくり首を振る。


「私は今日のカレーと、キッチンの改装をしてくれれば十分だよ。そんなことより」


 コアさんは言葉を切ると、ククノチが持ってきたワイングラスを手に取り、


「私にも一杯ついでくれないかな?」


 ほほえみながらグラスをそっと向けてくる。

 俺はそれに答えるようにビンを手に取り、コアさんのグラスにワインを注いでいく。


 ビンを置き、先ほどコアさんに注がれたグラスを手に取る。

 お互いに何も言わないままグラスを掲げあい……


「むー!」

「うぉっ!?」


 突然視界にむくれたオルフェの顔が入ってきた! ビックリ!

 仰け反った拍子にコアさんしか入ってなかった視野が一気に広がると、これでもかというほど頬を膨らましたアマツと耳を立ててジト目でにらむククノチも視界に入る。


「おいおい、三人ともどうしたんだ?」


 そういった瞬間、三人から返答の代わりにお湯が飛んできた!

 予想外の展開に障壁も間に合わず顔に直撃。ほのかにワインの香りがした後、鼻に湯が!


「”三人ともどうしたんだ?” じゃないよ! 僕たちにもついで欲しいって言ったのに無視しないでよぉ!」


 鼻をかみ、顔についたお湯を手で拭っていると、追い打ちをかけるように俺の声マネをしたオルフェの声がぶつけられた。おまえなかなかモノマネ上手いな。


「コアさんだけずるいですー!」

「そうたい! ずるいっちゃ!」

「すまん、まったく気が付かなかった」

 

 素直に頭を下げ、三人が文句をひととおり言い切り嵐が過ぎるのを待つ。

 

「あはは、マスター愛されてるね」


 文句の合間にコアさんのそんな声が聞こえた。

 確かに愛されてなきゃ嫉妬なんてされないわけだし、これも愛だと思って甘んじて受けよう。


 タイミングを見計らい、謝罪とねぎらいの言葉を合わせて3人にもワインをついでいく。

 ククノチがボトルを何本も持ち込んだおかげで、量には困らない。


「よし、それじゃあ、あらためて……」


 ワインが入ったグラスを掲げるとケモミミ娘達も見様見真似でグラスを掲げる。


「これからもこの生活が続くことを願って、乾杯」

「カンパーイ!」


 思い思いにワインを飲むケモミミ娘達を見ながら、心の底から願いながら俺はこの平穏な時間を心から楽しんだのだった。

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